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物語を持たないIPが、いま映画をつくる理由。

みなさんご存知の通り、ハローキティに、口はありません。なぜ描かないのか。サンリオの公式の答えはこうです。

「ハローキティは心で話します。彼女はサンリオの世界への大使であり、特定の言語に縛られません」。

https://sanrioinccustomercare.zendesk.com/hc/en-us/articles/1260804384949-Why-doesn-t-Hello-Kitty-have-a-mouth

わたしがおもしろいのは、口がないけれど、設定のほうは細かいことなんですよね。公式プロフィールには、本名も、誕生日も、家族構成も、ボーイフレンドの名前まで書いてあります。将来の夢は、ピアニストか詩人。

なのに、キティの「物語」はどこにもありません。ピアニストを目指して挫折する話も、書いた詩を誰かに笑われる話も、存在しない。設定はある。物語はないんですよね。

そんなキティちゃんですが、ハリウッド初の劇場映画が予定されています.
企画を発表したのは2019年3月5日。ニュー・ライン・シネマとの共同で、配給はワーナー・ブラザースです。そして公開予定は2028年7月21日。発表から9年かかることになります。監督はデイヴィッド・デリック・Jr.とジョン・アオシマが、2026年5月にあらためて監督として発表されています

https://www.hollywoodreporter.com/movies/movie-news/hello-kitty-movie-directors-david-derrick-jr-john-aoshima-1236598770/

「世界一有名なキャラクターなんだから、映画にすれば当たるだろう」「長引いているのは、良い脚本にまだ出会えていないからだろう」そう読むのが普通ですよね。

ハローキティは世界的なキャラクターです。映画企画を発表した2019年の時点で、年間5万種類以上の商品が流通し、130の国で売られていました。映画の題材としてこれ以上のものはありません。

でも、それだけじゃないと思うんですよね。

キティは、物語を持たないことを価値にしてきたIPです。口がないのは、見る人が自分の気持ちを乗せられるようにするため。うれしいときはうれしい顔に見えて、泣きたいときは黙って隣にいてくれる顔に見える。あれは、口を描かないことでしか成立しません。

だとすると、問いはこうなります。

キティ、バービー、人形やぬいぐるみとして売れてきたキャラクターたち。物語を持たないまま愛されてきたIPが、なぜ映画をやるのか。しかも、なぜいまなのか。

「ちいかわ」の映画が大ヒットしている2026年夏ですが、本記事ではぬいぐるみ・人形・イラストとして愛されてきた「物語を持たない出自」のキャラクターIPが物語を描く理由について考察していきます。

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物語がないことこそが体験

人形やぬいぐるみが子どもに与えていたいちばん豊かな体験は、物語がないことですよね。

なぜなら子どもたちが物語を与えるからです。

ひとりの子どもが毎晩、同じ人形にちがう人生を与える。今日は病院の先生で、明日は宇宙飛行士で、明後日は家出をする。あれは、企業が用意したどんな筋書きよりも自由です。設定が細かいほど遊びやすいけれど、物語まで決まっていたら、その子はなぞるしかない。(年齢によっては理解、解釈すらできない)

キティの口がないのも、バービーに決まった物語がなかったキャラクターたちが愛された一つの大きな理由は「物語がないからこそ、だれの物語も入る」でした。

その物語は外に出ない

ただ、企業の側から見ると、この体験には致命的な弱点があります。

その物語は、その子の中にしか残らないんです。

隣の家の子とは共有されない。10年後にクラス会で「あの話さ」と言えない。何より、大人になった本人が、自分の子どもに手渡せない。「これはね、こういう話なんだよ」が言えない。

空白は、次の世代へ引き継げないんですよね。

マテルは、1983年にこの問題を解いていた

これ、玩具の世界はとっくに気づいていました。

『マスターズ・オブ・ユニバース』は主人公の名前をとって「ヒーマン」と呼ばれるシリーズで、1982年にマテルがアクションフィギュアとして発売し、めっちゃ売れました。日本ではタカラ(現タカラトミー)が「魔界伝説ヒーマンの闘い」の名前で出していました

「Mattel(マテル)」とは、バービー人形やUNOなどで知られるアメリカの世界的な大手玩具メーカー。

https://www.youtube.com/watch?v=t8e1iCYxSz4

翌1983年フィルメーション(Filmation)制作のテレビアニメが始まります。玩具を原作にした最初のシンジケーション番組で、以後、玩具会社が自社商品のためにアニメを作る流れが一気に広がりました。

つまりマテルは、1983年の時点で「子どもがそれぞれ勝手につくる物語を、みんなが知っている一本の物語に置き換える」ことを、産業としてやっていたわけです。

43年後の答え合わせ

その答え合わせが、2026年にありました。

同年6月5日に公開された『マスターズ・オブ・ユニバース』の実写映画。北米のオープニング週末、劇場に来た人のうち45歳以上が36%で、12歳未満はわずか4%でした(Northeast Times)。

