仕事は取れた。でも、このまま売れたら会社が壊れると思った
※本記事は、実際の経営支援で経験した内容をもとに、個社・個人が特定されないよう、業種・規模・時期・人物属性・出来事などを抽象化・再構成しています。
「新しい事業を始めたいのですが、どう進めればいいのか分からないんです」
以前、ある中小企業の経営者から、そんな相談を受けました。
既存の会社を経営してきた経験はあります。
会社を動かすことも、顧客と話すことも、現場を見ることもできる。
ただ、新しい事業を立ち上げ、もう一段会社を成長させていくことについては、
「何から考えればいいのか整理したい」
ということでした。
目標もありました。
数年かけて、新しい事業を育てていきたい。
そのための体制づくりも始まっていました。
話を聞く限り、営業面には一定の強みがありました。
私も最初は、
「仕事を取るところは、それほど心配しなくてもいいかもしれない」
と思っていました。
実際、仕事は入ってきました。
ところが、仕事が増え始めると、別の問題が見えてきました。
売れないことより、売れた後の方が気になった
仕事を受注する。
内容を確認する。
社内へ仕事を流す。
実際の作業をする。
顧客へ納める。
書いてしまえば単純です。
でも、実際の仕事はいつも予定どおりには進みません。
途中で条件が変わる。
やり直しが発生する。
急ぎの案件が入る。
複数の仕事が重なる。
そうなると、
誰が判断するのか。
誰に情報を渡すのか。
何を優先するのか。
次に誰が動くのか。
細かな意思決定が一気に増えていきます。
仕事が少ないうちは、個人の頑張りで吸収できることもあります。
でも、仕事が増えてくるとそうはいきません。
話を聞いているうちに、私は、
「問題は、どうやって仕事を取るかだけではないな」
と思うようになりました。
むしろ気になったのは、
仕事が増えたとき、この会社はちゃんと回るのだろうか。
ということでした。
できる社長ほど、仕事が集まる
中小企業の経営者には、何でもできる人が少なくありません。
顧客と話す。
現場を見る。
問題が起きれば判断する。
必要なら自分で間に入って調整する。
会社が小さいうちは、これは大きな強みです。
ところが、会社が成長すると少しずつ状況が変わります。
社長ができるから、社長がやる。
社長に聞けば分かるから、社長に聞く。
問題が起きれば、社長が判断する。
すると、
仕事が増えるほど、社長に情報と意思決定が集まっていきます。
同時に、仕事の流れも複雑になります。
誰が何を知っているのか。
どこまで話が進んでいるのか。
次に誰が動くのか。
どこで判断が必要なのか。
それが見えにくくなっていく。
私は、この状態で営業だけをさらに強くすることに危うさを感じました。
仕事は増える。
でも、それを処理する仕組みが追いつかない。
社長への依存はさらに大きくなる。
現場の負荷も増えていく。
売上が増えているのに、会社の中は苦しくなっていく。
そんな成長もあるからです。
「現場」と「経営」を分けて考える
そこで、定期的に会社の状況を整理する時間をつくりました。
一つは、現場で実際に何が起きているのかを見る時間。
もう一つは、経営として何を考えるべきなのかを見る時間です。
私は、この二つをなるべく混ぜないようにしています。
たとえば現場で問題が起きていると、
「もっと人を採用しよう」
「システムを入れよう」
「営業を抑えよう」
と、すぐに解決策へ進みたくなります。
でも、その前に確認します。
何が起きているのか。
どこで仕事が止まっているのか。
誰のところに情報が集まっているのか。
なぜ、その問題が起きたのか。
そして、
「前回決めたことは、どうなりましたか?」
と確認します。
出てきた事実や問題を一つずつ整理する。
必要であれば、私から考えられる選択肢も出します。
ただ、私が答えを決めて終わりにはしません。
当事者同士で話してもらい、
誰がやるのか。
いつまでにやるのか。
何を確認するのか。
まで決めます。
そして次に話すときには、また結果を確認する。
できた。
できなかった。
やってみたら別の問題が出てきた。
想定していたよりうまくいった。
その結果を見て、また次を考える。
この繰り返しです。
「誰かの頭の中にしかない仕事」を減らす
もう一つ取り組んだのが、仕事の流れを整理することでした。
仕事を受けてから顧客へ届けるまで、
どんな工程があるのか。
どこで情報が必要なのか。
誰が判断するのか。
問題が起きたらどう対応するのか。
これらを見えるようにしていきました。
大切なのは、きれいな業務フロー図を作ることではありません。
目的は、
「誰かの頭の中にしかない仕事」を減らすこと
です。
仕事の流れが見えるようになると、会話も変わります。
「この後はどうなっていますか?」
「ここで確認しておいた方がいいのでは?」
「この情報は次の工程にも必要ですよね」
と、仕事を前後につなげて考えられるようになる。
