【岡崎市・岩津の歴史】権現山の鬼門除け地蔵祭|江戸時代の疫病と水害から町を守る伝統行事
■はじめに
弊社キドコロ塗装は、地域貢献活動の一環として岩津城跡整備ボランティア保存活動に参加しております。
その活動の中で、昨年(令和7年)3月、ボランティア代表の方から、岡崎市岩津町の権現山(ごんげんやま)山頂で「鬼門除け地蔵祭」という伝統行事が行われていることを教えていただきました。
この行事は、地元の**「若一(にゃくいち)神社」が主催となり、年間の重要な伝統行事の一環として大切に執り行われている「地蔵祭(じぞうさい)」**です。当日は若一神社から真浄院の住職にお願いをし、仏式での厳かなお参りが行われます。
実は、昨年(令和7年)の地蔵祭はあいにくの雨天となり、山頂ではなく若一神社の隣にある岩津公民館での開催となりました。その際、氏子総代さんからこの地域に伝わる深い歴史や、もう一つの大切な伝統である「御日待(おひまち)」について大変貴重な解説がありました。
氏子総代さんが解説された、岩津に伝わる伝統の歴史
お地蔵様の歴史は、江戸時代の宝永3年(1706年)まで遡ります。
当時の岩津村では疫病(えきびょう)が流行し、多くの死者が出ました。さらに矢作川の大氾濫によって村は大きな被害を受け、人々は苦しい状況に置かれていたと伝えられています。
そこで、亡くなった方々を供養し、村の安全を祈願するため、岩津村の鬼門(北東)にあたる権現山の山頂にお地蔵様が祀られました。
当時は、村人たちが鐘を叩き、念仏を唱えながら山を登ってお参りしたと言われています。
さらに、この地域には古くから**「御日待(おひまち)」**という、大自然の恵みに感謝する興味深い伝統行事もありました。昔の人は、朝起きると東の空に向かって手を合わせ、毎日の天候や自然への感謝、そして家族の安全を祈っていたそうです。
岩津町での「御日待」には、300年以上の歴史を持つ祈祷寺**「持法院(じほういん)」**の歴代の住職さんが古くからずっと関わってこられました。昭和40年代頃までは、町内の各班が交代で当番を決め、その年に新しく家を建てた人などの家にみんなで集まり、夕方から翌朝まで一晩中眠らずにお祈りをして朝日の出ずるのを待っていたそうです。地元の若い人たちが当番になり、一晩中「消えずの灯明(とうみょう)」の火を守り続けるという、役割もありました。
実は昨年(令和7年)の地蔵祭は、あいにくの雨天となり、山頂ではなく若一神社の隣の岩津公民館で執り行われました。



そして今年、令和8年3月15日(日)。
澄み渡る青空のもと、権現山山頂にて「鬼門除け地蔵祭」が執り行われました。
本記事では、地域の方々によって今も大切に受け継がれている地蔵祭の様子と、住職の法話を通じて学んだ歴史についてご紹介いたします。
■ 令和8年3月15日(日) 午前8時30分
岡崎市北部地域福祉センターに、岩津町の皆さんが集合しました。

岩津町民が集合して権現山へ出発

地元に伝わる信玄道を通り、権現山を目指す。


急な坂道を歩くこと約15分、目的地の権現山山頂に到着しました。
権現山の鬼門除け地蔵に到着



■ 山頂に響く祈り、厳かな「洒水」の儀式
お参りが始まると、山頂の静かな空気の中に読経(どきょう)が響き渡ります。集まった皆さんが手を合わせ、お焼香をしていく様子からは、地域に根付く信仰の姿を感じることができました。
読経のなかで、特に印象的だったのが**「洒水(しゃすい)」**の儀式です。
住職が浄水に撒杖(さんじょう)の末端を入れ、洒水器の底にサンスクリット語(古代インドの言葉)を書きながら、力強くお経を復唱されます。
地域の安全祈願

洒水↓


洒水器の底にラン(𑖨𑖯𑖽)の字を三回書き、21回復唱↓

火天(かてん)や宝生如来、また清浄を表す文字です。
洒水器の底にバン(𑖪𑖯𑖽)の字を三回書き、21回復唱↓

金剛界大日如来などを表す文字です。
住職の読経

厳かな読経(どきょう)が響き渡ります
■岩津町民がお参り



住職による力強い祈願の声
さらに読経のなかで、住職が「岩津町の皆様の家内安全、身体健全、商売繁盛」といった願い事を、一言一言心を込めて力強く読み上げ(奉読)られました。

絶対に守る」という強い想いが伝わりました。
■ 住職が語る 【岩津のお地蔵様の深い歴史】
読経のあと、住職からこのお地蔵様にまつわる大変貴重なお話を伺いました。
私たちが何気なく手を合わせているお地蔵様には、岩津の町と深く結びついた理由があったのです。

始まりは江戸時代中頃(1706年)
歴史を遡ること今から約320年前の江戸時代(1706年頃)、当時の岩津村には激しい**疫病(えきびょう)**が流行し、大勢の村人が亡くなりました。
さらに追い打ちをかけるように、近くを流れる矢作川(やはぎがわ)の氾濫による水害が相次ぎ、村は深刻な苦難に直面していたそうです。
そこで「村の安全を祈り、災いを止めたい」と願った先人たちが、岩津村から見て**東北(鬼門・きもん)**にあたる、この権現山の山頂にお地蔵様をお祭りしました。
いつもこの高い場所から矢作川を見下ろし、町に病気や災害が入り込まないよう見守ってくださっています。

