朝焼けの街に若さは燃える
第3話:届かぬ内定、閉ざされる窓
「誠に残念ながら、貴意に添えない結果となりました――」
スマートフォンの画面に非情な通知がポップアップする。
歩(あゆむ)はベッドの上に大の字になり、天井をぼんやりと見つめていた。
タイパが良く、そこそこ安定しているはずの、手堅い企業の不採用通知。
「まあ、人生そんな甘くないか」と乾いたため息をつく。
手元のスマホが微かに震え、美咲からの新着メッセージを知らせる。
画面をロック解除することなく、通知バーだけで確認する。
『お疲れさま! 今日、面接の結果だよね? 終わったらお茶でも行こ!』
歩はスマホを裏返し、そのまま目を閉じた。
いつも通り「大丈夫だよ」と、スマートな彼氏のフリをして笑うエネルギーが、今の彼には残っていなかった。
不採用のカッコ悪い自分を見せたくなくて、彼は連絡をそのまま「既読スルー」した。
数日後の午後、実家の和室の縁側。
歩が冷たい麦茶を淹れるために台所へ席を外したわずかな時間、縁側には美咲と誠一の二人だけが残されていた。
美咲は、庭の隅に咲く向日葵をぼんやりと眺めながら、テーブルの上に自分のスマホを静かに伏せた。
「……おじいさん。歩、最近ちょっと元気ないですよね」
「就活も、お互いあんまり上手くいってなくて。でも、私が焦った顔を見せると歩にプレッシャーになっちゃうから、いつも『なんとかなるっしょ』って笑うようにしてるんです」
「今の時代、女の子だって自分の生活は自分で守らなきゃいけないし」
「寄りかかられたら歩だって重いだろうなって思うから、将来のこともあえて深く聞かないようにしてて。でも、たまに思うんです。私、物分かりの良い『都合のいい彼女』を演じてるだけなのかなって」
誠一は美咲の横顔を優しく見つめ、静かにお茶をすすった。
「優しいね、美咲さんは。相手を思いやるからこそ、自分の弱みを見せられないんだな」
「可愛くないですよね、私。本当は、先のことがすごく不安で、誰かに大丈夫って言ってほしい日もあるのに」
「傷つかないように、お互いに一歩引いてスマートに付き合うのが正解だと思おうとしてるんです」
その時、和室の障子が静かに開き、白髪を上品にまとめた祖母の由美(ゆみ)が姿を現した。
お盆の上には、お茶請けとして手作りの素朴なおはぎがふたつ載っている。
「お待たせ、美咲ちゃん。じいちゃんとお茶ばかりじゃ退屈でしょう」
「このおはぎ、じいちゃんが昔から大好物でね。甘いものでも食べて、少し肩の力を抜きなさい」
由美は美咲の隣にそっと腰掛け、その少し冷え切った美咲の手を、シワが刻まれた、しかし驚くほど温かい両手で優しく包み込んだ。
「美咲ちゃん。私もね、昔は誠一さんに心配をかけたくなくてね」
「冬の冷たい井戸水で手が赤く腫れて、あかぎれだらけになっても、その汚い手を必死にエプロンの下に隠して笑顔を作っていたのよ。嫌われたくなくて、彼の重荷になりたくなくてね」
美咲は、由美の温かい手のひらに包まれながら、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。
「でもね、本当に支え合える『家族』になったのは、綺麗に取り繕って笑い合っているときじゃなかったのよ」
「みっともない弱さや、泥臭い現実を、お互いにその手で隠さずに差し出して、引き受け合ってからなのよ」
誠一も横で深く頷き、目を細めて由美の手を見つめた。
「そう、由美がそのあかぎれだらけの手を隠さずに、俺の手をぎゅっと握ってくれたあの夜から、俺たちの本当の歩みが始まったんだ」
美咲の瞳から、一粒の涙がこぼれ、おはぎの載った皿の端を濡らした。
「美咲さん。歩は頼りない奴だけど、あなたが思うよりずっと、あなたの力になりたがっている」
「スマートな彼女の仮面を外して、その頼りない温度のまま、あいつにぶつかってごらん」
台所から「お待たせー」と、歩が冷たい麦茶のピッチャーを持って戻ってくる。
美咲は素早く目元を拭い、先ほどまでの「乾いた笑顔」ではなく、どこか柔らかく、静かな決意を秘めた目で歩を見つめ返した。
1953年、冬。
工場の巨大な煙突から、不気味なほど煙が消えていた。
激しかった戦争が休戦を迎え、あれほど世界を揺らしていた「戦争特需」が突然終了した。
あれだけ威勢の良かった中小の町工場が次々と倒産し、街には不穏な静寂が立ち込めている。
「来月から人員整理が始まるらしい」
アパートの薄い壁越しに、隣人のひそひそ話が聞こえる。
セーフティネットなど存在しない時代だ。
失業は、即座に、この六畳一間の暮らしの崩壊、すなわち「飢えと死」を意味していた。
さらに、アパートのあちこちから、当時命を脅かす病だった「結核」の咳が、夜通し聞こえてくる。
誠一は冷えた布団の中で、暗い天井を見つめ、身体を固くこわばらせていた。
(もし、俺がクビになったら。もし、俺があの病気にかかったら。由美はどうなる……)
目の前にある未来は、どんなに目を凝らしても、ただ不気味に黒く淀んだ霧に包まれていて、何も見えない。
アパートの窓を叩く、凍えるような冬の冷たい風。
誠一と由美は、寒さに震えながら、互いの本音から逃げるように、ただ窓を固く閉ざして静まり返っていた。
📖第4話:https://note.com/juicy_laelia8513/n/n4f01fe2bc543
📖第2話:https://note.com/juicy_laelia8513/n/n0ace1aeb6c34
🌐英語版:https://note.com/juicy_laelia8513/n/nd5c0eb73c627
