マクロレンズの世界 vol.12 作画工程(1/3)基礎 -アートの通学路
※ 7500字あります。
※ この記事は、既刊で初出させた概念の取得を前提に進みます。
お手数をおかけして恐縮ながら、順読みをお願いします。
1番目: vol.11 視覚認識(1/2)基礎 -視覚認識の3段階
2番目: vol.11 視覚認識(2/2)個人差
3番目: vol.12 作画工程(1/3)基礎 -アートの通学路 ←本号です
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絵を描く、あるいは、撮る
∫1 絵を描く -絵画-
最初に、
「絵筆を使って、写実的な絵を描く営み」
を考えましょう。
ざっくり、以下の3つのステップで進みます。
step1 現物を見る →これを描こう
step2 構想を練る →こんな感じに
step3 描く →こうで、こうで、こうで・・・
◆step1 現物を見る
まず、画家は、現物を見ます。
「見る」は、vol.11 の「視覚認識の3段階」、
1. 情報入力(眼球)
2. 視覚処理(視覚野)
3. 想起網(大脳皮質)
の順に進みます。

いちにのさん、アン・ドゥ・トロワ、何でもOKです。
想起網に進んだところで、画家は「これを描こう!」と思い立ちます。
想起網は人それぞれなので、描きたいと思う対象はさまざまでしょう。
さらには、描きたいと思った、その理由もさまざまでしょう。
◆step2 構想を練る
次に、構想を練ります。
「画面のこの位置に、この大きさ、この向きで、こんな色で描いてみよう」
◆step3 描く
描き始めます。
絵筆で描く動作は、少しずつしか進みません。
写実的な絵を描くときは、
A.現物を見るフェーズ(現物視認フェーズ)
B.作品を見るフェーズ(作品視認フェーズ)
を、何百回、ときには何千回も、行ったり来たりします。
かなりの回数、往復することになります。
これを「アートの通学路」と名付けることにします。

