「現金があるから大丈夫」が危ない理由
※本記事は、実際の経営支援で経験した内容をもとに、個社・個人が特定されないよう、業種・規模・時期・人物属性・出来事などを抽象化・再構成しています。
経営相談をしていると、
「現金はかなり見ています」
という経営者に会うことがあります。
実際、かなり先まで入出金を把握している方もいます。
今回は、そうした相談の中でも特に印象に残っているケースをもとに書いてみます。
専門性の高い事業を、自分の力で続けてきた方です。
相談に来たのは、資金繰りに困っていたからではありません。
既存事業は続いている。
仕事もある。
現金もある。
ただ、本人の中には、
「このまま同じことを続けていても、会社の先が広がらない気がする」
という感覚がありました。
新しい事業にも取り組み始めていました。
でも、
「ここから先、経営としてどう考えればいいのか分からない」
そこで一度、経営を基本から整理したいという相談でした。
「現金を見ている」は、本当だった
最初にお金の管理について聞いてみると、本人なりの管理表を作っていました。
いつ入金があるのか。
いつ支払いがあるのか。
その結果、手元にいくら残るのか。
かなり先まで見ています。
私は最初、
「この人は、お金に無頓着な経営者ではないな」
と思いました。
むしろ、現金に対する感覚はかなり強い。
会社は利益が出ていても、現金がなくなれば続きません。
特に規模の小さな会社では、
「いつ、いくら入って、いつ、いくら出ていくのか」
を把握していることは非常に重要です。
おそらく、この人がこれまで事業を続けてこられた理由の一つも、そこにあったのだと思います。
ただ、話を聞いているうちに、少し違和感が出てきました。
「払える」ことと、「その使い方でいい」ことは同じなのか
ある少し大きめの支出について話していたときのことです。
本人の説明はシンプルでした。
会社には現金がある。
支払った後の資金繰りも分かっている。
だから支払った。
確かに、資金ショートするような使い方ではありません。
本人の管理表だけを見れば、何もおかしくない。
でも私は、別のことが気になりました。
そこで聞きました。
「これ、銀行から見たらどう見えると思います?」
少し立場を変えて考えてもらいました。
経営者本人には、
「なぜ、このお金を使ったのか」
という理由があります。
でも、銀行など会社の外にいる人には、その背景までは見えません。
外から見えるのは、
会社にどれくらいの資産があるのか。
どれくらい負債があるのか。
利益は出ているのか。
どんな資金の使い方をしているのか。
そして、
「この会社にお金を貸したら、どう使われるのか」
です。
ここで初めて、
自分から見えている会社と、第三者から見えている会社は違う
という話になりました。
最初から「財務を勉強しましょう」とは考えなかった
私は、この経営者に、
「現金だけ見ているからダメなんです」
とは言いませんでした。
それでは、この人がこれまで会社を続けてきた強みまで否定することになります。
現金を見ること自体は間違っていない。
問題は、
現金という一つの視点だけで、これからの経営判断までできるのか
ということでした。
そこで、損益と資金繰りを一度分けて整理することにしました。
もともと本人が使っていた管理表は、かなり実用的でした。
ただ、
「実際にいつ現金が動いたのか」
と、
「いつ売上や費用が発生したのか」
が一つの表の中で混ざっていました。
つまり、現金主義と発生主義が整理されていなかったのです。
私は考え方を説明しました。
ただし、私が完成した表を作って渡したわけではありません。
本人に作ってもらいました。
作ってもらう。
一緒に見る。
違っているところを確認する。
直してもらう。
そして、また作ってもらう。
何度かこれを繰り返しました。
数字が増えたのではなく、「見る位置」が増えた
何度か数字を作っていくと、少しずつ会話が変わってきました。
最初は、
「現金がいくら残るか」
が中心でした。
そこに、
「この事業では、実際にどれくらい利益が出ているのか」
という損益の視点が加わる。
さらに、
「会社全体として、どんな資産と負債を持っているのか」
という視点が加わる。
そして、
「この会社は、銀行など第三者からどう見えるのか」
という視点まで広がっていきました。
私は、財務を理解する意味はここにあると思っています。
P/LやB/Sを作れること自体が目的ではありません。
同じ会社を、違う位置から見られるようになる。
そのための道具です。
先の入金が見えていることと、事業が安定していることは違う
