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【物語】 貴婦人の予祝 《第2章》 貴婦人の表現  青 Bleu 

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第2章  貴婦人の表現  青 Bleu  


《第5チャクラ》

色  青 
象徴  表現力 
主題  コミュニケーションと自己表現
目標  他者との対話・自己認識と創造性


 次の日の朝、贅沢なホテルのスイートのような寝室で私は目を覚ました。アーモンドグリーンとサーモンピンクが基調の気品に満ちた室内。天蓋つきのベッドに設えられた花模様のリネン。アンティーク調の家具や調度品。憧れていた大きな暖炉。美しい衣類が並ぶウォークインクローゼット。大理石のバスルーム。高級感の漂うパウダールーム。

 

 
 軽やかなノックとともに、若々しい女性が姿を現した。白と黒で統一したモダンな服装が、金髪のまとめ髪によく映えている。
「私はセシル。お支度のお手伝いをさせて頂きます」流ちょうな日本語だった。私はゆっくりと起き上がった。女性は私を案内するように、浴室に手を向けた。
「シャワーをどうぞ。1時間後にマダムがお呼びです」
セシルは金色の猫脚がついたバスタブにお湯を入れて泡立たせると、大量の赤いバラの花びらをさっと散らした。そして私を招き入れ、「少しお湯につかって、体をほぐされるといいですよ。30分後に伺います」と言い残し、姿を消した。

 私はお湯の中に体を横たえると、ゆっくりと手足を伸ばした。あちらこちらに、瑞々しいアイビーや生花が飾られている。「プリティーウーマン」のバスルームだってこんなに豪華じゃなかった。あれはビバリーヒルズのペントハウスだったっけ? でも、ここは個人の屋敷の一室。この家の部屋は、どこもこんなに豪華なバスルームを完備しているのだろうか。一つの部屋に寝室と居間、書斎に浴室、そしてパウダールームまで。マダムは一体どれくらいのお金を持っているんだろう?
 ぼんやりとそんなことを考えていると、バスタブのそばに置かれた金色の時計が優しく鳴り始めた。アラームだ。きっとセシルがセットしてくれたんだろう。バスタブを出るとガラス張りのシャワー室に入り、使い勝手のよく分からないまま蛇口に手を伸ばした。シャワーヘッドから流れ出るミスト状のお湯の心地よさに、思わず目を閉じてしまう。このまま時間を忘れてしまいそうだ。それでも何とか全身を洗い終え、体に分厚いバスタオルを巻いたところで、ノックとともに再びセシルが現れた。すごく手際がいい。
「こちらにお召し物を用意しています。パウダールームでお支度をさせて頂きますので、着替えられたらいらして下さい」
 用意された下着や薄いスリップドレスは、一目見ただけで高級品だと分かった。無駄な装飾をすべて削ぎ落とした、究極のエレガンス。私はベビーブルーのドレスを手に取ってみた。羽のように軽いそのドレスは、実際に身に着けてみると腰の周りに絶妙なドレープが現れ、体の線が素晴らしく綺麗に見えた。ワンショルダーのデザインは鎖骨の辺りが嫌味なく映えて、あまりの着心地の良さに言葉が出なかった。

 パウダールームでは、既に様々なメイクパレットやいくつものブラシを準備したセシルが、私を待っていた。にっこりと笑顔を浮かべたセシルは、私を大きな鏡の前に座らせた。セシルの物腰はとても優しく丁寧で、何だかほっとして涙が出てきそうになった。自分でも気がつかなかったけれど、私は昨日からずっと緊張していたのだ。
 やわらかなタオルで私の髪の余分な水分をふき取ってから、ヘアーローションを擦り込んだセシルは、大きなカーラーをいくつも巻くと、ドライヤーでさっと乾かした。そうして髪に緩やかにウエーブをつけてから、慣れた手つきで両サイドを編み込み、あっという間に洗練されたアップヘアに仕上げた。メイクの腕もまるでプロのようだった。いくつものローションやクリームで丁寧に肌を整えてから、数種類の下地とファンデーションを巧みに使って陰影をつけ、繊細なブラシでアイシャドウやチークをさしていく。最後に発色の美しいグロスで口元を彩ると、セシルは私の耳の裏に、そっと香水をつけてくれた。鏡に映った私は、間違いなく今までで一番綺麗な私だった。「とてもお綺麗です」私の両肩に優しく手を置いたセシルは、そう言って励ますように鏡の向こうで微笑んだ。