子ども向けの玩具が原作の映画で、実際に足を運んだのは、80年代にアニメを観ていた大人たちだったんです。

この数字は「昔の人気作品だから、今の子供世代にはウケなかった」とも読めます。でも、逆から見てほしいんですよね。あの45歳以上の36%の人たちは、そもそも昔人気だった玩具・アニメを題材にした映画だから、劇場に行った人たちです。違う題材の映画だったら、その世代の人たちがこぞって、劇場へ集まる理由そのものが発生していません。

これはつまり、玩具の映画は、子どもの私的な体験を、数十年後にみんなが集合できる待ち合わせ場所に変換するということなんですよね。

映像化は回収である

だからわたしは、物語を持たなかった玩具キャラクターの映像化を「物語を足す展開」だとは思っていません。そういう側面はもちろんありますが、一人ひとりの中にしかない私的な物語を、企業が所有して、更新しつづけられる一本へ回収する仕掛けです。

回収しないと、そのIPは一世代で終わります。子どもは必ず卒業するし、卒業した子の物語は誰にも残らないから。逆に一度回収してしまえば、その物語は40年後にもう一度売れるし、親から子へ手渡せるし、国境も越えられる。

キティが物語なしで50年以上もったのは、例外中の例外です。記号としての知名度だけで、あの空白を持ちこたえてしまった。そしてその例外ですら、いま物語を仕掛けにいっている。

バービーは回収しながら余白を拡張した

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000617.000003436.html

もちろん、回収には代償があります。回収した瞬間に、余白は減る。そこを正面から引き受けたのが、2023年の『バービー』でした。

そもそもバービーがどう生まれたか、ご存じでしょうか。マテルのルース・ハンドラー(マテル元社長)が、自分の娘が赤ちゃん人形を放り出して、大人の女性の紙人形でごっこ遊びをしているのを見た。そこから「女の子が自分の未来を想像できる玩具」の余地に気づいて作ったのが、バービーです。デビューは1959年3月9日、ニューヨークのアメリカ国際トイフェア。名前は、娘のバーバラから取りました。

https://www.themoviedb.org/person/1882882-ruth-handler?language=ja
ルース・ハンドラー氏

つまりバービーは、余白が最初から商品設計そのものだった人形なんですよね。その64年後、マテルは同じ人形に一本の物語を入れました。

肝心の中身は、完璧に決められたバービーランドから出て、自分で選びにいく話でした。

64年ぶんの余白を一本の物語へ回収しながら、その物語のなかで「与えられた設定の息苦しさ」を描いた。回収しつつ、余白の価値そのものを返している。ここが、この作品のいちばん賢いところだと思います。

結果、世界興収は約14億4,714万ドル(約2,315億円・Box Office Mojo)。映画を公開した四半期、マテルのバービー売上は前年同期比で16%伸びました。ドール部門全体の出荷ベース売上は8億8,450万ドル(約1,415億円)でした(マテル2023年Q3決算)。

回収の成功は劇場だけでは測れない

『マスターズ・オブ・ユニバース』の実写映画は、劇場では苦戦しました。製作費が約1億7,000万ドル(約272億円)に対して、世界興収は約1億1,378万ドル(約182億円・Box Office Mojo)。数字だけ見れば失敗です。

ところが、マテルの2026年第2四半期の決算説明会では、マスターズ・オブ・ユニバースの商品出荷ベース売上が年初来で3倍を超えたと報告されています。マテルのCEOイノン・クライツは「今後マテルにとって重要なアクションフィギュアのフランチャイズになる」と言っている。

つまり、回収は起きているが、場所が劇場だけではなかったということです。商品の流通のほうだった。

それで、キティはどうするのか

サンリオの2026年3月期決算は、売上高も各段階の利益も過去最高でした。ハローキティに加えて、マイメロディ、クロミ、ポムポムプリンが伸びている。複数のキャラクターで稼ぐ形をつくった話は、以前書きました

いま、映画を急ぐ理由は、短期の売上には見当たりません。

それでも9年かけている。わたしには、それが次の世代への回収の仕掛けに見えます。いまキティを買っている大人の多くは、キティの共通の物語を知らないまま、半世紀このキャラクターをぬいぐるみや商品で好きでいた人たちです。それも世界中にいます。でも、その人たちの子どもが同じことをしてくれる保証は、どこにもない。だからこそ、いま映画をつくり、世界共通の物語を拡張するんです。

キティに口がないのは、人の気持ちを乗せるため。
バービーはが「与えられた完璧さ」を物語にした。
キティなら「語らないこと」そのものを物語にできるはずです。

それでは。

朝日けけ。


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