さらに数字を見ていくと、別の論点も見えてきました。
この会社は、先の入金予定までかなり把握できていました。
だから、
「しばらく会社が回るかどうか」
は分かります。
ただ、既存事業には案件ごとの波がありました。
仕事が入れば売上になる。
しかし、いつ、どの程度の案件が発生するかによって、入金にはばらつきが出る。
つまり、
先の資金繰りが見えていることと、事業そのものが安定していることは同じではない。
ここは分けて考える必要がありました。
実は本人も、この構造には以前から違和感を持っていました。
だから、既存事業とは違う新しい収益源を作ろうとしていたのです。
ただ、
「新しいことをやりたい」
という思いと、
「会社のお金をどう使うか」
という財務の話が、まだ一本につながっていませんでした。
「いくら残るか」から「どこに置くか」へ
支援を続けていく中で、私は経営者のお金の見方が変わってきたと感じました。
最初は、
「このお金を使っても、現金はいくら残るか」
という考え方が中心でした。
もちろん、それは今でも重要です。
でも、会社の資金には限りがあります。
であれば、もう一つ考えなければいけません。
「限られたお金を、どこに置くのが一番いいのか」
という問いです。
既存事業に使うのか。
新しい事業に使うのか。
人に使うのか。
設備に使うのか。
あるいは、今は使わずに持っておくのか。
そして、その判断をするときには、
「払えるか」
だけではなく、
「この投資から、どれくらいのリターンが生まれるのか」
まで考える必要があります。
支援が進むにつれて、本人も資本効率まで考えながら投資を判断するようになっていきました。
ここが、私にはとても印象的でした。
財務を理解したら、お金を使わなくなったわけではない
財務を勉強すると、
「無駄遣いをやめる」
「現金を残す」
という方向に行くイメージがあるかもしれません。
でも、このケースはむしろ逆でした。
自信を持ってお金を使うために、数字を見るようになった。
今ある現金を減らさないことだけを考えるのではなく、
「どこに投資すれば、次のキャッシュを生み出せるのか」
を考えるようになったのです。
現在、この会社では、既存事業とは異なる新しい収益源を作る取り組みが具体的に進んでいます。
もちろん、それが成功するかどうかはまだ分かりません。
新しい事業ですから、失敗する可能性もあります。
私は、それでいいと思っています。
重要なのは、
「現金があるからやる」
でも、
「失敗が怖いから使わない」
でもなく、
限られた資金を、どこに投じるのかを自分で判断できること
だからです。
これまで正しかった判断基準が、これからも正しいとは限らない
私は今でも、現金を把握できる経営者は強いと思っています。
この経営者についても、
「今までのやり方が間違っていた」
とは思いません。
むしろ、それがあったから会社を続けてこられた。
ただ、会社が次のフェーズへ進むときには、見るべきものも増えていきます。
現金を見る。
利益を見る。
資産と負債を見る。
将来の資金繰りを見る。
外部から自社がどう見えるかを見る。
そして、
限られた資金をどこに再投資すれば、次のキャッシュにつながるのかを見る。
これまで会社を守ってきた判断基準が正しかったとしても、
その判断基準だけで、これからの会社もつくれるとは限りません。
もし今、
「現金はあるから大丈夫」
と思っているなら、一度だけ考えてみてください。
そのお金は、
「使っても大丈夫だから」使うのでしょうか。
それとも、
「会社の未来にとって、ここに投資するのが一番いい」と判断して使うのでしょうか。
「払えるかどうか」と、
「そこに投資すべきか」は、
同じではありません。
「経営の整理60分」
数字は見ている。
事業のことも考えている。
やりたいこともある。
それでも、
「結局、今どこにお金と時間を使うべきなのか決めきれない」
ということがあります。
そんなときは、相談内容をきれいに整理してくる必要はありません。
今の事業、数字、使える人・時間・お金、これからやりたいことを一度並べて、
本当に今、何を決める必要があるのか。
「経営の整理60分」で一緒に整理します。
今、変えたいと思っていることを一つだけ持ってきてください。
「経営の整理60分」については、下記のリンクからご覧いただけます。
熊谷 篤
実戦経営アドバイザー/中小企業診断士
事業承継後の後継者、第二創業、新規事業責任者を中心に、経営者の意思決定整理と実行接続を支援しています。
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