 

 セシルに案内されて中庭に行くと、ノースリーブのブラックドレスに身を包んだマダムが、ガーデンチェアに腰かけて紅茶を飲んでいた。繊細なレースの手袋と片方の足元から深く入ったスリットが、彼女の美しさに危うい気品を添えていた。洗練されたその姿は、オードリー・ヘップバーンとティファニーを結びつけた、あの有名な黒いドレスを思い出させた。けれどその華奢な胸元には、映画のような何連ものパールのネックレスではなく、シンプルで高価そうなダイヤだけが光っていた。
「おはようございます」
私は緊張しながらマダムに声をかけた。マダムは顔を上げると、さっと私のいで立ちを点検した。ただ見るのではなく点検しているのだ。軽く頷いたマダムは私に椅子を勧めた。多分、合格ということなのだろう。
 テーブルの横には、新鮮なフルーツや何種類ものパンにバゲット、卵料理やソーセージが並んだワゴンが用意されていた。いつの間にかそばに立っていたハンサムな男性が、料理を取り分けた皿や、おそらくは搾りたてのオレンジジュースを私の前に並べてくれた。まったく音を立てず、気配すら感じさせず。
「さあ、食べなさい」
マダムはそう言って、ティーカップにそっと口をつけた。彼女の前には一つの料理もなかった。
「マダムは食べないのですか?」
たしか昨日のお昼も、ほとんど食べていなかったはずだ。
「私は、食事はほんの少しでいいの。その日、体が必要としているものを、ほんの少し」
一人だけ食事をする気まずさはあったものの、目の前の料理が放つ香ばしい匂いに食欲を抑えられず、私は素直にパンにバターを塗り始めた。

 

「ところであなたは、今の仕事が自分に合っているとは思わない、と言っていたわね。教師の仕事が。なぜ、そう思うの?」
マダムの声には、昨日のようにくっきりとした抑揚がなかった。まだ、朝の早い時間だからだろうか。いずれにせよ、それは私を少し楽な気持ちにさせてくれた。
「臨時職員として働いて一年になりますが、自分に自信がないから、授業も上手くいきません。知識不足なことも痛感しています」
「その仕事をしようと思った理由は?」
「ずっと本が好きで、作家になりたかった。それで大学の文学部に行きました。でも、何をどう書いたらいいのか全く分からなかった。卒業して、雑誌の出版や放送局のアルバイトを始めたけれど、何か間違ったことをしているようで、気持ちばかりが焦っていました。それで、とりあえず高校で国語を教えてみて、自分にも教員ができるか考えてみようと思ったんです。少なくとも文学や物語と繋がっていられるし、世間的にも信用がある仕事だから」
 マダムは頷いた。そんなに不愉快そうには見えない。マダムと話しているうちに、私は自分の気持ちを正直に、簡潔に伝えることがベストだと思うようになっていた。飾っても仕方がない。聞かれたことにできるだけ素直に答えて、後は成り行きに任せようと思った。すべてを決めるのはどのみち彼女なのだ。
「それではあなたは、本当は作家になりたいのね」
「はい。それしか憧れる職業がありません。でも、一行も書けない」
「どうしてかしら? 憧れるからには、書きたい世界や好きな作家がいるのでしょう?」
「書こうとすると、どうせ才能がないのに、という気持ちに囚われてすぐに手が止まってしまうんです。自分が感動してきたような物語が書きたいけれど、誰も興味を持たない気がして」
「周りの目が気になる」
「多分。作家で成功するなんて、才能のある選ばれた人だけだ、という声が聞こえる気がします」
マダムはそれ以上何も言わずに、グラスの水を一口飲んだ。仕方なく、私は黙ったまま食事を続けた。今まで食べたこともないほど素晴らしい朝食のはずなのに、不思議に食が進まなかった。私はあきらめてフォークとナイフを置いた。

 

 気がつくと、マダムの背後にタキシードを着た老齢の男性が立っていた。昨日も見た顔だ。他の使用人と比べて、醸し出す雰囲気が明らかに違う。名家には必ずいるという執事なのかもしれない。
「いらっしゃいました。サロンでお待ちになっています」
マダムは頷いた。
「ついていらっしゃい」
唐突に立ち上がったマダムにそう言われて、私も慌てて席を立った。
 新しい何かが始まる予感に、自分でもよく分からない緊張を感じながら。

