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マシュマロの批判論

先日、夕食後のひととき。同居している(というか、私が転がり込んでいる、が正しいのだけれど)両親がテレビを見ていた。それを、なんとなく私も眺める。
その番組は、何か一つのテーマについて豆知識や新常識を、ときどきクイズを織り交ぜながら解説してくれるものだ。その日の特集は卵。
番組の中で、こんな問いが流れた。殻の赤い卵と白い卵、どちらの栄養が高いでしょう?
続いて、街頭インタビューの映像が入り、赤い方と答えたのは6割、白い方と答えたのは3割という結果が円グラフで出された。
もうオチは見えているだろうが、殻の色では栄養素は変わらない。それがテロップで大きく映し出されると、出演者たちがワイプの中で驚きの顔を見せた。ここまでは、いい。
私は、この後続いたナレーションの言葉に驚愕した。
「なんと!6割の人が勘違いをしていたんです!」

いや、冷静になってほしい。
「赤い卵の方が栄養素が高い」と思っていた人は確かに6割だけれども、「色の違いで栄養素が違う」と思っていた人は9割でしょ。
この言い方だと4割は勘違いしていなかった、と読める。
「6割が勘違いしていた!」というちょっと強引な言い回しには、映像を作る側が「赤い卵の方が栄養素が高いということが常識だ」と思い込んでいるのが透けて見えてしまう。このあと、番組が何を言っても頭に入ってこなかった。


テレビに嫌味を言うのはここまでにして、我が身に置き換えよう。
私は、文章で私の常識を押しつけたことがある。
それは、ライターの佐藤友美(さとゆみ)さんのエッセイ講座でのこと。課題のエッセイで私は「スーパーでセロリなんて買う人はなかなかいない。セロリを買う人は人生が豊かな人だ」という旨の文章を書いた。
これがもう、大ブーイングである。「セロリは買うよ!?」「売れないものをスーパーに置かない」とツッコミの嵐。
そりゃそうだ、と今なら笑い話にできるが、そのときはかなり衝撃だった。まさに自分の思い込みが露見した瞬間だ。

「人の振り見て我が振り直せ」という言葉がある。本当にそうで、人様を批判するなら、その批判の矛先はまず自分に向けるべきだ。
ところで、自分に批判の矛先が向けられたら、その矛の先っぽを、なるべく柔らかいものに変えたくならないだろうか。スポンジとか、マシュマロとか。
だったら、人に批判するときもそうした方がいいはず。みんなでスポンジやマシュマロで突きあって、悪いところを優しくなおしていく。そんな仕方で世界が少しずつよい方向にいけばいいのに、なんて思う。


エッセイ講座の課題の元となったコラムはこちら。

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