【短編小説】 まゆに入る女
どうして女性は「マユ(繭)」を作るのかが不思議だった。
18歳になって、初めて女性という人間に出会って、初めて付き合うようになって、そして結婚したのに……
風香は、今日から「マユ」の中に入ることになったのだ。
「これが、マユ、か。初めて見たよ」
泥のような塊を目の前にして、あまりの迫力に、ただ、呆然としてしまい言葉が続かなかった。風香は微笑みながら言った。

「マユが珍しいのね、男の人って。でも、私、入るの三回目よ」
「三回?」
「そうよ、最初は3歳のとき。それから12歳のとき。そして今回で三回目。出てくるのに2年かかるから」
「そんなに長いのか……」
「知らなかったの? 身も心も綺麗になるためよ。だって、女だから」
その言葉を聞きながら理解できなかった。風香は一般的に見て美人だ。瞳は大きく、唇は艶やかで、笑うと頬に小さなえくぼができる。そんなに可愛いのに、どうして「変身」しないといけないのか。
僕はマユに近づいた。
「何だかな、変な匂いがするな。何で作られているの?」
「秘密よ。嫌らしいわね」
風香は目線を僕に向けると睨みつけた。
「じゃあ。入るわね。あっ、それから、このマユを覗いたら夫であっても犯罪よ」
風香は、茶色くて泥の塊のようなマユを触り、柔らかい部分を触ってゴリっと穴を開けて、当たり前の顔をしながら入ってフタをしめた。

それからまったく音がなくなり、茶色いマユは大きな岩のように、ただ庭にあるだけとなった。
しばらくの間、僕は淡々と毎日を過ごし、仕事に帰ってくると夜の庭にポツンと置いてあるマユを見つめていた。今頃、風香はどうしているだろうか。ちゃんと僕のことを考えているだろうか。
外においていれば日光を受け、マユの中は快適らしい。普通であれば世話をすることはないらしいが、何もしないで、風香に影響がないのか不安があった。
茫然としてマユを睨むと、深いため息をついた。2年間は長すぎて、他の女に手を出して欲望を満たしたいが、そんな勇気は到底ないし、甲斐性もない。
「男の国に帰る方法もあるぞ」
親友の拓也は、僕を心配して、パスポートの作り方を教えてくれた。けれど、やっと女の国に行ける年齢になって、美人の風香と結婚だってできたのに、「男だけのあの嫌な世界」に戻るなんて絶対に嫌だった。
マユだなんて、女の世界は原始的すぎる。
「まあ、異性なんてそんなものさ」
拓也はいたって冷静で、僕をからかうように笑う。
「マユの中はどうなってるんだ?」
「バカなことを考えるな。死刑になるぞ」
「わかってるよ……」
僕はスマホを取り出して、「マユに関するニュース」を確認すると、50代の親父が幼い女の子のマユをこっそり破って中を盗撮した罪で死刑になっている記事を見つけた。
「馬鹿なことをするもんだな」
そう言いながらも、同情する気持ちもあった。異性なんだから気になるのは男のサガである。風香のマユも2年間封印されるのに中は気になって当然だ。
「そんなに気を落とすなよ」
「落ち込むさ。会えないし、マユから出たら別人になるんだろ?」
「まあな。例えるなら、イモムシが蝶になるってことだからな」
「イモムシが蝶か……」
「蛾になるかもな」
「それは勘弁してくれ」
僕は肩を落として一人で自分の家へ戻った。風香を失ったような気分になっていた。男の宿命と言っても理解に苦しむ。
歩いていると、一軒家の庭にマユを見つけた。
「あの家は、マユが三つもあるな」
見ると、小さいマユが二つ、大きいマユが一つ。小さいマユは、やや黄色がかった茶色。大きいマユは、濃い茶色。

