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【短編小説】 まゆに入る男

男がマユに入る時代が来るなんて、想像もつかないことだった。

女がマユに入っているのを覗くだけで死刑だったのに、今は「人類は平等。男も積極的にマユに入ってください」だなんて、社会というのはいい加減なものだ。

男の美しさは見た目じゃない。それは古い考え方なのだろうか。

目の前のマユに触ってみた。

これは愛理が使っていた中古のマユだ。土のような見た目なのに、ゴムのような弾力があって、それでいて滑りがある。臭いがわずかにする。カビの臭いの中に柑橘系の酸味が混じった、複雑な臭気だ。

僕は、きれいに丸くカットされた蓋を、石臼を回すようにごろっと開けて、びくびくしながら中を覗き込んだ。

生ぬるい空気が顔を覆い、冷房が壊れた部屋のように入るのを拒むんでいる。

こんな所に入るなんて、世も末だ。いったい、この中で何をされてしまうのか、知らず知らず全身が震えて力が入らなかった。

「早くしなさいよ!」
背後には妻の愛理が腰に手を当てて睨みをきかせている。四度もマユに入り、ついに黄金の翼の生えた彼女を見ていると、飛べない僕は惨めで仕方がなかった。

マユに入らない選択はなかったのだ。

「そこに足を突っ込んで、そんな腰でどうするの? きちんと入らないとマユに失礼じゃないの!」
「言うなよ、初めてなんだから」

僕は腕に力を込めて、思い切り体を押し込んだ。

ぬるっ

滑り台から降りるように、僕はマユの中入った。

「こんな場所なのか」

思わず声が漏れる。視界のすべてが真っ白なのだ。振り向いた入り口の穴だけが、空色にぽかんとあるだけで、他には色がない。

「じゃあ、閉めるわよ。2年後ね。それまで我慢するのよ」
「ちょ、ちょ、ちょっと、待ってくれ」

愛理は僕の話など聞く耳を持たず、蓋をごろりと転がすように閉めた。まるで、僕がいなくなることが喜んでいるような彼女の姿に、一抹の不安を覚えたが、どうすることもできない。

さて。これからどうするかだ。

座り込み、あぐらをかいてぼおっとした。しばらく、何もなかった。ただ、明らかに内臓が熱を持ち、何らかの化学変化をしようと動いているのはわかった。

そして、急に、胸騒ぎが始まった。それは、単なる不安ではなく、お腹から胸にかけてくすぐるような、または電気のような痺れだった。

忙しなく頭を動かして狭い空間を観察した。確かにマユの中だろうが、外から見るほど狭苦しくない。ただ、妙にゾクゾクしてくるのだ。寒さではない。複雑なエネルギーをぶつけられているような悪い感触だ。

あれ?

色がついてきた。

視界がやや赤っぽくなってきた。

ずずず。

砂の中に潜った虫が出てくるような、ゴソゴソした音が耳を襲う。

見えた!

マユの内側がさらに赤くなり、無数のイボのような物が僕に向けて伸びてきた。そのイボは明らかに形を持って、にょろにょろとしたミミズのような動きをして近づいてくる。

無数の手だ。数えきれないほど、どんどん伸びてきて、僕を掴もうとしているのだ。

必死に腕を振り回した。だがミミズのような手は容赦なく近づいてきて、胸の奥へ溶け込むように入り込み、脳を喰いつくように襲い掛かる。

もがいて、もがいて。

意識が赤く燃えるように、光っている中、何かが聞こえはじめた。それは静かで、堂々とした歌だった。

土の肥やしは、種子のふとん。水のめぐみは歓喜の歌よ~
やんわり、ふんわり、がたがた、かだかだ。
それが天下の歓喜の歌よ~

無数の手とアンバランスな警戒な歌がずっと続く。

手は僕にからみつき、体じゅうの養分を吸い取ろうとしている。

僕は脳みそがごちゃごちゃに混ぜられたようになって、怒りが湧いてきた。

「どうしてこんな目に合わなければいけなんだ。女は女らしく、男は男らしく、何が悪い。いいじゃないか!」

意識は大海の真ん中に浮かぶ小舟のように、孤立して不安定だった。

辺りが騒がしくなってきた。マユの外からザクザクと尖ったものが刺しているのだ。その音は激しさを増し、まるで暴風が通り過ぎるほど勢いでマユ全体を壊そうとしているのだ。

マユ全体が激しく揺れ、洗濯機の中にいるようにかき回され、そして、ピタッと止まった。

「終わったわ。早く出なさい!」

愛理のきつい声が響いた。手を動かすと蓋が現れ、強い光が水のように滑らかに流れてきた。

「どう? 二年間なんて短いものでしょ」

僕はうまく言葉を返せずに頷くだけだった。

妻の化粧が変わっていた。幾分、頬の張りがなくなり疲れているように見えた。僕は、マユから出ると、貧弱になった足を地面にしっかりつけて青空を見上げた。

綿雲が二つ、ゆっくりと動いているのがわかる。

涼しい空気を吸い込むと、胸の奥まで爽快な光が染み込んでいくような気持ちになった。体の先端の指先にまで、じんわりと血液が流れ、「これが…変身か」と、自分の体を調べ始めた。残念ながら、背中に翼はなかった。

あれ?

よく見ると、小さな手のかけらがくっついている。それは、皮膚にくっついて外れることはなかった。

「失敗ね。まあ、羽化なんてそんなものよ。我慢しなさい」
軽蔑するように言い捨てる妻の翼は眩しく光っていた。

背中の手が僅かに動き、囁く声が聞こえてきた。

あの歌だ。

土の肥やしは、種のふとん。水のめぐみは歓喜の歌よ~
やんわり、ふんわり、がたがた。がたがた。
それが天下の歓喜の歌よ~

僕は……失敗したのか?

    了

★この小説は、「マユ」に入る女、の続編です。ぜひ、こちらも読んでみてください。

★宣伝です。今週、金曜日の夕方に初めて「北海道旅行記」を投稿予定です。note旅行記事のエリアに殴り込みです!(笑)

 

興味がある方はぜひ、ご覧ください。よろしくお願いします!!








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はやか-shirohira  (短編小説・エッセイ) 今後、原爆をテーマに小説を書きます。テーマ的に文学賞からの出版は厳しいと考えてます。出版費用にしたいです。応募よろしくお願いします。