【読書】「ネオ・ネグレクト」の湾岸タワマン共働きレッテル 著者に質問したら悲しかった
2025年10月。中学受験塾・スタジオキャンパスを主宰されている矢野先生が「ネオ・ネグレクト」という書籍を出された。中学受験を終えた親として、わたしも読ませていただいた。
note末尾に、著者への質問と著者の回答あり
直接この点について矢野先生にお伺いしていただいた返信をそのまま入れた。
このnoteは、ネオ・ネグレクトという検証が十分でないキャッチーな言葉が、「共働きや外注する母親はネオ・ネグレクトになりやすいというレッテル貼りをしてもいいんだ」というお墨付きになっているのではないか? と感じた私の経験の記録になった。
ネオ・ネグレクトという言葉ができて広がるまでをリアルタイムで見た私に見えたもの
言葉が作られ、書籍となり、大手メディアで拡散し、共働き派と専業主婦派の対立が盛り上がり、やはり多数派の声が、ネオ・ネグレクトはあると一気に増えていく。
大事なことだと感じているので、最初に書いておきたい。
ネオ・ネグレクトという概念や書籍についてではなく、ここから起こったように見える、共働きや外注がネオ・ネグレクトにつながるというレッテル張りの広がりについての私に見えた記録だ。
この書籍で矢野先生が強く訴えたいことは、上記のような本のチラシにもうかがえる。
この本のポップには、
ーーーーーー
子育ては「金で解決の」落とし穴
ネオネグレクト(新しい育児放棄)とあり、
ーーーーーー
帯には
ーーーーーー
送迎バスで習い事はしご
面倒な受験は塾に丸投げ
お金だけわたして毎日孤食
スマホ育児と映える子育て
それ、ネオ・ネグレクトかもしれません
ーーーーーー
とあった。
パッケージの文字表記を見て、私自身がまず受けた印象は、
ーーーーー
著者はこの本で、
送迎バスで習い事はしご
面倒な受験は塾に丸投げ
お金だけわたして毎日孤食
スマホ育児と映える子育て
といったことを行っている「金で解決の」型の子育てはする親は
子供を「ネオ・ネグレクト(新しい育児放棄)」をしている
ーーーーー
と訴えているのだな。というもの。
みなさんはどう感じられるのだろうか?
ネオ・ネグレクトとは?
ネオ・ネグレクトは矢野先生の造語だ。
衣食住満ち足りた生活をしていたとしても、親がわが子を直視することを忌避していたり、わが子に興味関心を抱けなかったりする状態
と定義されている。
「ネオ・ネグレクト」前半で指摘される事例
(お金のある)共働き家庭は、子育てや教育を「金」で解決し子供をネグレクトしている
お金を出せば子供を直視することを忌避したりしてもいいと思っている
子供はSNSで見せびらかすための道具だと思っている
この傾向は湾岸のタワマンエリアの共働き家庭で多く見られる
書籍前半は上記のような強い言葉が多くの部分を占める。
書籍発売後、WEBメディアで一斉に広がった「ネオ・ネグレクト」な親を批判する渦
書籍の出版後、朝日新聞、東洋経済、プレジデント、Newsweek、ダイヤモンド、リセマムなどの権威性が高いとされてきたWEBメディアでは「ネオ・ネグレクト」という言葉が一斉に大きく扱われ、都市部の共働き家庭、とくに“タワーマンション×共働き”という属性が象徴的に語られている。
見出しには、
「ネオ・ネグレクトはなぜタワマンに多いのか」(リセマム/教育感度が高い保護者に人気の情報メディア)
「夜の公園に放牧される子供、週末の楽しみに興じる親たち」(プレジデント/経済メディア)
「わが子に無関心 子育てをお金で解決“外注する親”」(朝日新聞情報EduA中学受験を中心とした情報サイト)
といった言葉が並ぶ。
※上記や記事したの、ネオ・ネグレクトの記事には、現在はタイトルが変更されているものも見られる。スクリーンショットをとっておいてよかった。
これらの見出しから訴えられていると私が感じたのは、
矢野耕平氏によって、「ネオ・ネグレクト」という親の新たなネグレクトが明らかになった。彼らは子供を苦しめる親である。これは大変な社会問題だ!