すると、問題が起きてから社長が調整するだけではなく、現場でも事前に考えられることが増えていきます。
これは単なる業務改善ではありません。
会社の中で判断できる場所を増やしていくこと
でもあります。
「社長がやるべき仕事」と「やらなくてもいい仕事」
仕事の流れを整理していくと、経営者の役割についても考える必要が出てきます。
何でも社長が判断する会社では、社長の処理能力が会社の成長限界になってしまうからです。
もちろん、すべてを社員に任せればいいわけではありません。
社長が決めるべきこともあります。
一方で、
本当に社長が判断しなければならないことなのか。
現場で判断できることではないのか。
情報さえあれば、他の人でも判断できるのではないか。
一つずつ分けていく。
そうすると、
「社長がやるべき仕事」と「社長がやらなくてもいい仕事」
が少しずつ見えてきます。
会社が成長するということは、単に仕事量が増えることではありません。
経営者自身の仕事も変わっていくことなのだと思います。
現場を整えることが、営業力にもなった
その後、事業は順調に伸びていきました。
もちろん、営業面の強さは大きかったと思います。
ただ、それだけではありません。
仕事を受けた後の対応も、一つの競争力になっていきました。
たとえば、
「いつまでにできるのか」
という問い。
顧客にとっては重要です。
でも営業担当者だけでは、本当の納期は分かりません。
現場の状況が分かる。
仕事の流れが見える。
必要な情報が共有されている。
だから、判断が速くなる。
そして顧客にも早く答えられる。
現場を整えることは、社内だけの問題ではありません。
結果として、顧客に提供できる価値にもつながります。
私はこのケースを通じて改めて、
売上を伸ばすことと、現場を整えることは別々ではない
と感じました。
「売る方法」の前に考えること
経営相談では、
「もっと売上を増やしたい」
「営業を強くしたい」
という相談をよく受けます。
もちろん、それ自体が間違っているわけではありません。
売上が必要な会社もあります。
営業活動を増やすべき会社もあります。
ただ、私はその前に確認したくなります。
もし明日から仕事が増えたら、本当に対応できるだろうか。
誰が判断するのか。
誰が仕事を振り分けるのか。
問題が起きたら誰が対応するのか。
社長に全部集まらないか。
現場が疲弊しないか。
そして、
その売上から、きちんと粗利とキャッシュが残るのか。
売上を増やすことだけを考えていると、こうした問題は後回しになりがちです。
でも、
売れることと、会社が強くなることは同じではありません。
売上が増えても、社長が忙しくなるだけ。
売上が増えても、人が疲弊するだけ。
売上が増えても、利益やキャッシュが残らない。
それでは、持続的な成長とは言いにくいと思います。
売上を増やす。
その売上から粗利を残す。
その粗利から投資余力をつくる。
そして、人や設備や次の事業へ再投資する。
私は、その循環までつながって初めて、会社が強くなっていくのだと考えています。
売上が1.5倍になっても、会社は回りますか?
だから私は、
「売上を増やしたい」
という相談を受けたときでも、売上だけを見ることはありません。
その売上を、今の会社が受け止められるのか。
そこを見ます。
もし今の社員数、今の仕事の流れ、今の社長の働き方のままで、売上が1.5倍になったとしたら。
あなたの会社は、本当に回るでしょうか。
少し想像してみてください。
営業は仕事を取ってくる。
現場には案件が積み上がる。
社長には判断が集まる。
納期調整が増える。
問題対応も増える。
それでも、今と同じ品質、同じ粗利、同じ働き方を維持できるでしょうか。
もし、この問いに少しでも引っかかるものがあれば、
「どうやってもっと売るか」
を考える前に、
「今の会社は、どこまで受け止められるのか」
を一度整理してみてもいいかもしれません。
営業の問題だと思っていたら、実は現場の問題だった。
人手不足だと思っていたら、実は仕事の流れの問題だった。
組織の問題だと思っていたら、実は社長に判断が集まりすぎていた。
経営相談では、最初に見えている問題と、本当に考えるべきことが違っていることがあります。
私は初回の「経営の整理60分」で、
何を実現したいのか。
今、実際に何が起きているのか。
本当に考えるべきことは何なのか。
次に何をするのか。
を一緒に整理しています。
相談内容をきれいにまとめておく必要はありません。
「今、会社のここが少し気になっている」
それだけで十分です。
「経営の整理60分」については、下記のリンクからご覧いただけます。
熊谷 篤
実戦経営アドバイザー/中小企業診断士
事業承継後の後継者、第二創業、新規事業責任者を中心に、経営者の意思決定整理と実行接続を支援しています。
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