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第1回「“働けない”を受け入れるまでにかかった25年」

こんにちは。結城です。
このnoteを訪れてくださって、ありがとうございます。

僕はいま、47歳です。
統合失調症という診断を受け、障害年金をいただきながら、静かに暮らしています。

「自由で気楽そう」と思われることもあります。
けれど、ここに至るまでには25年にわたる“働けなさ”との格闘がありました。


■ 大学時代のつまずき

1997年に慶應義塾大学の経済学部に入学しました。
それなりに努力して、希望する進路に進めたことは、いまでも誇りです。

でも、2年の終わり、ゼミの選抜に落ちたことをきっかけに、心の中で何かが崩れました。

「入りたかったゼミに入れないなら、もういいや」
そんなふうに未来への意欲がぷつんと途切れました。


■ 就職、そして10ヶ月での退職

なんとか内定を取りましたが、入社先は“受かったから行く”という受け身の選択。
働き始めた矢先、今で言うところのパワハラを受け、体調不良を繰り返し、わずか10ヶ月で退職しました。

その後の人生は、就職と退職のくり返しです。
就職しては体調を崩し、退職。
回復してまた就職し、また倒れる。

フリーターをしたり、ベンチャー企業で働いたり、英語を教えたり。
営業や人材系の仕事に就いたこともあります。
でも、いずれも長くは続かず、心身がもたなくなる。


■ 病名がついたのは、40歳を過ぎてから

精神科を本格的に受診したのは、40歳を越えてからでした。
それまでは、心療内科で「ストレスですね」と言われ、うつ用のお薬と睡眠薬をもらって働く、の繰り返し。
でも何度やっても、同じように崩れる。

ようやく受けた診断は「統合失調症」。
ショックでしたが、どこかで「やっと本当の名前がついた」とも
感じました。


■ 働きたいのに、働けない

障害者手帳を取得し、障害者雇用の枠で再チャレンジもしました。
でもやはり、職場の人間関係や業務の負荷に耐えられず、6度目の退職を迎えました。

「自分は、普通の働き方ができない」
そう認めざるを得ませんでした。


■ “受け入れ”に至るまでの痛み

「働けない」という事実を、僕は長いこと直視できませんでした。
社会にとって価値のない存在のように感じて、
自分を責めて、焦って、また無理をしては倒れる。

でも、何度も繰り返すうちに、ようやく腑に落ちました。
「働かないこと=価値がない」ではない。
僕は、働けないなりに、命を守る生き方をしている、と。


■ 言葉で、自分を拾いなおす

このnoteを始めたのは、「働けない自分」を言葉にするためです。
社会から少し離れた場所にいても、
誰にも言えなかった思いを、静かに書き残したい。

僕のように「働けない」ことに苦しんでいる人は、きっと他にもいます。
この文章が誰かの孤独を少しでも和らげるなら、
それが今の僕にできる“働き”かもしれないと思っています。


次回予告

次回は、「障害年金13万円で暮らす僕の生活と不安」について綴ります。
お金の話は敬遠されがちだけど、現実として生き方に直結する大事なテーマです。
また読みにきてくださったら、うれしいです。

もし、あなたも僕と同じように「働けないこと」に悩んでいるなら、
あるいは、日々の静かな暮らしに葛藤を抱えているなら、
この文章が、ほんの少しでも心に触れたなら、
スキやフォローで知らせていただけたら嬉しいです。

それは、働けない僕にとっての「小さな励まし」です。

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