A/B、どちらのフェーズにせよ、同じ繰り返しではないです。
A. 現物視認フェーズ
画家は、作画の進行にそって、現物を見る視点を変えます。
・下書きのとき: 位置と輪郭を見る
・下地塗りのとき: 色調を見る
・描き込みのとき: 立体性やテクスチャーを見る
観察を続けているうちに、気づきが得られることがあります。
「テーブルの角が窓の角に向かっている。この交点を反映させよう」
「赤い花の色が白い壁に反映している。この呈色を描き入れよう」
「ネコには細くて密な毛と粗い毛がある。この質感を表現しよう」
全ての要素を同時に認識するのは難しいです。
複数回に分けて、把握度を高めていきます。
B. 作品視認フェーズ
作品の視認は、作画の進行とともに変わります。
ひと筆ごとに描きかけの状態が変わるので、変わります。
中盤まで描き進めたところで、
「いや、足の位置はここではない」
と、位置をずらすことがあります。
油絵は、上塗りすれば、ある程度、直せます。
学芸員さんは修正跡があると、確実にそこに言及するので怖いです。
塗りの方針を変えることもあります。
「実際はこんなもんじゃない」
手塚治虫『ブラック・ジャック』 「絵が死んでいる!」
ゼロから描き直すこともあります。
「出直しだ」
1枚目を破棄することになっても、構想は進んだので無駄ではありません。
眼球も、脳も、めちゃくちゃ忙しいです。
A. 現物視認フェーズでも、
B. 作品視認フェーズでも、
毎回、毎回、視覚認識の3段階をやります。
眼鏡がなかった時代、画家は、眼によいハーブを積極的に摂取したとか。
∫2 カメラで撮る -写真-
1)カメラを使った結像は一瞬
写真と絵画では、作画の進行が異なります。
前半の二つは、ほぼ同じです。
step1 現物を見る →これを描こう
step2 構想を練る →こんな感じに
3つめの
step3 描く
が異なります。
絵画は、ひと筆、ひと筆、数時間~ひと月かけて描き進めます。
写真は、カメラを構え、撮影ボタン※を押すと、一瞬で像が確定します。
記録できたか確認するかもしれませんが、
撮影工程では、「アートの通学路」は通いません。
枚数分、作画に一方通行して、そのシーンの撮影を終えます。
※ミラーがある時代は、「シャッター」と呼ばれていました。
2)何を撮るか
カメラで撮影する操作は、絵画に比べれば簡単です。
サルの自撮り写真もあるぐらいです。
カメラを使うと描画が一瞬でできることがわかって、
人は、
step1 現物を見る →これを描こう
に注意を向けるようになりました。
写真は
・到達するのが難しい現地の様子
・存在を推定できても、詳細がわからない対象
・これを絵にしようとは思わない対象
を被写体にできます。
写真の被写体の多様さは、絵画の比ではないです。
戦場でイーゼルを立て、じっくり絵を描いていたらマズいでしょう。
カメラの素早さを使えば、撃たれる前に写して新聞社に送れます。
(現像の余裕はないので、通信社に送るのはフィルムです)
戦場カメラマン、ロバート・キャパは、地雷で亡くなったそうです。
1911年、ハイラム・ビンガムが、マチュピチュ遺跡の存在を報告しました。
玄関口にあたるクスコは標高3,400m、そこから遺跡まで100kmあります。
考古学者、ビンガムが現地に辿りついて、証拠写真を撮りました。
SSの短さを使って、肉眼では捉えられない一瞬を写すこともできます。
ミルクの滴が落下したときの様子、「ミルク・クラウン」を撮ったのは、
工学者、ハロルド・ユージン・エジャートンです。
土星の画像を公開したのはNASA、ボイジャー1号による撮影でした。
地球からは点にしか見えなかった、土星の衛星の表面が判明しました。
近年、NASAは、木星探査機ジュノーが撮影した画像を公開しています。
容器包装、広告写真など「それを絵にしますか?」と躊躇するものも、
手軽に写せるカメラなら対象にできます。
アンディ・ウォーホルは、いかにも商用的、大衆的なものをカメラで写し、
写真を原版にしてシルクスクリーンのイラストを作成しました。
写真が絵画と異なる仕事を担っていることについては、
機会があれば、別の記事で説明しましょう。
3)選抜工程
絵画は、描き終えたら、終わりです。
絵画は、作画の途上で「アートの通学路」を飽きるほど通うので、
描き上がるころには、本意に近い状態に仕上がっています。
写真は、違います。
撮り終えて帰宅すると、写真の山が手元にある状態になります。
その山から「これがベスト」と思える1枚を選抜する工程が待っています。
フィルム時代、画像の山に苦しむことはなかったです。
1枚あたりの価格が高いので、気軽に撮るものではなかったです。
記念撮影で、声をかけられた経験があるかもしれませんね。
「皆さーん、もう1枚いきますよー」
予備でもう1枚撮ることはありますが、それでも1シーン2枚でしょう。
カメラがデジタルになって、気軽に撮影ボタンを押せるようになりました。
メモリーカードの容量という上限はあるものの、
フィルム時代とは撮れる枚数が2桁違います。
同じシーンを撮った、似たような写真がずらっと並びます。
多量の画像は、デジタルカメラ特有の困惑です。
写真家は、この候補画像の山から、ベストの1枚を選びだします。
選抜は重労働です。
疲れ果てるほど、「視覚認識の3段階」をやります。
アート作品を作ろうと思うと、結局、手間から逃げられないようです。
鉛筆が売られている時代の画家は、
原始時代、洞窟に岩絵を描いた画家より、手早く描けるでしょう。
鉛筆で、らくらくスケッチです。
絵具も買ってこれます。
しかし、吟味労働はむしろ増えたような?
カメラを手に入れた写真家は、
絵筆で描く画家より、手早く結像させることができるでしょう。
しかし、別の吟味労働が増えたような?
便利な道具を手に入れても、結局、吟味労働が必要です。
もしかしたら、吟味労働の成果を、アートと呼ぶのかもしれないですね。
4)視覚認識における「感度」と「精度」
選抜の工程をみていきます。
vol.11(2/2)視覚認識の個人差で扱ったのは、主に「感度」でした。
「感度」は、どのあたりの微弱さから検出できるようになるかです。
選抜の工程で物を言うのは、主に「精度」です。
7 と 7 ←同一です
7 と 7.0001
7 と 7.001
7 と 7.01
7 と 7.1
7.001で7との差分を検出できる人/カメラは、
7.1まで差分が増えて初めて検出できる人/カメラより、精度が高い、
という風に考えます。
ヒトの検出感度は、生まれもった性質でほぼ決まります。
むしろ加齢とともに、検出感度が低下してくるぐらいです。
精度は生得だけでは決まりません。
むしろ、訓練で伸びます。
作画の選抜工程で、疲れ果てるまで視覚認識の3段階をやるとして、
ここで活躍するのが、「2.視覚処理」です。
似たような写真が10枚並んでいます。
・設定
「露出」「絞り」、二つの設定を変えて撮りました。
・光源
雲が流れ、日差しの強さと散乱が、変わったようです。
・被写体
樹木の揺れ、川や滝の流れで、光と影の様子が変わりました。
ポートレートで、身体の向き、顔の向き、表情が変わりました。
野鳥で、姿勢やしぐさが変わりました。
・撮影操作
撮影者の位置やレンズの向きで、フレームの内容が変わりました。
カメラの支え方で、傾きとブレが変わりました。
AFや身体の揺れで、ピントの合う位置が微妙に変わりました。
候補写真を前に、細かい差分を肉眼で検出していきます。
見るというか、視覚処理的にガン見する経験を積むと、
リアルの世界を見る力、つまり、現物を見る力も上がっていきます。
ヒトの認識は、比較差分の検出を促されるとき、よい仕事をします。
(逆に、比較対象も変動もない要素を認識に上らせるのは不得意です)
画像整理が一段落したところで、写真家は、A. 現物視認に戻ります。
再び撮影に取り組む形で、「アートの通学路」を通うことになります。
「今度は明暗のグラデーションに着眼して撮ろう」
「今度はカメラを両手で支えて、ブレを抑えよう」
「岩はカチっとしてる。もっと絞って硬質感を伝えられないかな」

