見出し画像

「みんなのいえ」を観たかめちゃん 〜ものづくりに見るフロイト的構造論〜【感想】

どうも、かめちゃんと申します🐢

年度はじめから仕事であまり良い流れが来ていません。
...とか書くと、のっけから調子が悪いなぁと思われてしまうのですが、実際悪いのだから仕方ありません。とかく、自分にコントロールできないことが起きるのが仕事というやつで、社会というやつなのでしょう。

そんな時は現実逃避が一番です。
今日観た映画は「みんなのいえ」。昨日はすでに観たことがあった作品でしたが、今回はお初にお目にかかります。

▼過去の感想noteはこちら▼

平日なのでぼちぼちですが、感想書いてみます。よろしくお願いします🙇


概要

本作は三谷幸喜氏が監督・脚本を務める2作目の映画。ジャンルとしては"ホーム"コメディです。

シナリオライターの飯島直介とその妻・民子は新居を立てようと決意。だが、設計をモダニズム建築を志向する新進気鋭のデザイナー柳沢に、施工を民子の父で頑固な大工の棟梁・長一郎に依頼すると、正反対のふたりはことごとく対立し、思いがけぬトラブルが...。

U-NEXTのあらすじより引用

まぁだいたいはこんな感じ。

物語は飯島夫妻がマイホームを建てようとするところから始まります。
一国一城の計画とあらば心踊ろうかというものですが、夫 直介は締め切りに追われるシナリオライターでもあるためか書斎の広さ以外にあまりこだわりがありません。
対する妻 民子は美大の後輩で、新進気鋭のインテリアデザイナー柳沢に依頼しようと思い立ちます。

柳沢は依頼を快諾。しかしながら、施工にあたっては彼自身にはできない部分も多いため、大工の棟梁である民子の父 長一郎に白羽の矢を立てることとなります。

ただ、柳沢も長一郎も頑としたこだわり屋さんでして...
職人である前にアーティストでありたい」と言う柳沢。しかし、彼は建築に関しては見識が浅かったこともあり、長一郎はせせら笑います。
関係の溝は深まり、幾度となく衝突する両者。

飯島夫妻はその間にありながら、父の思いをとるべきか、新進気鋭のクリエイティブにかけるべきかという天秤で揺らぎ続けます。

そんな最中、いよいよ工事が始まりますが、決まらないことだらけの飯島夫妻の新居の行方は、そして彼ら彼女らはどうなっていくのか...


感想

本作について、率直に「面白かった」かと問われたら、僕自身の回答はNoと言うことになります。
ドタバタしている部分は多々ありながら、腹を抱えて笑えるようなコメディという感じではないので、期待した方向とのズレがあったのだろうなと思います。

僕の満足度が高まらなかったのは、ひとえに登場人物への没入のなさでしょうか。
背景には心境の読めなさみたいなところがあるのではないかなと思います。

正確には読めなかったというより、激し過ぎたという感じです。
例えば柳沢はあまりに感情的で、傍目から見たら長一郎に自分のこだわりを潰されているのだから可哀想と思えそうなところ、こちらが感情移入するより前に彼が爆発するのでちょっと引いてしまったところがあります。
長一郎にしても、最初は伝統を守る昔気質なところが渋いし、何より娘のために丈夫な家にしたいという思いは親心だなぁと好感だったのに、娘たちに了解もなく勝手に和室を大きくするなど自分勝手なところもあるから、これを第三者がやっていると置き換えたら不満要素でしかありません。

要するに物語の展開以上に彼らがエゴイスティックで起伏のある人物たちだからこそ、こっちが人物に沿って感情を追っていくことが難しく感じたのですね。


ただ、部分では彼らの持ちうる要素は僕の中にも確かにありました。それはものづくりへのこだわり。
僕も専門職ではあるので、その技術にこだわりがあるし、それをとやかく言われたらすごく腹立たしい思いになります。それは多分柳沢が感じていた思いに近く、フロイトの言うところのイドに当たるのだろうと思います。
一方で納期に間に合わせるべきであるという立場は専門職である以前の、社会人としての倫理規範として持ち合わせているので、その点では長一郎の思いもわかるのです。つまりこれはスーパーエゴ(超自我)ですね。

僕が本作を観てこの2人のやりとりに不満を抱いたのは、まさにこのイドとスーパーエゴの調整過程が、現状の写鏡のように感じられたからかもしれません。
特に調整役となる自我(エゴ)の要素を担うべき飯島直介が頼りないということもまた、ある意味では調整がうまくいかない自分自身にも映ったのかもしれません。


意図せずではありますが、僕はこのnoteの冒頭でこんなことを書いています。

自分にコントロールできないことが起きるのが仕事というやつで、社会というやつなのでしょう。

まさに、こういう現実の葛藤が、メタファーというか、エピソードとして体現されたのが本作の一要素になっていたため、それが突きつけられているようでしんどかったのだろうと推察します。

そうした意味で、僕にとってはまだ記憶に新しい博士論文でのことが思い出されます。
人生一度の大きなものだから、やり切りたいという思いが溢れていたあの頃。集大成にするためにこだわった部分はあったものの、スケジュール的に難しいことも多々ありました。

そういう時、僕は妥協するということがいかに必要なのかを学びました。知ってはいたけれど、自分の集大成だと思っていることを妥協するということは痛みを伴うものでしたが、「博士論文は集大成じゃなくて、スタート」と言ってくださった先生のおかげで吹っ切れたなと思うわけです。


もう一つ思い出されるのは、チームで何かを作ろうという時のこと。
僕個人の中での思いはあっても、それを主張しすぎるとチームとしてはバランスが崩れてしまうということも体験的に知っています。自分の主張を通したい時、論破するのではなく、折り合いをつける大切さも学びました。


本作では家を建てるという枠組みで物語が展開しましたが、これは日常のあれこれに置き換えることができるものなのではないかと思います。

結局、何かを作るというのは美しくも苦しいことなのです。もしかしたらこういう思いは社会で生きていく限り続くのかもしれません。
自分の理想だけでは生きていけないし、他者の要求を飲んでばかりでは心がもたない。そういう狭間を調整しながら生きていくのが大人なのかなぁと思ったりしました。

今の僕には少々毒が強く思えたものの、また間を空けたら違った感情になるのかなぁと思うので、仕事に疲れ過ぎていない夜に見てくださったらその感想を教えてもらいたいなぁと思った作品でした。


さいごに

ここ2日、ある種の不全感を持った感想を世に放ったわけですが、紐解くと自分の置かれている現状の理解にも繋がったなというのが今日の収穫でした。

自分のことって必死だから俯瞰して見れないことは往々にしてありますよね。だから映画を通して引いて見る機会を作ることって大切なのだと思うわけです。

今日は少し遅めの退勤ではありましたが、こういう日でも2時間以内なら映画も見れるんだなということもわかったので、自己研鑽だと思ってまた明日以降も作品探求に勤しめたら...と思う今日この頃の僕なのでした。


それでは!

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集