第2回「障害年金13万円で暮らす僕の生活と不安」
こんにちは、結城です。
前回のnoteでは、僕が「働けないこと」を受け入れるまでに25年かかったことを書きました。
今回は、僕のいまの暮らしについて、少し具体的に綴ってみようと思います。
タイトルのとおり、障害年金13万円弱での生活です。
お金の話は、正直に言えば、書きづらいです。
収入のこと、生活のこと、ましてや「障害年金をもらっている」という事実は、誰かに堂々と語れるようなことではありません。
恥ずかしさもあるし、後ろめたさもある。
「本当は働かなくちゃいけないんじゃないか」
「甘えてると思われるんじゃないか」
そんな思いが、頭のどこかに、ずっとあります。
でも一方で、僕のように「働きたくても働けない人が、どう暮らしているのか」という話は、
誰かの安心や手がかりになるかもしれない。
だから、今回はあえて書いてみることにしました。
精神科と、年金申請と、「甘えではないのか」という葛藤
障害年金を申請したのは、40代に入ってからでした。
精神科で統合失調症と診断され、主治医から「年金の申請もできますよ」と言われたのがきっかけです。
最初は、戸惑いました。
「まだ自分はそこまでじゃない」と思いたかったし、
「働く努力を放棄するみたいで嫌だ」と感じていました。
どこかで、「自分よりもっと大変な人がもらうべきだ」と思っていたのかもしれません。
でも現実は、何度働いても、うまくいかなかった。
少し調子が戻ってきたと思って就職しても、半年、長くて1年が限界で、
また同じように体調を崩し、やめざるを得なくなる。
その繰り返しに、耐えられなくなりました。
障害年金を申請し、受給が決まったとき、
不思議と「ようやく認められた気がした」と思いました。
“制度に甘えている”のではなく、“制度によって支えられている”。
ようやくそう思えるようになったのは、ずいぶん後になってからです。
今は、障害基礎年金と障害厚生年金の両方を受給しています。
支給は2ヶ月に1度。その振り込みで、なんとか暮らしを維持しています。
静かな生活と、生活費のリアル
もっとも割合が高いのは家賃(23区在住)。
おそらく、年金暮らしにしては高すぎるかもしれません。
でも、ここに落ち着いてからようやく生活が安定したという実感があり、
「家賃=安心代」として受け入れています。近くに川と公園があります。
食費、医療費、日用品などの出費は、ざっくり言えば
食費6:医療費1:日用品と本2(:積立NISA1)くらいの割合です。
外食はあまりしません。
なるべく自炊をし、食材も割引を活用してやりくりしています。
医療費は、精神科の通院と処方薬。これも毎月の、継続的な出費です。
節約を心がけつつも、健康だけは削らないように。
これが、働けない今の自分にとっては重要な「投資」でもあります。
限界ラインは「眠れなくなること」
僕が働けなくなる時、いつも同じ前兆があります。
それは「眠れなくなる」ことです。
次第に生活リズムが乱れ、外に出られなくなり、出社が難しくなる。
焦りと不安が積み重なり、心も身体も崩れていきます。
この限界ラインを越えないように、
“働かない”選択を続けている今の暮らしがあります。
福祉制度に対する思い
病気があっても、働いている人はたくさんいます。
少し前までは正直、障害年金や福祉制度に対して「甘えだ」と思われるのが怖くて、どこか負い目を感じていました。
でも今は、本当にありがたい制度だと思っています。
社会から少し距離をとって生きる僕にとって、
この年金は「生きていていい」と言われているような支えです。
支給日が近づくと、少し心が落ち着きます。
でも、月日が経つにつれて貯金は減っていく。
将来に対する不安は、常に背中にあります。
それでも、生活を丁寧に
そんな中でも、僕なりに生活を整える工夫をしています。
朝起きたら軽くストレッチ。
早朝のうちにウォーキング。
読書をして、体調を記録する。
食事をつくり、湯船に浸かり、夜はなるべく早めに寝る。
誰に見せるわけでもない日々ですが、
「今日も丁寧に過ごせた」と思えると、少しだけ自分を肯定できます。
次回予告
次回は、「働けない僕が、自分を保つためにしている10のこと」について書きたいと思います。
習慣、記録、体調管理。
目に見えるものを通して、どうやって自分を支えているのか、整理してお届けします。
もし、あなたも僕と同じように「働けないこと」に悩んでいるなら、
あるいは、日々の静かな暮らしに葛藤を抱えているなら、
この文章が、ほんの少しでも心に触れたなら、
スキやフォローで知らせていただけたら嬉しいです。
それは、働けない僕にとっての「小さな励まし」です。