 

  宮殿の一室と言ってもおかしくないその部屋は、室内楽の演奏会を開く小さなホールのようだった。いくつもの大きな窓から、明るい陽光が差し込んでいる。部屋の隅には木目の美しいグランドピアノがあり、ベルベットを張った優美な椅子が半円状に十席ほど置かれていた。執事のギヨーム(と、さっきマダムが呼んでいた)が、一人の若い青年と一緒にマダムを出迎えた。    
 顔立ちの綺麗な青年だった。ブルーの瞳と豊かな栗色の巻き毛は、ラファエロの描く天使を思わせた。すらりとした長身に上品なシルクのシャツを着た姿は、いかにも若き演奏家といった風情だった。マダムが近づくと青年は優雅に彼女の手を取り、慣れた様子で口をつけた。マダムは無表情のまま、彼を抱擁した。
「調子はどうですか」
「まずまずです。お呼び頂いて心から感謝しています」
会話は英語だった。青年が話す英語には、どこかヨーロッパの他の国のアクセントが入っている気がした。
「気に入ったものはありましたか?」
「どれも。願わくば全部持ち帰りたいくらいです」
軽やかな彼の返事に、マダムは浅く頷いただけだった。どこからか、ギヨームが可動式のテーブルを移動してきた。テーブルの上には五挺(ちょう)のヴァイオリンが並んでいる。
「必要ならいくつでもお持ちなさい」
マダムは真面目な表情でそう言うと、振り返って私を呼んだ。「いらっしゃい」
私はぎこちない足取りで、マダムのそばに立った。
「彼はピエール。パガニーニの再来とクラシック界が大騒ぎしている、チェコ出身のヴァイオリニストです」
ピエールは私を見て微笑んだ。
「お美しい」
余裕に満ちた、見事な笑顔だった。それを見て恋に落ちない女性はいないだろう、というくらい。こんな状況でなければ、私だってそうなっていたかもしれない。でも今の私には、マダムと一緒にいること以上に緊張を強いられることはなかった。ピエールにも、さりげなく会釈を返しただけだった。
「まだ経験の浅い彼には、その才能に相応しい楽器を手にするチャンスが訪れていません。それで、我が家のコレクションから、好きなものを使ってもらうことにしたのです」
「夢のようです、マダム。コンクールを前に、このような楽器を手にすることができるとは」
「一番しっくりきたのは?」
マダムの質問にピエールは上品に首を傾げると、おもむろに一つのヴァイオリンを取った。
「このグァルネリ・デル・ジェスは素晴らしい。理想的です」
そう言ってピエールはゆっくりと弓を下ろし、深い一音を奏でた。マダムは相変わらず無表情に、その様子を見ていた。
「よろしければ、こちらをお借りしてもよろしいですか?」
「もちろんよ。あなたが心から満足していない楽器でかまわないのなら」
何気なくそう言ったマダムの一言に、ピエールは一瞬息を呑んだ。表情が凍りついている。青ざめた横顔は、さっきまで魅惑的な微笑みを浮かべていた青年と同じ人物とは思えなかった。
「そのデル・ジェス自体は素晴らしい楽器だわ。残りの四挺も名立たる名器。でも、あなたが求めている完璧な楽器ではない。もしも完璧な楽器との邂逅(かいこう)があれば、あなたはそんなに悠然とした態度ではいられないでしょう。もっと魂を射抜かれたような、その楽器を手に入れるためなら私を殺すことも厭(いと)わないような、そんな表情で立っているはずでは?」ピエールはうつむいたまま、黙っていた。弓を持つ手が小刻みに震えている。やがて顔を上げたピエールの目は、恐いほど真剣だった。
「おっしゃる通りです、マダム。どれも素晴らしい。特にこのデル・ジェスは群を抜いている。深みといい滑りといい、本当に申し分ない。でも、何かが違う。僕の求める理想の音楽に、音に、今一つ何かが足りないのです」
 マダムは無言のまま、後ろで控えていたギヨームに合図をした。ギヨームは心得た顔で隣の部屋に姿を消すと、すぐにまた、一つのヴァイオリンケースを手に戻ってきた。彼がテーブルの上にケースを置くと、マダムはピエールを促した。
「その楽器を試してごらんなさい」
怪訝そうにケースを開けたピエールは、中のヴァイオリンを目にした途端、目を鋭く光らせた。震える手でヴァイオリンを取り出したピエールは、それを肩に乗せ、どこか恐々と弓で音をかき鳴らした。軽やかでいて空気を深く刻むような、鮮やかで美しい一音が部屋の中に響き渡った。ピエールが手を止めた後も、その音の残存は辺りを満たしていた。ピエールの横顔が次第に透明さを帯び始めた。
「これは……」
「パガニーニが、あの『パガニーニ・カルテット』を買い集めていた時と同じ頃に、密かに手に入れたとされる幻のストラディバリウスです。公には知られていない」
 ピエールは手にしたヴァイオリンをじっと見つめた。そして再びヴァイオリンを肩に乗せると、一気に弓を振り下ろした。どこかで聴いたことのある曲だ。名前は分からないけれど、多分有名な曲。でもそんなことが問題ではなかった。
 それは鬼気迫る即興だった。次から次へと息つく間もなく流れ出す音の洪水。まるで何かが乗り移ったかのようだ。狂いに狂う激しい動き。全身が痙攣しているのかと思う程に。とても人間技とは思えない。