マユは日光に当たれば当たるほど、中の女に良い影響を与えるらしい。マユの中はどうなってるのだろう。
「無理だな。監視カメラが動いている」
ああ、男の国でマユのことをもっと学んでいれば、こんなに胸が熱くて溶けそうになることはないのに。僕は髪の毛が逆立ち、胸がきゅうっとなり、心臓が爆発しそうになっていた。
そう思ってしまうのは、風香がマユに入っているからだ。彼女の胸に飛び込んで、艶めいた香りを思いっきり吸いたいのに、何もできないからだ。毎日、毎日、そればかり考える。でも、風香のマユを覗くことはできない。
だんだん眠れなくなり、夜も昼も一日中、黄色くて、茶色くて、卵の形をしたマユが頭から離れなくなっていた。
あの色、あの形、いつしか僕は、マユのとりこになって、切なくて、苦しくて、全身の血が音を立てて流れるほど夢中になっていた。中がどうなっているのか、みんな知りたいに決まっている。涙をためる日々が続いた。
そして、遂にやってしまった……
「204番 面会人が来ているぞ」
「明日、出所するのに?」
「そうだ」
刑務官の先生は命令口調で僕に言った。罪を犯した自分に今ごろ面会だなんて誰だろう、そう思いながらも、何となくわかっている。彼女だ。
面会室へ向かうと、格子戸の向こうに、見たことのない女が座っていた。
女は純白の濃い化粧に真っ赤な口紅を塗りたくり、キツネの顔そっくりで、かなり太っている。
二年経ったことへの恐怖で全身に鳥肌が広がっていた。
「まったく、三歳の子のマユを覗こうとして、あなたいったい何歳なの? 未遂だからって許されることじゃないわ!」
女の声は極端に冷たい。
僕は「風香か?」と尋ねる勇気がなくて、マユに入らなかったほうが良かったんじゃないかと、心の奥で彼女に伝えた。
蝶ではなく「 蛾 」になったのだ。
「あんた、奥さんのマユに、水をやってないでしょ? 」
「え?」
驚いた。この女は風香ではない? ならば、誰なのか、そう思いながら、心を乱さないように尋ねた。
「どういうことですか?」
「知らないの? 異常気象で水が必要だったのよ。そんなことも知らないで女と同じ世界で暮すなんて最低よ。慰謝料だけで済むなんて思わないで」
女は機嫌を悪くしながら出て行った。多分、彼女は三歳の娘の母親だろう。
出所して、すぐに自分の家へ向かった。茶色くて乾燥した風香のマユが、強い日差しに照らされて表面にひび割れを作っていた。
「硬いな」
ひびはあるが、鉄のように硬いし、熱い。
通りかかった女の人が僕を横目で見ながら、急に立ち止まった。
「随分水を与えていないようね。でも、その感じなら羽化はするわよ」
「ありがとうございます。死んでいたら、どうかと思いました」
「死んではいないけど……」
女の人は、言葉をとめて、難しそうな顔をしながら、言いにくそうに再び口を開いた。
「羽化はすると思うわ。けど、2年間、何もしないで放っておいたんでしょ。女はね、どんな時でも……」
女の人は軽蔑するような顔をして僕を見た。
「覚悟はしなさいよ」
そう言って去って行った。
僕は、ひび割れたマユに、ホースで水をかけた。マユ全体が少しずつ溶けだして、ついにひび割れからボロボロと崩れた。
中には裸の風香がうずくまっていた。
彼女がゆっくりと顔をあげた。大きな瞳は宝石のように輝き、艶やかな赤い唇と、クリームのような白い肌と、絹のように柔らかな髪が、僕の胸を締めつけた。
しかし、彼女の背中から得体の知れない液体が、ぬるぬると、そして勢いよく吹き出し、異様な突起物がいくつも伸びてきて、先端から白い粉が舞い上がった。それは空気中に散乱して光を浴びて綺麗に輝いた。
沈黙のまま風香は僕を見つめた。
僕は声を失った。
「このマユ、もう使えないわ。どうしてくれるの!」
風香の氷のような冷たい声が突き刺さった。この後、僕はどうなるんだろう……
了
★続編があるのでぜひ読んでください。
★この作品は下のは記事を元に考えました。
いいなと思ったら応援しよう!
今後、原爆をテーマに小説を書きます。テーマ的に文学賞からの出版は厳しいと考えてます。出版費用にしたいです。応募よろしくお願いします。