5)精度感覚を磨く
◆カメラを手にしたときをスタートとして
「見る」を経験するのは、カメラを手にしたときが初めてではないです。
赤ん坊からその年齢まで、視覚認識の経験を積んできました。
絵画から転向した人は、最初からスタートラインが高めでしょう。
自分で描かなくても、美術鑑賞が好きな人は、見る力が高めです。
強い興味を持って、対象を見つめてきた人もスタートラインが高めです。
我が子ラブの人は、子供の表情や姿勢に鋭敏でしょう。
観察を趣味にしている人は、生物の形態に基づく識別力が高いです。
「何かにつけ、よく見ようとする」性向を授かっている人もいそうです。
僕は、道具や構造物の造形をガン見します。
見ることにこだわりがない人は、世界をぼんやり見ています。
生きていければ十分で、生活に困らない程度に見えれば問題はないです。
最初から、見る力が高い人がカメラを手にすると、
写真教室の先生から、
「筋がいい」「才能あるね」と褒められるかもしれませんね。
◆上限まで能力を伸ばす
スタートはスタート。
写真道はもう少し長いです。
・愛機と愛レンズの愛すべき癖を知り(愛です)、
・晴雨、昼夜、屋外室内、ライティング、さまざまな撮影状況を経験し、
・多様な被写体に挑戦するか、鑑賞経験を積んで価値軸の違いを知り、
・自分でも気づいていなかった自分の指向・嗜好を認識に上らせ、
・多数のパターンを精査して、視覚認識の精度を上限まで近づけるのに、
ざっくり2~3年ぐらい。
そこからしつこく「もっといけるはずだ」を続けて5年。
何の根拠もありませんが、頭打ちまで5年かかる見積もりとします。
注1: 5年間、カメラをケースにしまっておいても上達しません。
注2: 撮りっぱなしの人(吟味労働をしない)も、あまり上達しません。
精度に限っていえば、上限があります。
生身の体でやることですので、当然、限界はあります。
似たような2枚(自作と自作、自作と他作)を比較して、
「右のほうが写りがよい」と判別が続いているうちはまだです。
「違いがわからない、どちらも同じだ」になったところで頭打ちです。
わからないのなら選びようがないし、次の撮影に反映しようもないです。
しかし、そこまで精度が上がるのは訓練を積んだのちのこと。
初心者のうちはアートの通学路を通って、
見る精度を上げ、その情報を作画に反映させるのが先です。
見る精度があがると、こちらがいい/これはだめの棄却方針に従って、
陶芸家が壺を割るみたいに、ボツの判定を出すことになります。
達人のボツは、素人目には、立派な壺に見えることも多かったりします。

6)奇跡の1枚
◆機会が産む奇跡の1枚
見る力が頭打ちになった先に、奇跡の1枚がくることがあります。
・事件に居合わせる
トランプ大統領が狙撃されたときを写した写真はすごかったです。
十分な技量を持ち、良機を持った状態で、現場に居合わせました。
・偶発的な瞬間に居合わせる
野鳥撮影で、「迷鳥」が出現することがあります。
渡り鳥が通常ルートを外れ、日本に立ち寄ったケースです。
稀なキノコが生えたり、変形菌が子実体を付けてくれることもあります。
十分な技量と、良機を持った状態で、場に居合わせると写せます。
猫ジャンプとか、エッホエッホとか、シャバーニの決めポーズとか、
動物の写真は、全体として偶発性が高めです。