 

 やがて演奏が終わり、ピエールは肩で息をしながら、それでもずっとヴァイオリンを凝視していた。不意にその青い瞳から、はらはらと涙が零(こぼ)れ落ちた。
「やっと出会えたようですね」
マダムが静かにそう言った。ピエールは頬を涙で濡らしたまま、跪(ひざまず)いて片足を立てた。
「マダム。この楽器を私にお与え下さい。何でもあなたの言うことを聞くと誓います。ですから、どうか……」
振り絞るような声だった。喉元が震えている。
「たとえ私が、悪魔に魂を差し出しなさい、と言ったとしても?」
その言葉に、私は思わずびくっとした。うっすらと笑みを浮かべてピエールを見下ろすマダム・ロゼは、彼女自身が悪魔に魂を差し出したかのように、冷ややかな美しさを湛(たた)えていた。
「もちろんです」
ピエールは即答した。
「この楽器を手にできるのであれば、僕の魂など誰に渡してもかまわない。遂に思い描いていた音楽を弾くことができる……」
 その瞬間、部屋中に満ちていた鋭い緊張が一瞬にして解けた。ひたむきな目で自分を見つめるピエールに、マダムはそっと微笑んだ。それは、一瞬前に私を凍らせた微笑とはまったく違う種類の微笑みだった。
「お持ちなさい。そのヴァイオリンも真の弾き手を待っていました。あなたのものです」
ピエールの顔が輝いた。マダムは一度だけ、ゆっくりと頷いた。そして彼に背を向けて歩き出した。振り返ることはなかった。それはピエールも同じだった。その楽器を手にする権利を得た途端、マダムへの関心は彼の心から瞬く間に消え失せてしまったようだ。彼はただ、愛おしそうにヴァイオリンを撫で続けているだけだった。クリスマスの朝、ずっと欲しがっていたおもちゃを手にした、幼い少年さながらに。
 至福の境地にいるピエールを残し、私は慌ててマダムの後を追った。

 

 
 「偽りの言葉など、口にする程に自分の無価値さを証明するようなものです」
マダムは温室を兼ねた広い居室で寛いでいた。彼女の周囲には至るところにバラが飾られていた。ラベンダーに近い、淡い青。暖炉の上やサイドテーブルに美しく活けられたその何十もの青いバラは、マダムの不可思議な存在感と艶やかに調和していた。
「青いバラの花言葉を知っていますか?」
「たしか……、不可能。奇跡?」
「そう。自然界では青いバラは咲かない。品種改良でも叶わない。日本の企業が遺伝子組み換えによる開発を始めていますが、今のところ、まだ実現には至っていません」
「では、この青いバラは吸い上げか何かによるものですか?」
美しい横顔に、少しつまらなさそうな表情が浮かんだ。
「私は簡単にできる偽物には興味がありません。このバラたちは、私の指示で青いバラの開発を進めている研究チームから送られてきたものです。世に出せば世界初ということになるのかもしれない。でもこの色は、まだ真っ青な、誰もが認めるブルーとまではいかない。これはこれで素晴らしい。チームの努力の賜物です。そのことには心から敬意を払っている。けれど、私が求めているのは夜空に輝くシリウスの光のような青。高貴で凛としたロイヤルブルー。その境地に至るまで私は指示を出し続ける。彼らはきっと尽力してくれるでしょう」

