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第7回「“働けなかった”25年間を、改めて言語化してみた」

はじめに

これまで、精神疾患とともに生きる日々のこと、自分の生活のこと、無職でいることの意味をnoteに綴ってきました。今回は、振り返ってもなお喉の奥に引っかかるような、けれど書かずにはいられないテーマに触れます。

働けなかった期間のこと。
正確には、働こうとして働いてきたけれど、うまくいかなかった年月のことです。

人は「なぜ働けなかったのか」を簡単に理解しようとします。本人ですら、自分を納得させようと理由を並べようとします。でも現実はもっと複雑で、混沌としていて、「説明のつかないこと」がいくつも重なっていました。

今回は、その25年を、なるべく冷静に、事実ベースで振り返ってみようと思います。未来の自分のために。そして、似たような経験をしてきた人の、ひとつの参考になればと願って。


25年間の職歴を振り返って

私のこれまでの職歴は、非常に多様で変化に富んでいました。業種も職種も多岐にわたり、最長で4年6ヶ月(人材紹介会社)、最短で4ヶ月(地方の中小企業)という、勤務期間にもばらつきがあります。全体として見ると、在職期間の長短よりも、なぜ続けられなかったのかという点に、自分自身でも何度も思いを巡らせてきました。

どの職場でも、最初は前向きに取り組んでいました。

就職するたびに、今度こそ続けたいという思いで臨みました。与えられた業務には誠実に取り組み、成果を出せた経験も多くあります。実際、入社した会社では未経験業務をキャッチアップし、年間売上ランキングで1位をとったことや、社内勉強会を主導して高評価を得るなど、学習・準備・説明の面で力を発揮できたこともあります。

一方で、継続が難しくなる局面も必ずといってよいほど訪れました。

離職に至った主な背景

  • 人間関係に起因するストレスや、過度な指示・圧力による精神的疲弊

  • 仕事内容と体調の相性(特に板挟み的な対人応対)

  • 病状の波(統合失調症やうつの悪化)や、家庭の事情(親の急逝など)

  • 周囲との摩擦や、自分の意見が通りにくい職場文化との齟齬

もちろん、どれも「環境のせい」にしてしまえば話は簡単ですが、必ずしもそうとは限らないことも自覚しています。

自分でも感じている反省点

  • 困難な状況でも耐えきる力がもう少しあれば、と思う場面はあります

  • 誤解を避けるための相談が、うまくできていなかったこともあります

  • 周囲に「合わせすぎる」ことでかえって摩耗した面もあります

ただ、これは「甘え」ではなく、「自分の傾向を客観的に捉えた振り返り」であり、必要以上に責めるつもりはありません(と書いていますが自責の念が取り払われたことはありません)。

気づきと今後の糧

今は「心理的安全性」が確保されていること、そして過負荷の際に自然と助け合えるような関係性こそが、自分にとっての職場の理想だと明確に言えます。ただ、入社前にそれら環境や関係性を把握することが現実的ではないことも理解しています。

25年という時間は長かったと思います。でも、ここで得た実感や反省、学びは、これからのnote活動や日々の過ごし方に必ず生かせると信じています(そう思いこませることで自分を納得させるしかないとも言えます)。


今、ようやく言葉にできること

25年かけてようやく辿り着いたのは、
「合わない場所で自分をすり減らし続ける必要はない」という当たり前の事実でした。

人にはそれぞれ、得意不得意がある。
私には「急な変化に弱い」「曖昧な指示に混乱する」「空気を読みすぎてしまう」といった特性がある。
でも同時に、「学ぶことへの集中力」「準備を重ねる力」「記録を取り、言語化する力」もある。

その後者を生かせる場が、これまでの仕事と噛み合わなかった(会社から求められる素質を発揮できなかった)。
それを生かせることを今は、noteでゆっくり探しています。


おわりに

この記事を書くのに、何度も中断しながら、時間がかかりました。
事実を書くことと感情を処理することは、まったく別の作業だからです。
でも、今だから書けたと思っています。

似たような経験をしている方がいたら、無理に強がらなくてもいいし、自分だけがおかしいわけではないと思ってほしいです。
そう思って、ここに残しておきます。

もし同じような思いを抱えている方がいれば、ぜひスキやフォローをお願いします。

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