地蔵菩薩が持つ「3つの役割」
さらに住職は、私たちに一番身近な仏様である「地蔵菩薩」が持つ、素晴らしい3つの役割についても教えてくださいました。
1 六道(ろくどう)を巡り人々を救う
地獄から天まで、あらゆる世界を自らぐるぐると巡回し、苦しんでいる人々を救い上げてくださるのです。
2 子供の守護神
「賽の河原(さいのかわら)」の話にあるように、鬼に苦しめられている子供たちを、自分の懐(ふところ)に入れて優しく守ってくださっています。
3 代受苦(だいじゅく)
人々が受けるはずの苦しみや病を、自らが「身代わり」となって受けてくださるという、究極の自己犠牲の精神です。


「地蔵」という名前に隠された大いなる意味
さらに、お話はお地蔵様というお名前の深い由来にまで及びました。
お地蔵様はサンスクリット語(古代インドの言葉)で**「クシティ・ガルバ」**と呼ばれているそうです。
◇クシティ =「大地」
◇ガルバ =「胎内(子宮)」「包み込む、蓄える」
つまり、**「大地のように、すべてのものを大きな愛で包み込み、育んでくれる存在」**という意味を持っています。
この言葉をそのまま漢字に訳したのが、私たちが親しんでいる「地蔵」という名前なのだそうです。
立派なお寺の奥に座っている仏様とは違い、お地蔵様がいつも道端や町の境界に立っていらっしゃるのは、**「人々が苦しんでいる現場へ、自ら歩いて出向いて寄り添う」**というお地蔵様の慈悲深いスタイルの現れなのだと、改めて深く感動しました。
■ 献杯、そして未来へ繋がる岩津の物語
お参りと法話の最後には、氏子総代によるお礼の挨拶に続き、参列した一同で「献杯(けんぱい)」を行いました。

■岩津の町を守り、そして未来へ
岩津の町を拓き、守り、この伝統を繋いできてくださった多くの先人たちへの感謝を込めた献杯は、とても感慨深いものがありました。
江戸時代の村の危機から始まったこのお祭りは、決して過去の歴史物語ではありません。
今もなお、岩津町の住民の皆様が毎年交代でお堂を守り、大切に行事を続けていらっしゃいます。現在は風雨から護るために、しっかりとしたブロック建のお地蔵堂に安置されています。
時代が変わっても、地域を想う心、お地蔵様への感謝の信仰がこうして形として受け継がれているのは、本当に尊く、誇らしいことです。
この事は、かつての岩津城主・松平信光公がお寺に願文として捧げた**【武運開栄天下守護】**の精神にも通じることではないかと思いました。まさに、過去から現代、 そして未来へと紡がれる岩津の物語が、今もこの山で脈々と生き続けています。
実は、今回私たちが歩いた「信玄道」から権現山の山頂に至る道一帯は、地元の有志の方々が日頃から自らの手で定期的に整備されている道だと、若一神社の顧問の方から教えていただきました。
もし、この整備活動がなければ、道は荒れ果て、私たちが支障なく山頂まで登ることも、こうして伝統ある地蔵祭を現地で執り行うことも難しかったはずです。「地元の歴史や、この大切な伝統行事を何としても後世に繋いでいくんだ」という、有志の皆様の地域を想う強い情熱と行動力には、本当に頭が下がる思いがいたします。
■最後に
今回、このお祭りに参加して気づいたことがあります。
岩津の皆様が歴史ある「信玄道」を歩いて権現山の山頂に集まり、お参りをするという一連の行動そのものが、現代でいう「防災訓練」の役割も果たしているのではないか、ということです。
もし矢作川などの河川が大氾濫を起こしたとき、この山は大切な避難場所になります。年に一度、みんなで声を掛け合いながらこの道を登ることは、自然と避難ルートの確認になりますし、お互いの顔を覚えることで地域の団結力を高めることにも繋がります。
「お祭り」という形で、結果としていざという時に命を守る仕組みを地域に根付かせていたのだとしたら、先人の知恵には、思わず脱帽してしまいます。現代を生きる私たちも、こうした先人の知恵と地域の繋がりをしっかりと受け継ぎ、後世へと繋いでいくことが大事なのだと強く実感しました。
私も、この素晴らしい地元の伝統や歴史を絶やさぬよう、ブログや動画といった形を通じて、これからも大切に発信し、応援していきたいと思います。
当日お世話になった岩津町の皆様、本当にありがとうございました!
🎥 岩津の歴史や「鬼門除け地蔵祭」の様子は、YouTube動画にもまとめています。
当日の読経や住職のお話の様子も収録していますので、ご興味のある方はぜひご覧ください。【YouTubeリンク】👇
今回の地蔵祭を主催する「若一(にゃくいち)神社」には、岩津松平氏のこの地への進出から【600年】の歴史を今に伝える**【棟札(むなふだ)】**が大切に保存されています。応永33年(1426年)に松平泰親が神社を建立したという史実や、その深い意義については、こちらのブログ記事でより詳しくご紹介しています。ぜひ合わせてご覧ください!👇
令和8年11月3日(火)祝日に岩津市民センターで【信光フェスタ】が岩津松平氏600年事業として信光妙寺・岩津市民センターで行われます。
その機運を高めるため、松平信光隊・練り歩きキャラバンが【武運開栄天下守護】の旗を掲げて町内を廻るほか、史跡を巡りながら謎解きラリーをする「お散歩ビンゴ」も実施しております。



詳しい様子は下記のInstagramでご覧になれます。👇
岩津城跡ボランティア整備の活動の様子はnoteブログやYouTubeでこちら👇
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