 やわらかな陽ざしのこぼれる室内で、マダムの青いバラは香しい香りを放っていた。私の想像の域を超えた一人の人間が生み出す無限の力の中で、そのバラたちはただバラとして、自然に、そして見事に花開いていた。
「不可能に挑戦しているということですか?」
私は思い切って聞いてみた。マダムに質問らしい質問をしたのは、それが初めてだった。マダムは頬杖をついたまま、私を見ていた。瞳に力が宿っていく。その眼光に射すくめられる気がした。それでも私は何とか堪えた。勇気を出して聞いた以上、その答えを知りたかったのだ。
「挑戦ではありません。自己表現です」
しばらくして、マダムは静かにそう言った。
「自己表現?」
「そう。青いバラの開発に正当な方法で挑戦するという行為を通して、限りない富や時間をどのように使うことが最も美しいと考えているのか、私はそれを表現しているのです。いつか誰もが認める青いバラが誕生した時、それは『この世に不可能なことなどない』というメッセージへと昇華し、多くの人に勇気を与えるでしょう。さっきのストラディバリもそう。素晴らしい楽器のための真の弾き手を見つけることで、偉大な作曲家たちが本当に表現したかった音楽を、人類に提供することができる。私はそのようにして自己を表現します。それが叶うのであれば、悪魔など取るに足らない。嘘や偽りからは得られない真の美と創造、そして人類への究極の愛。私はそのためにのみ、富と時間を投資します」
 マダムは頬杖を解き、背筋を正した。彼女の周りの空気が、心なしかうっすらと光を帯び始めている気がした。
「いづみ。覚えておきなさい。あなたの意識、そこから発せられる言葉と行動。それらはすべて、あなたという人間を物語る。表現とは言葉だけではないの。むしろ、言葉だけでは空虚になるばかり。何よりも大切なのは、あなたの意識。それがすべてです。あなたは生みの親や育つ環境、容姿、肌の色などは選べない。でも、自分という存在をどのように捉えるかは、百パーセント自分で選べる。結局のところ、私たちが手にし得る究極の自由とは、自分の意識を選択できることにあるの。だから慌てて書こうとしなくてもいい。じっくりと生きて、まずは、自分が望む現実に見合う意識を育てなさい」
 私は黙ったまま、マダムの言葉を聞いていた。
 それは、彼女のように莫大な富を手にしているからこそ可能なことなのか、それとも、私のようにありきたりの人間でも、いつかは辿り着くことのできる境地なのか。
 聞いてみたい気持ちもあったけれど、口には出さなかった。彼女はたった今、私の名を呼んで「覚えておきなさい」と言った。彼女がそう言うのなら、それは尋ねることではなく、覚えておくべきことなのだ。そして私自身の意識にその言葉をしっかりと刻みつける――。
 彼女は私にそう求めているのだろう。きっと。

 

 

 ~第5チャクラ・スロートチャクラ~


・チャクラ名……スロートチャクラ (喉のチャクラ) 
・サンスクリット語……ヴィシュッダ (浄化)
・色……青
・関連する体の部位……喉・耳・鼻・歯・口・首・気管・食道・声帯等。

  
 第5チャクラは、あなたの首のつけ根の中央と喉に位置するエネルギー場で、 自己の表現とコミュニケーション能力を司っています。
 このチャクラが象徴する「表現」とは、あなたの魂からの表現を意味します。自分はどんな人間で、何をしたいのか。また、自分の考えや希望をどう伝えるのか。つまり、あなたの本質を「他者に伝える」ことを前提にした「表現」のことを指しているのです。
 第5チャクラが整い、あなた自身に嘘偽りのない表現ができるようになると、他者とのコミュニケーションが円滑になり、クオリティの高い人間関係を築くことができます。
 思うままに自分を表現できるようになると、私たちはより生きやすく、わけもなく楽しいといった感情を抱きながら、毎日を過ごせるようになります。また、他者に対しても、固定観念に囚われずに話を聞くことができ、ありのままのその人を受け入れ、自然に深い理解を示せるようになるのです。そういう人が友人や恋人になってくれることはとても嬉しいことです。あなたがそうなることで、あなたを魅力的に思う人が増え、望ましい人間関係が次々に生まれていきます。

