「なんでこんなこともできないんだ」——社長の「当たり前」は、社員の当たり前ではない
※本記事は実際の経験をもとに、個人・企業が特定されないよう、一部の属性や状況を変更しています。
「なんで、こんなこともできないんだ」
その経営者は、怒っているというより、本当に不思議そうでした。
「俺なら、これくらい普通にできるんだけどな」
本人にとっては、それが本当に「当たり前」だったのです。
会社は成長していました。
拠点が増え、人が増え、新しく入ってくる社員も増えている。
その一方で、
「現場が全然、俺の言うことを理解しない」
「前にも言ったんだけどな」
そんな言葉を聞くことも増えていました。
私は当時、この会社の経営にかなり深く入っていました。
経営者と話すだけではありません。
数字を見て、どうすれば収益が上がるのかを一緒に考える。
管理の仕組みをつくる。
幹部が集まる会議に入り、運営の仕方を一緒に変える。
必要があれば現場にも足を運び、改善活動まで一緒に進める。
経営者が考えていることと、数字と、現場で起きていること。
その三つを行き来しながら会社を見る、今の言葉で言えば社長の「外部CPU」のような立場でした。
だからこそ、あるズレに気づきました。
社長は「言った」。でも、現場に行くと違っていた
社長に聞くと、
「あれは前に伝えた」
「こうするように言ってある」
と言います。
そこで実際に現場へ行って確認すると、
「こういうふうに聞いています」
と、少し違う説明が返ってくる。
「あれ?」
と思って別の人にも聞く。
やはり違う。
別のテーマでも同じでした。
社長は「そこも言ってある」。
現場に確認すると、やはり認識が違う。
一つの指示がたまたま伝わらなかったのではありません。
「伝えたつもり」と「伝わっていること」のズレが、会社のあちこちで起きていたのです。
社長が嘘をついているわけではありません。
現場が意図的に無視しているわけでもない。
だから私は、
「社員が理解してくれない」
という最初の問題設定を、いったん横に置きました。
社員の能力ではなく、伝わるまでの構造に問題があるのではないか。
そう考え始めました。
「俺ならできる」は、本当にその通りだった
この経営者自身は、現場で仕事を身につけてきた人でした。
先輩を見る。
自分で考える。
やってみる。
うまくいかなければ直す。
いわば「仕事は見て覚える」という環境です。
だから、
「俺なら、これくらい普通にできる」
というのは、本人にとって本当にその通りだったのでしょう。
私は、その考え方が間違っているとは思いませんでした。
むしろ、自分で考え、試し、できるようになってきた人だからこそ、会社を成長させることができた。
ただ、その「自分にとっての当たり前」が、会社が大きくなった後も通用するとは限りません。
会社が小さい頃なら、経営者自身が現場にいます。
社員も社長の仕事を見ることができる。
何を大切にしているのか。
どこまでやればいいのか。
何がこの会社の基準なのか。
一緒に働いていれば、言葉にしなくても伝わることがあります。
でも、会社が大きくなるとそうはいきません。
経営者と一緒に働いたことのない人が増え、人を介して指示が伝わるようになる。
それなのに、
「一度言えば分かる」
「見れば分かる」
「普通はこれくらいやるだろう」
という感覚だけが残っていた。
会社は成長したのに、コミュニケーションの仕組みは創業期のままだったのです。
「なぜ分からない」から「どうすれば伝わる」へ
私はその経営者に、
「社長が思っている以上に、社長と現場の距離は遠いですよ」
「社長と副社長の立ち位置は、副社長と新入社員よりも距離が遠いと昔ある経営者が言っていましたよ」
と話しました。
会社が大きくなれば、社長が言ったことが、そのままの意味で現場まで届くとは限りません。
経営者は「伝えた」と思っている。
現場も「聞いた」と思っている。
それでも、実際に両方へ確認すると違っている。
その話をすると、経営者は、
「なるほど」
と言いました。
そこから、話の中心が変わりました。
「なぜ社員は分からないのか」
ではなく、
「どうすれば、分かる人に頼らなくても伝わる会社にできるか」
を考えるようになったのです。
「もっと伝える」ではなく「仕組みにする」
そこで、経営者の頭の中にあった仕事の基準を、少しずつ言葉にしていきました。
「こういうときは、こうする」
「ここまではやる」
「この状態なら合格」
暗黙知だったものを、組織で共有できる形に変えていく。
ただし、私が外からマニュアルを作って渡したわけではありません。
中心になったのは、その会社で実際に現場を経験してきた人たちです。
私はひな形を用意し、一緒に内容を確認する。
そして、実際の現場で使ってもらう。
使いにくければ直す。
分かりにくければ変える。
また使ってみる。
その繰り返しです。
重要なのは、きれいなマニュアルを作ることではありません。
社長の頭の中にしかなかった「当たり前」を、社長がいなくても再現できる状態にすることです。
こうした取り組みを続けると、新しい現場の立ち上がりも以前よりスムーズになっていきました。
そして、これは社員のためだけではありません。
経営者自身も楽になります。
人が増えるたびに教える。
問題が起きるたびに呼ばれる。
同じことを何度も説明する。
それでは、会社が成長するほど社長が忙しくなります。
だったら、自分の「当たり前」を仕組みにしてしまえばいい。
「社員が動かない」は、本当に事実なのか
その後、多くの経営者と話してきましたが、
「社員が動かない」
「言ったことをやってくれない」
「何度言っても分かってくれない」
という話は珍しくありません。
もちろん、本当に社員側に問題があることもあります。
だから私は最初から、
「社長の伝え方が悪い」
とも、
「社員に主体性がない」
とも決めません。
何を伝えたのか。
相手はどう理解したのか。
実際には何が起きているのか。
どこで認識がずれたのか。
まず、事実を確認します。
特に、自分自身の力で会社を成長させてきた経営者ほど、
「自分にできたんだから、みんなもできる」
と思いやすいのかもしれません。
でも、経営者と社員では、経験も、持っている情報も、見えている景色も違います。
経営者にとっての「当たり前」は、社員にとっての「当たり前」ではありません。
だったら、人のせいにしてイライラし続けるより、自分が楽になる仕組みを作ってしまった方がいい。
私はそう思っています。
あなたの会社では、どうでしょうか
もし今、
「なんで、こんなこともできないんだ」
「何度言っても、社員が動いてくれない」
と感じていることがあるなら、一度確認してみてください。
あなたが「伝えた」と思っていることは、本当に現場まで同じ意味で伝わっているでしょうか。
そして、
あなたがいちいち言わなくても、現場が判断して動ける仕組みをつくれているでしょうか。
経営者から見えている会社と、現場で実際に起きていることは、意外と一致していません。
しかも、経営者自身が会社の中心にいるからこそ、そのズレは自分一人では見えにくい。
だから私は、最初に聞いた問題をそのまま答えにしません。
何が起きているのか。
どこにズレがあるのか。
本当に変えるべきものは何なのか。
そこから一緒に整理します。
「社員が動かない。でも、何を変えればいいのか分からない」
そんな状態でも構いません。
今、気になっていることを一つだけ持ってきてください。
最初の60分で、一緒に会社を俯瞰してみます。
「経営の整理60分」については、下記のリンクからご覧いただけます。
熊谷 篤
実戦経営アドバイザー/中小企業診断士
事業承継後の後継者、第二創業、新規事業責任者を中心に、経営者の意思決定整理と実行接続を支援しています。
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