ラブイズブラインド S10マイクとエマに見る、あたりまえの言語化の重要性|Love is Blind season10
ラブイズブラインド(Love is Blind)というNetflixシリーズがある。一言でいえば結婚相手探しのリアリティーショーである。
ポッド(向かい合った個室)に入って、顔はもちろんシルエットも見えない相手との会話を楽しむ。関係が深まったら同じメニューの食事を楽しんだりギフトの交換ができたりもする。
そのポッドで過ごす期間で自分にとってたった一人の相手を選び、婚約することでようやく相手と対面できる。
そこから1週間ほどのハネムーン、また1週間ほどの同棲期を過ごして結婚式を迎え、そこで結婚を誓う(=誓いの言葉にyesと言う)ことができるかというのが主題。
そのアメリカ版最新シリーズがシーズン10。そこでは同数の男女が上記のプロセスを通して婚約者を見つけ、結婚に向かって進んでいく。
今回このnoteで書きたいのが、登場人物の一人、マイクについて。以降ネタバレの内容を含むので、線で区切る。目次も線の下に配置した。
※表紙画像はNetflix Instagramより引用
マイクの価値観
マイクはイタリア系。彼も家族も「子どもつくるよね?」というタイプ。
ポッドではエマが他の男性に惹かれていたことも理解した上で、彼女にプロポーズしハネムーンへ。
エマの価値観
エマは養子で中国出身。生物学的な両親も中国人と思われる。駅に捨てられていた(本人談)ところを孤児院に拾われ、養子プログラムでオハイオの白人アメリカ人夫婦のもとへ。彼女が長女、下に夫妻の娘2人がいる三人姉妹。
生まれたときに全身にあざがあり、悪性化(ガン化)する可能性があったために生まれてから9回以上の外科手術を経ており、出生の経緯やあざなどのことから子どもを持つことに否定的な姿勢を持つ。
マイクとエマのケースで興味深い点|これぞ愛は盲目
この2人が婚約したことに関して私は心から驚いた。マイクははっきりと「子どもは絶対に欲しい」「子どもが欲しいと思う人と結婚したい」と明言していて、エマに関しての愛情や婚約への意欲は示しつつも子どもに関しては強い意思を見せていた。
エマもまた、子どもを持つことに対して100%イエスとは言えないと明言しており、プロポーズの前後も「子どもを持つことに100%イエスと言えない私でもいいなら」と添えていた。
つまり、双方が「相手は子どもを持つことに関して自分と異なる価値観を持っている」「婚約したいこの人と結婚するということは、自分にとってとても大切な価値観である子どもを持つことに関して、自分が苦しむことになるかもしれない」ということを理解した上で婚約したのである。これこそ愛は盲目ということなのかもしれない。
ハネムーン、同棲、家族との顔合わせを経ての結婚式の誓いの言葉
メキシコ・カボへのハネムーン(番組側が支払う高級ホテル)、オハイオに戻っての同棲(番組側が用意した部屋)、お互いの家族との顔合わせを経て、マイクとエマは破局を選ばずに結婚式を迎えた。
その結婚式の祭壇にて、誓いの言葉を述べる時、エマはイエス、愛を誓います、マイクはノー、子どもについて同意にも至っていないし、こんな短期間では決められないと言った。
婚約したら、結婚したら変わってくれるかもという期待
エマとマイクが同意に至らないままで結婚式を迎えたことの背景は、様々に推測できる。その背景の真実は分からないし、はっきりとは本人にも分からないだろう。
これは私の勝手な推測だけれど、結婚という価値観のすり合わせが必要な場面においては「結婚したら変わってくれる」というような大いな期待が生まれやすいのではないだろうか。
今回のケースをその仮説で見てみると、マイクは「大きな決定の前に価値観が合っていないなんてありえない」タイプ。つまり「結婚したら変わってくれる」なんて夢にも思わないタイプかもしれない。
エマは「彼も私を愛してくれていて、私も彼を愛している。これからの結婚生活の中で意見を合わせていけばいいし、彼との生活で彼の子供が欲しいと思えるようになるかもしれない」と考えたのかもしれない。