というメッセージ。
「親子の愛着やつながりの欠落」が起こる可能性という問題意識そのものを否定するつもりはない。
実際に子供が孤立するケースがあることは事実だ。
しかしこの書籍が起点の言説空間には、別の危うさがある。それは、
「一部の事例」から「象徴的な物語」が作られ、それが「親集団へのレッテル」に転化している
という構造だ。具体的に記事の中身を見て行く。
展開の順番例1/タワマンエリアに集中的に見られる「ネオ・ネグレクト」という問題提起(リセマムより)
タワマンエリアに見られる「ネオ・ネグレクト」
あなたの隣の「ネオ・ネグレクト」“外注される”子供とは?
の記事でも紹介したように、「ネオ・ネグレクト」とは令和の時代の親子関係に散見される現象を私が造語した表現で、「衣食住満ち足りた生活をしていたとしても、親がわが子を直視することを忌避していたり、わが子に興味関心を抱かなかったりする状態」を意味する。
さて、この「ネオ・ネグレクト」の取材を重ねる中で気づいたことがある。このネオ・ネグレクト現象が東京湾岸タワマンエリアに集中的に見られるということだ。
出典;リセマム
ネオ・ネグレクト論はリセマムへの上記の寄稿のように湾岸エリアに集中的に見られる
と始まる。「集中的に見られる」と断言できるものだろうか?
展開の順番例2/タワマンエリアで自分が行ったことは、子供の放牧と「ネオ・ネグレクト」だったかもしれないと自戒するタワマンママ事例(1人)(プレジデントオンラインより)
夜の公園に「放牧」される子どもたち
東京湾岸エリアの某所にある大規模タワーマンション群の近くに一軒のドラッグストアがある。夜遅い21時くらいにこの店の中で「たむろ」している小学生がよく見られるという。
その光景を目撃した母親は語る。
「小学生の集団が店内でうろうろしている。女の子たちは数人固まって化粧品コーナーに置かれている試供品を使って『お化粧ごっこ』に興じているのです。その中にわたしの知り合いのお嬢さんがいたので、『あれ、ママはどうしたの?』と声をかけたのですよね。そしたら、『近くのお店にいる』と。なるほど、ドラッグストアのすぐそばには居酒屋があるのですよね。そこで、ドラッグストアにたむろしている小学生たちの親が集まって飲んでいるのですよ。ネオ・ネグレクトの意味を伺ってこの話が思い浮かんだのですが……」
引用:プレジデント
象徴的な事例としては、湾岸タワマンエリアの母親が子供を放牧して自分たちはお酒を飲んでいる事例が挙げられている。
ここで「放牧」と表現されるようなドラッグストアにいた子供の例えば約8割に毎日こういうことが起こっており、その子は心に傷を負ったというような定点観測の上で事例としてあげているのか、それとも、ある人がある一時に目にした事例を一般化しているのだろうか?