動物機会型の1枚。
黄昏の中、たまたまカメラと平行に止まってくれました。
・稀な気象、稀な天体現象
気象は制御できません。
名所にかかる二重の虹とか、都心の4月末の雪とか、
特定の場所 ✕ 稀 で、狙っても撮れない気象現象があります。
彗星と日食は、稀ではあるものの、予測が可能です。
天体写真家たちは、機材を整え、技量を上げて、その日を待ちます。
しかし、火球は予測困難、超新星に至っては稀である上に予測不能です。
・たまたま、光の具合がよかった
マクロ写真は物撮りの一種で、入射角と光の散乱が大事です。
与えられた条件下で最善を尽くしますが、何分、ご主人様は自然光、
撮れないときは撮れません。
実在に縛られる中で、野山に通い、動植物の撮影を続けていると、
たまたま光に恵まれて、ベストショットが出ることがあります。
推しアイドルを追う中で、ベストショットが出ることもあるようです。
橋本環奈が、奇跡の一枚をきっかけにブレイクしたのは有名です。
写真は実在依存です。
依存している以上、振り回されるのは仕方ないことです。
技量が頭打ちになったところが、真の写真道の始まりかもしれません。

光機会型、奇跡の1枚。
薄曇りに恵まれました。
強光だった場合、被写体が明暗でガチャついて、被写体のやわらかさが出ません。
青空だった場合、青の彩度が被写体を負かしてしまう。
狭いレンジの揺らぎも成立しなかったでしょう。
作例比較:冬の光 vol.4 ロウバイ
◆「見えていない写真家」
機会ではなく、確率論で、奇跡の一枚が出ることがあります。
ある写真家は、構図の感覚が弱かったとしましょう。
位置の認識と、位置に関する審美が弱い。
実力のある写真家は、1mmレベルで神経質に詰めてきますが、
この写真家に、そこまで構図を詰める力はありません。
この写真家は、撮るのが好きでした。
何万枚も撮るうちに、見事な構図の写真が出る可能性があります。
当人が狙っていなくても、撮れてしまうことがありうる。
イカサマ師でもない限り、サイコロの目は制御できませんが、
一般人でも、百回振れば、二個とも6の目が出ることはある(1/36の確率)
サルがシェークスピアをタイプするのは無理です。サルの寿命が先です。
しかし、奇跡の1枚が出る確率は、そこまでシビアではない。
愛好家は何万枚も撮ります。出るときは出ます。
とはいえ、自分では、良いものが撮れたとわかっていないわけで、
鋭敏な人に見てもらって、「これはよき!」と言ってもらわないと、
「そんなに? ではこれが代表作ということで」にはならないかも。
カメラは、撮影者が認識していないものも写します。
写真家は、メインの被写体に集中し、他をよく見ていないことも多い。
カメラには「注意集中」がないので、フレームに入ったものは写ります。
マクロ撮影における背景は、成り行きの比重が高めです。
背景のボケは、しばしば撮影者の制御を離れ、勝手に写るように写ります。
近年、黒の階調が、感度良好になりました。
古いデジカメで日陰は黒く潰れます。肉眼でも注意の向かない暗さです。
最新のデジカメは、撮影者に見えていない繊細な光を拾いあげ、
その階調を、肉眼でわかるようにアピールしてくることがあります。
見えていないのに写ったケースは、奇跡でないとしても、まぐれです。

古い時代のデジカメ(+お仕着せJPEG)は、日陰をほぼ黒として表示します。

新しいカメラ(+お仕着せJPEG)が、日陰の微光を階調つきで強調して見せます。
(注:モニタによって階調が見えない可能性があります)
当人は撮影時、黒の階調を認識していませんでした。
part1 作画工程(1)基礎 まとめ
絵画でも、写真でも、アートの通学路を通う。
写真では、撮り終えた画像を選抜する工程で、見る力が育ちます。
見る精度は、日常生活レベルから、その人の上限まで伸びます。
次回、マクロ写真の作画です。
[マクロレンズの世界 シリーズ目次]
親しむ編
マクロレンズの世界 vol.1 細部
マクロレンズの世界 vol.2 集合と配列
マクロレンズの世界 vol.3 陰影
マクロレンズの世界 vol.4 光
マクロレンズの世界 vol.5 ワンダー
マクロレンズの世界 vol.6 アーティファクト
マクロレンズの世界 vol.7 色
マクロレンズの世界 vol.8 アート
マクロレンズの世界 vol.9 アーカイブ
マクロレンズの世界 vol.10 トリミング
学ぶ編
マクロレンズの世界 vol.11 視覚認識(1/2)基礎 -視覚認識の3段階
マクロレンズの世界 vol.11 視覚認識(2/2)個人差
マクロレンズの世界 vol.12 作画工程(1/3)基礎 -アートの通学路
マクロレンズの世界 vol.12 作画工程(2/3)マクロ撮影
マクロレンズの世界 vol.12 作画工程(3/3)レタッチ
マクロレンズの世界 vol.13 作例(1)覗くように
マクロレンズの世界 vol.13 作例(2)抽象
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