  第5チャクラは、甲状腺や副甲状腺とも深く結びついています。このチャクラが閉じたりエネルギーが不足したりすると、あなた自身の気持ちを上手く表現することが難しくなります。言いたいことが伝わらないというストレスが蓄積し、他人とのコミュニケーションが恐くなることもあります。そして次第に、コミュニケーションを取ろうとする意志すら減退していくのです。また、自分の意見がはっきりと言えず、無意識に周囲に同調する癖がつき、他人に影響されやすくなってしまうこともあります。
 逆にこのチャクラだけが活性化しすぎて、エネルギーが過剰に放出されると、口数が多くなりすぎる場合があります。それも、人を傷つけてしまう噂話やゴシップなどの会話が多くなり、本当は一緒にいたくない人々との繋がりが強くなってしまうのです。

  あなたの喉元に手をあててみてください。
 そして自分が今、感じていることをゆっくりと味わい、素直に口に出してみましょう。
 もしも息苦しさを感じたり、うまく言葉が出てこないといった場合には、あなたの第5チャクラが閉じている可能性があります。幼少期のトラウマや自己肯定感の低さも、このチャクラが滞る要因になり得ます。
 その場合には、無理に言葉にしようとせず、好きな曲を口ずさんだり、踊ったり、絵を描いたりと、言葉以外の方法で、自分の気持ちを表現することを試してみましょう。自分の創造性を発揮できるゲーム、料理、編み物、日記やノートに気持ちを書くことも効果的です。自分がしたいことを、たっぷりとさせてあげて下さい。
 大切なことは、自分の感性や感情をアウトプットする習慣を身につけることです。子どもたちの学力が高い北欧諸国では、早くから小学校の授業でマインクラフトなどのゲームを取り入れています。自分の想像力を使って街や世界を創造する。その過程を通して、子どもたちは自分の好みや夢を具体的に理解する機会が与えられます。
 終始無言でも、自己を美しく表現することは可能なのです。
 ですから、あなたが仮に生き辛さを感じているのだとしたら、子ども時代に戻って思う存分自分の好きなことをしてみましょう。
 空や星を見上げ、海や川を訪れて、自然の中で気持ちを開いていくことも、あなたの第5チャクラを癒し、整えることに効果的です。私は沖縄で生まれ育ったので、気持ちがもやもやとした時には、よく一人で近くの海に出かけて、ぼんやりとしたまま過ごしていました。私が無言でも、海は私の心の声をいつでも無条件に受け入れてくれる気がしたのです。
 私は人にどう思われるかばかりを気にして生きていたのですが、海の大きさやマダムの言葉に支えられ、相手を問わず、自分の気持ちを正直に話せるように練習を重ねてきました。チャクラについて学び始めてからは、喉元に手をあてながら、言いたいことをゆっくりと言う練習をしたり、会話をする時には、相手の目を見るようにしたり。もちろん、たくさん失敗もしました。でもいつの頃からか、誰に対しても分からないことを「分からない」と言い、質問できるようになってきて、それが転機となりました。教えてくれた人に素直に感謝すると、様々な人が私を助けてくれるようになりました。

 人と深い繋がりを持つことは、時にはとても恐いものです。でも、自分の気持ちや意見を大切にする習慣(癖)を身につけることで、その恐さが少しずつ薄れ、やがては自信へと繋がります。

 あなたはありのままでいいのです。

 誰かの意見が強くて、他の誰かの意見が弱いという状況は、別の見方をすれば、その場所に声にならない、でも重すぎる想念が渦巻いているということです。そういう場所にいると、無意識に疲れエネルギーを吸い取られてしまう。誰の声にも優劣がなく、皆が安心して自分の気持ちを言葉や態度で表現できる時、それはとても心地のよい、安らぎに満ちた場所になります。あなたをそのような場所へ連れていってあげたいと思うのなら、あなたの心の声を殺さないように意識してあげましょう。
 どんな時でも、まずはあなた自身が自分の感情を素直に受け入れてあげることが大切です。あなたの心の声は、あなたという存在と同じように、かけがえのない価値があるのですから。


 


 


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