展開の順番例3/ネオ・ネグレクトは「愛着形成不全」につながる「らしい」と示唆(朝日新聞より)
預けたままどこかへ出かけてしまう……。東京湾岸エリアのドラッグストアに夜遅くたむろしている子どもたち……親たちは子どもたちを放置して、居酒屋で談笑している……。シングルマザーのもとで育った少女は、全寮制の学校に預けられたが、ある日帰宅すると新しい家族を目にする……。
親のネオ・ネグレクトにさらされた子どもたちは、どういう影響が出るのだろうか。
「愛着形成不全」という表現がある。字義通り、身内からの愛情不足がその人格形成に影響を及ぼすことを指す。この点について専門書を紐解くと、「愛着」を抱くはずの親から無視されると、親以外の他者とのコミュニケーションに著しく支障が出ることがあるらし
引用:朝日新聞
最後に、朝日新聞の記事のようなネオ・ネグレクトが愛着障害につながることを示唆する展開だ。
その中で、
地域(湾岸・タワマン)
家庭属性(共働き・高収入)
育児スタイル(習い事・外注・塾依存)
といったラベルを強く結びつけたストーリーとして描き、その結果読者は、
「ああ、そういうネオ・ネグレクト親が増えているらしい」
と、自分が直接見ていない深く知らないライフスタイルの“親像”にリアリティを感じる。
ジャーナリズムの課題はここにある。本来なら賛否・複数の視点が並ぶべきなのに、今回のWEBメディアの記事には「警鐘を鳴らす側」のストーリーが圧倒的に可視化され、「異論の余地」がほぼ提示されなかった。
また、書籍の中ではネオ・ネグレクトが湾岸エリアに集中的に見られることを裏付けるデータや、ネオ・ネグレクト親の存在や特徴を提示する確固たるライフスタイルデータの提示はほぼ見られない。
この点への指摘がない点も、今回のWEBメディアの記事群にあやうさを感じる点だ。
アカンところもあるのだろうが、これでまた迷える人たちが増えそうだ。 https://t.co/KfLUcSD89b
— 銀のタマゴ (@brEBZzLlKdxK29F) September 25, 2025
なお、上記のXでは矢野先生ご自身が、メディア記事は自身の意図から離れたもので自身に編集権がないという主旨のコメントを追加されている。一方で、今回大量に出ているメディア記事は、矢野先生ご自身の寄稿やインタビューなので、バランスをとる編集ができなかったという主張をメディア側も行える。
著者と出版社の双方が、煽りは自分に責任がないと言えるようなメディアのあり方を、どちらに文責があるのかはっきり明示する掲載スタイルに変更していくことも今後の課題だろう。
これらの記事が一斉に大量に出て渦となったと表現したので、他記事と合わせて記事一覧リンクを最後につけておく。
「ネオ・ネグレクト」のAmazonレビューは「一方向の共認」が再生産される場になっている?
Amazonレビューでも、Webメディアと同様に目立って見えたのは
「当事者ほど気づかない社会の闇」
「愛情の反対は無関心」
「自分の周りにもネオ・ネグレクト親がいる」
といった、ネオ・ネグレクト存在を前提とした声が最も多い点である。
ここで注目すべきは「ネオ・ネグレクトが本当にあるかないか」という点ではなく、
“存在を疑う側が発言しにくい空気”が、レビュー欄から伺える
という点だ。
カスタマーレビュー星5つのうち3.3
星5つ46%
星4つ13%
星3つ0%
星2つ12%
星1つ29%
レビューは★5つと4つ、★1つと2つに意見が2分されているが、そのうちコメントを書いた人は★5つと4つのなかでは80%、★1つと2つのなかでは20%にとどまっている。
ここから、
★5つや4つをつけた人はレビューを書きやすいが、★1つや2つを付けた人は気持ちを書きにくい、”ネオネグレクトの存在を疑う側が発言しにくい空気”の存在を伺えると思う。
※レビューの数は変動するものであり、最初この部分にスクリーンショットを貼っていましたが、スクリーンショットをすべて削除してほしいというご依頼を矢野先生にいただいたので、削除しております。経緯は時系列でこちらに入れております。
レビュー欄に溢れるワーママ攻撃 書籍批判の本筋、データや明らかな取材不の指摘を覆い隠す勢い
レビューを観察していると、「発言しにくい空気」を裏付けるように、ワーママを批判と私自身は解釈してしまうようなコメントが増加して行った。
10月22日に追加されたアマゾンレビュー