相手を好きで、愛していればいるほど、相手に対して門を閉じきるようなことはしたくないのが人の心だと思う。
でも「結婚したら変わってくれる」「私のことを愛しているなら変わってくれる」という気持ちは諸刃の剣なのだ。下手をすれば、相手への愛が相手への憎しみになって自分に刺さってきてしまうかもしれない。
子どもを持つことに100%イエスと言えるということ
子どもを持つことに100%イエスと言えるということはつまり、赤ちゃんが欲しい、育てていくことに肯定的だということだけではない。
自分の子どもがどれだけ素晴らしい遺伝子の持ち主であっても、分娩時に何かが起きて安全が脅かされることもあるだろうし、生まれてすぐに事故に遭って深刻な怪我を負うかもしれない。
子どもは奇跡的な授かりものであるという前提
これは全く関係のない私の個人的な意見だけれど、子どもは授かりもので、いずれ稚魚のように放流(還元)するものだと思っている。
子どもは絶対に欲しい=子どもは自分たちの結婚生活に絶対に必要なもの、=子どもがいない(できない)のであれば結婚生活は破綻するという考え方は、個人的に私にはあまり受け入れられない。つまり、私はマイクとこの点において価値観が合わないのである。
なぜ子どもを持つことが前提なのか、あなたにとって子どもとは?
子どもをもつことは自分にとって大切だから譲れない。その言葉で、絶対に子供が欲しいということは伝わる。でも、生まれ育ちに関してコンプレックスがあり、子どもを持つこと、自身の生みの親に対して屈折した気持ちを持つエマに対してのメッセージとしては弱かったのだ。
結婚という他人同士が家族になるプロセスでは、多くの衝突が発生する。だからこそ自分にとってのあたりまえの言語化が大切なのである。一緒にいたらわかってくれることが大半かもしれないけれど、言語化して相手に伝えようとする真摯な姿勢は間違いなく相手との絆を強固にする。
「なぜ子どもが欲しいのか」「自分にとって子どもを持つことはどんな意味があるのか」それらを自分の言葉である程度整理して相手に伝えない限り、なぜそこまで大切なのかは伝わらないままになってしまう。
愛は盲目かもしれないけど、生活は続く
愛は盲目かもしれないけれど、盲目になったら価値観のすり合わせもできない可能性が高い。愛が生まれたらその瞬間に別の宇宙に飛んでいけるわけではない。生活は続き、自分の人生に愛する人がプラスされるだけであって劇的な変化は起きない。もちろん愛する人が自分と一緒に生きてくれるのであればそれで十分だしそれ以上は望めないけれど、人生の辛さは続いていく。
決め切らないことを優しさだと思ってしまうこと
結婚式で誓いの言葉を言うシーンにてエマは、子どもを持つことに関しては時間をかけて解決しようという姿勢を明らかにしたうえで、「マイクを愛していて彼のいない人生なんて想像できない」としイエスと答え、彼への愛と献身を誓った。一方マイクは子どもに関して意見が合致していないから、結婚の誓いにイエスと言うことはできないと明言した。
このマイクの姿勢もエマの姿勢もよく分かる。分かったうえで、私がこのシーンから学んだことの一つに「決め切らずにブランクをつくることを優しさだと思ってはいけない」ということがある。
どちらかというと私もエマのタイプなんだと思う。だからこの学びは中々に苦しかった。「結婚生活の中で決めていけばいい」という気持ちはよく分かるし、私もそう考えてしまうかもしれない。でも、時間をかけてもかけなくても決まらないものは決まらない。
議論をして結論を出そうとする過程の中で相手と衝突し口論になり相手を傷つけてしまうかもしれない。だから決め切らずに、これから解決しようとする。その姿勢は一見優しくゆとりのある考え方に見えるけれど、将来の自分たちに傷つくことを託しているだけになってしまうかもしれない。向き合うこと、違う価値観をすり合わせようと努力することは、愛し合う二人にとっての逃げられない義務に他ならないのだ。
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