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【AI執筆】参院選2025振り返り:参政党批判と発達障害当事者の政治参加

参院選前後、Perplexityでいろいろ考えを整理した結果を1000字でまとめてもらった。AIらしく大仰なまとめで、「事実と理論に基づく冷静な政治参加を継続することが、真の民主主義の実現につながるのである」と結ばれている。

それは正しいことだと思うが、生活人としてはより生活に根ざした活動も並行して行っていきたい。それは、孤立せず、地域参加し、一人にならないことである。頭で考えた主義主張ではなく、実際の社会…自分たちの身の回りにいる人たちがどんな顔でどんな声でどんな風にそこで暮らしているのかを知ることで、極端な排外主義に走ることを回避できるのではないか、と考えている。

投票日1週間前の記事は以下。

以下、AI執筆、jin.b編集。


参政党の危険な政策と思想の徹底検証

発達障害否定論の深刻な問題

参院選2025において、参政党の最も深刻な問題のひとつとして浮上したのが「発達障害など存在しない」という主張である。日本自閉症協会は「まったく間違っています」と厳しく批判し、この問題は発達障害当事者にとって存在そのものを否定される深刻な脅威として認識された。参政党のハンドブックでは「通常の子供たちと全く同じ教育を行なえば問題ありません」と記載されており、特別支援教育の否定と合理的配慮の軽視が明確に示されている。

神谷代表は高橋史朗氏の「親学」の影響を受けており、発達障害の原因を育て方に求める非科学的な立場に基づいている。これは母親への責任転嫁と専門的支援の軽視につながる危険な思想である。

https://web.archive.org/web/20150424104825if_/http://www.kamiyasohei.jp/pdf/09.pdf


憲法草案の「怪文書」レベルの内容

週刊文春の徹底検証では、参政党の憲法草案について憲法学者の木村草太教授が「まるで怪文書のようなもの」と評価した。「主食は米」まで憲法に明記するという内容は、憲法の本来的機能への根本的な無理解を示している。この草案は法的な整合性を欠き、現実的な統治機構として機能し得ない内容となっている。


陰謀論的世界観の根深さ

毎日新聞の報道により、参政党には「あの勢力」(ユダヤ系国際金融資本)による世界支配論という陰謀論的思想が根底にあることが明らかになった。この反ユダヤ主義的な世界観は、科学的根拠を欠いた感情的な政治判断を促進し、合理的な政策立案を阻害する要因となっている。

※jin.b記:この事実が一般に浸透していないことの方が私としては衝撃だった。数年前から、オーガニックやスピリチュアルと、反ワクチン、反マスクに、保守的国家観をまぜたカルト的政党として、芸能界や文化人の支持を集め始めているというような記事が出ていた。ただ、多くの人はオーガニックやスピリチュアルに関心がなく、目に触れなかったのだろう。その時点では私としては排外性はそこまで強く感じず、擬似科学的なカルトと認識していた。この時点から批判すべきはしっかり大きな声で批判しておくべきだった、という主旨のSNS投稿をこの参院選2025を通して時々目にした。

選挙戦での戦略的問題と社会的影響

表面的魅力と隠された危険性

参政党は「日本人ファースト」という分かりやすいスローガンと「綺麗なチラシ」による洗練された広報戦略で支持を拡大した。しかし、この表面的な魅力の裏には、発達障害否定論や陰謀論的世界観という危険な思想が隠されている。「そういう面をいつの頃から表に出さなくなって、急速に伸び出した」(jin.bからPerplexityへの問いかけ)という指摘の通り、戦略的な情報隠蔽により有権者を欺いている状況が明らかになった。


候補者レベルでの組織的問題

参政党の問題は神谷代表だけでなく、候補者全員がそれぞれに危険な思想を共有していることである。これは党全体に浸透する組織的な思想統制を示しており、個人レベルの問題を超えた構造的な危険性を表している。

※jin.b記:Perplexityのまとめでは思想統制とあるが、選挙戦を通じて見えてきたのはむしろ逆の傾向と感じている。統制のとれていない、危険思想を持った個の集団という印象を持った。あちこちで候補者は問題発言を重ね、東京選挙区で当選したさや氏の言動については、TBS選挙区特番の中で神谷氏ははっきりと党のガバナンスの問題であると発言している。これがしっぽ切りである可能性は否めないが、いつどこで何が起きるか代表の神谷氏でも把握しきれないのではないか。これは党の綱領や憲法草案が具体性に乏しく思いつきの集合のように見えることと地続きのように思う。共感ベースの連帯だけが存在していて、統制がとれるほどの思想体系は持ち合わせていないように見える。だからこそ危険と感じる。