ワーママが、保育園に預けるところまでは理解できるのですが、保育園以外の時間も習い事をたくさんさせ、送迎もサービスに頼り、頭には偏差値表、週末も小旅行、長期休暇は子供を預けるサービスが料金に含まれている旅行に出るなどして徹底的に子供の世話を避けている様子、共に多忙を極める夫が役に立たないと見下したり、喧嘩や家庭内冷戦などの(面前DV)などの話題で盛り上がっているのを見ると心が痛みます。該当する人ほどキレるというのも本当だと思います
(emilyさん)
当事者こそ気付けない、現代社会の闇近年の新自由主義や男女共同参画等の影響により、乳児期から育児の大部分をお金で解決できるようになりました。もはや福祉ではない「顧客化」した育児サービスが当たり前になってくると、「お金は掛けても手は掛けない」という育児がいくらでも可能です。親になるべき時期に親になりきれず、子供も愛着を育めないまま成長… 破綻した親子関係のもとではお金を掛けてもうまくいかない事が増え、ますますお金で子供と離れる時間を買うという悪循環に陥ります。
上記のAmazonレビューなどは、ご自身で自分がワーママを蔑視しているポイントを明確に挙げて、だからネオ・ネグレクトがあると盲信する様子が伺えると感じた。
根底には矢野先生も主張される、ワーママが専業主婦のように子育てに時間を使えないことへの非難と無理解が感じられる。
レビューという場は本来、経験の多様性が現れる場所だ。しかし今回のようなテーマでは、権威性のある書籍がしかも大手メディアで一斉に取り上げ話題になっている以上、自分の身がネオ・ネグレクト親に分類される可能性のある親ほど書き込みを避ける。
結果、ネオ・ネグレクト親が実際にいるという書籍に同調した意見が可視化されやすく、異論が排除された空間が成立している可能性を感じる。
強調しておきたい。Amazonの書籍レビューに著作への異論や違う立場からの意見を表現しにくい場になっている「可能性」を感じる。あなた自身も書籍と記事とレビューを読んであなた自身で考えてほしい。
Amazonレビュー星一つをつける前に考える、開示請求と法的訴えリスク
また著者の書籍に星一つをつけたり意見を書くことのリスクの大きさを感じる背景には、この本の著者が藤原先生という塾講師の方がAmazonレビュー星一つを嘆かれているのに対して、開示請求を提案していらっしゃる一連のツイートで使われている表現などもあげられる。
https://twitter.com/campus_yano/status/1980491823568327025?s=61
🔁 藤原崇之@東進 代ゼミ、武田塾 @Sukyojuku
📢皆さんへお願いです。
抽象に対して人格を否定するような誹謗中傷レビューや執拗な★1投稿を繰り返す読者がいます。書籍の内容に対する批評を超えた悪質な行為です。現在、弁護士からの助言により開示請求を進めております。中身なき手段で戦うためAmazonレビューの「報告」から削除申請をお願いします。
矢野耕平 @campus_yano・フォローする
こういうのは、レビューを残したまま何も言わずに弁護士を通じてしれっと開示請求に踏み切るのが一番(そのほうが成果を得やすい)。ただ、開示請求は案件難度が高いですよ(経験者は語る)。
矢野耕平 @campus_yano・6時間
「開示請求」も「法的措置」も、それを匂わせて(実際に何も動かずに)相手を脅制するのは、かえって脅迫罪に問われる可能性があります。ご留意を。
💬 1 ❤️ 8 🔁 11
矢野耕平 @campus_yano・6時間
なお、こういうコメントは書き込んだ人物が誰かを「犯人」に仕立てあげるために、わざと「(誰かを)特定」できるよう演じている場合だってあります。その可能性を吟味しないといけませんね。まあ、開示請求が通れば確実な証拠になりますので、それをしない手はないでしょう。
開示請求を提案されているレビューは、
謎
雰囲気だけはよい
今となっては古い
受験生に媚びている
とコメントし星一つをつけている4つのレビューだった。一冊の書籍にたくさんというよりも、一冊に一つづつこのかたがつけているスクリーンショットが添付されている。Amazonレビューは、一つのアカウントで一つの書籍に複数つけられない仕組みだ。
矢野先生は憂う藤原先生に「開示請求を匂わせて実際に開示請求をしないと、脅迫罪になる」と注意して星一つのレビューに対抗するように藤原先生に注意も促されている。
