第11回「服を選ぶことで整える、自分の心と生活」
朝、どんな服を着ようかと考える時間は、僕にとって小さな「調律」の時間だ。
天気や気温だけでなく、その日の気分や身体の重さ、出かける予定の有無など、いくつもの変数を考えながら、クローゼットを開けて、少しのあいだ服を眺める。
「今日の自分に合う服はどれだろう?」
そう問いながら選んだ一着には、少しの自信や安心が宿る。
僕にとって洋服は、「自分を整える」ためのひとつの手段になっている。
無職で在宅中心の生活を送る中で、散歩中以外、誰にも見られない日々が続くこともある。
それでも、着るものに気を配るだけで、心がすっと整う瞬間がある。着ることで、眠っていたスイッチが入ることもある。
今回はそんな、洋服との静かな付き合い方について、綴ってみたいと思う。
「見られない日」でも着替える理由
無職で在宅というと、部屋着のまま一日を過ごすイメージがあるかもしれない。
実際、僕もかつては寝巻きと部屋着をそのままにして、着替えずに過ごす日が何度もあった。けれど、気づいたのだ。着替えない日は、心も動かないことが多いと。
誰に見られるわけでもない。予定もない。それでも、「朝に着替える」という行為そのものが、生活の輪郭を保つ支えになる。
あえてジーンズを履く。シャツのボタンを留める。帽子をかぶる。
それだけで、「今日もちゃんと一日が始まるんだ」と思えるのだ。
服の好みと、心のバランス
僕の服の選び方は、20代の頃と比べるとずいぶん変わった。
若い頃は「他人からどう見られるか」を意識していたような気がするけれど、今はむしろ、「自分が着ていて気持ちいいか」「違和感がないか」の方が大事になっている。
最近は、清潔感があって、動きやすくて、気分がすっとする服が増えてきた。
色合いも、黒、白やグレーのような穏やかなトーンが多い。
「頑張りすぎないけど、ちゃんとしている感じ」を意識しているのかもしれない。
手入れすること=自分を扱うこと
服はただ着るだけでなく、手入れをする時間もまた、自分と向き合う時間だ。
シワを伸ばす。毛玉を取る。洗濯表示を見ながら干し方を選ぶ。
そうした一つひとつの動作が、「自分を丁寧に扱う」ということにつながっていく。
お気に入りのシャツを手洗いするとき、「これはまた着たい」と思うし、逆に扱いに困る服は、いずれ手放すことになる。
手入れできる範囲で、身の丈にあった量にする。そうやって、持ち物も少しずつ、自分に馴染んだものになってきた。
「身なりを整える」という静かな自己主張
僕は、誇れるような職歴も、肩書も、収入も持っていない。
それでも、身なりを整えることはできる。
生活が不安定なときこそ、服を整えることで、「自分を見失わないでいよう」としてきた。
他人には伝わらないかもしれない。だけど、自分だけが知っている、ささやかな誠実さとして、服と向き合ってきた。
毎朝、洗顔して、鏡を見て、服を選ぶ。
その一連の流れに、自分を見失わない工夫が詰まっている。
最後に
「オシャレ」や「お金をかけたファッション」とは少し違う。
僕にとっての服は、心と生活を静かに整えるための道具だ。
もし、毎日がなんとなく不安定に感じる人がいたら、まずは「今日の自分に合う一着を選ぶ」ことから始めてみることをおすすめしたい。
誰かに見せるためじゃなく、自分のために。
それだけで、少しだけ心が整うかもしれない。
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