地域コミュニティでの政治的反応

草の根レベルでの批判的認識

私は毎週朝家族で地域のラジオ体操に参加している。そこで出会う「近所のおじさんたち」との政治談議では、元自治会長で元小学校校長の方から「参政党危険ですねえ」という率直な批判が聞かれた。私はそれに「オカルトばかりで困ったものです」と返したが、本心としてはそんなレベルではないと感じていた。

※jin.b記:このあたり、政治談義がまだまだセンシティブなものであることの現れでもある。本当ははっきりともっとすべきなのだろうが。職場で奥様が参政党にはまりかけていて早く目を覚ましてもらいたいと冗談混じりで話す人もいた。どちらの例も冗談混じりでの批判を批判的な人同士で共有し認識あわせをするというのが、日常での可能なラインという気がしている。ここはもっといろんな話が出来るようになってもいいところだろう。

文化コミュニティでの反応

和楽器を愛好する知人からは「小麦敵視」について、「日本文化も日本の歴史も学んでいない」という学術的な批判が示された。これは文化的教養に基づく参政党批判として注目される。米と同様、小麦他の穀物は先史時代から続く日本文化である。

※jin.b記:こういった誤りは「日本の伝統」といったコピーには付き物である。多くの場合が明治、あるいは遡れて江戸時代ぐらいのものであることが多々ある。江戸時代ならまだしも、明治の近代化移行に輸入された文化であったりそれをアレンジしたものであったり、さらにはそれをあえて隠してさらに古い時代からあったものとする言説は多いものである。「江戸しぐさ」が史実にあわないことはよく知られるところ。戸籍制度や家父長制など、実は伝統といえるほど歴史あるものではない、ということは多い。また、これは悪意あるものではないが、如何にも雅楽的な響きのある「春の海」は、なんと昭和4年、なんてこともある。

ニューロダイバーシティと政治参加

当事者としての政治的抵抗

日本におけるニューロダイバーシティ思想の第一人者である村中直人氏が『ニューロダイバーシティの教科書』で「ものごとと先に出会う人たち」という表現をしていた。これは認知的多様性の本質を捉えている。この「理論派」的特性は、感情的な政治対立を超えた事実に基づく冷静な分析を可能にし、参政党の非科学的な主張への理論的反論に繋げられる可能性がある特性かもしれない。

私(jin.b)としては、「比例社民、選挙区共産」という投票行動をとった。政治的多様性の確保と包摂的な社会の実現という長期的戦略に基づいた現実的な選択であった。

※jin.b記:さらに、Facebookの発達障害コミュニティには冒頭で紹介した自閉症協会からの発信や高広伯彦氏のnote記事を共有した。そこでは、参政党の危険性について「無知」「政治家として失格」といった批判的反応の他、発達障害が存在しないということを社会モデル的にとらえた発言なのかという趣旨のコメントが寄せられた。

以下、私の投稿を転載する

日本自閉症協会、「そもそも発達障害など存在しない」公言の参政党を批判 「まったく間違っています」(J-CASTニュース) - Yahoo!ニュース https://share.google/Bby6wILyzwpn3BNeT

シェアさせていただきます

絶版になっている参政党のガイドブックをを引用しているnoteがありました。党の性質から考えても合理的調整の否定と考えられ、古くからある「発達障害はただの甘え」論といえるかと思います。
https://note.com/mediologic/n/n0aecb000641c

結論と今後の展望

参政党の大躍進という現実に対して、「負けない」という決意とともに建設的な政治文化の構築を継続することが重要である。チームみらいの安野たかひろ氏や東京外国語大学の伊勢崎賢治教授の当選は、科学的根拠に基づく理性的な政治への希望を示している。事実と理論に基づく冷静な政治参加を継続することが、真の民主主義の実現につながるのである。


情報源リスト

  • 「まるで怪文書」専門家はバッサリ…神谷代表が「政権入りを目指す」と宣言、参政党の政策&憲法草案を「週刊文春」が"徹底検証"した https://bunshun.jp/articles/-/80637


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