2025年10月20日現在、星一つをつけたレビューコメントは一つだが、最初はもう一つあり全部で2つだった。現在星最初の一つの星一つレビューは削除されている。
藤原先生の書籍のレビューと比較して、矢野先生のネオ・ネグレクトの書籍に星一つをつけたレビューは、削除されたものも現在掲載されているものもより長く言及が深かった。弁護士を通じて開示請求が行われている可能性を感じないかといったら、このnoteを書いている自分自身の身の危険も感じて怖い。
実際、「Amazonレビュー星一つ 開示請求」などで検索すると短いレビューの事例にも、開示請求が行われている事例が多くみられた。
このノートにも対話ではなく最初から開示請求が届く可能性は感じる。
その意味でも強調しておきたい。Amazonの書籍レビューには異論が排除された空間が成立している「可能性」を感じる。あなた自身も書籍と記事とレビューを読んであなた自身で考えてほしい。
レビューコメント一覧も、メモ下のリストにいれておく。
SNS(X)は“同調の連鎖”が仕組み的に起こりやすい可能性
X(旧Twitter)でも、教育インフルエンサー層を中心に
「こういう親、確かにいる」
「よくぞ言ってくれた」
「問題提起として意義がある」
「待ってました!」
「自分の子育てを反省する機会となった」
といった“賛の連鎖”が目立つように見えた。
SNSはそもそも
共感が拡散されやすい
異論は摩擦と疲弊を生むため発信されにくい
という構造をもつといわれる。
結果として、「ある前提の物語だけが増幅される」現象が起きる。
批判が根にある表現から発生すると、断罪サークル化しやすい。
ここにも、アマゾンレビューと同様に当事者(共働きで子を育てる親)の声を発するのがはばかられる空気が作られやすいのではないだろうか。
Amazonレビューに比べて本来無限の広さであるXでも、賛成コメントが主流なことには閉塞感や気軽に書けないより強い集団圧力と雰囲気の存在を感じる。
強調しておきたい。わたしはそう「感じている」。あなた自身も書籍と記事とレビュー、Xの投稿窓に「ネオ・ネグレクト」と入れてあなた自身で考えてほしい。
Xのコメント一覧もメモ下に入れておく。
「ネオ・ネグレクトな親批判」に疑問や他視点を投げかける──「悪魔の証明」の難しさ
レビューにもXにも異論や別の視点が出にくい背景には、もう一つ大きな構造的な難しさがある。
「ある」と語るのは容易だが、「ない」を証明するのは不可能
つまり、“共働き×外注”という現象に対して、
“無関心”という心理をあとから貼り付けてしまえば、反証が非常に困難になる。
「無関心」は数値化できないため、一度貼り付けてしまうと、最初の印象に疑問を投げかけることが最も難しいレッテルの一つだ。
これでは議論のスタート地点が歪んでいる。
共働き家庭の現実:外注は“逃避”ではなく家族“持続の戦略”
私は共働き家庭の一人として強調したい。
外注とは「手抜き」ではなく「生活の継続手段」
サービス選びにも、時間と面談と試行錯誤という膨大な時間コストがかかり、楽なものではない
外注の裏側にあるのは“責任”と“覚悟”であって“無関心”ではない
それでも、今の言説は親の努力や葛藤のプロセスを一切見ないまま、
結果(外注)だけを切り取って、心理(無関心)を断定している
ここに私は強い違和感を覚える。
ネオ・ネグレクト?→愛着障害? データがそろわないなかで因果関係を示唆することの怖さ
書籍では、定量化できない湾岸タワマン共働きの「無関心」を土台に、「愛着障害」との関係性が指摘されている。
湾岸タワマン共働きの「無関心」のデータも、それを原因として愛着障害がおこるデータも存在しなく見える。
したがってネオ・ネグレクトと愛着障害の関連をこの著者は証明や検証経過を提示せずに自身の論を展開していると言える。
ネオ・ネグレクト支持者のレビューやコメントを一つ一つを見て行くと、自分は「ネオ・ネグレクトを見ていて知っている」という様子が伺える。
信じている人には、データや論理展開の積み上げがなくても、あるかないかわからないものを信じて熱狂することがある。わたし自身も自分がそうなっている時があると思う。
確認のために言っておく。
ネオ・ネグレクトがないとは言っていない。
あるかないかわからないものを信じて断罪する空気が作られていると言っている。
【Youtubeインタビュー】「ネオ・ネグレクト」に寄せらる賛否 「否」の母親のコメントには「自分の大変さ」あれど、「子供」が「まったく」見えない by著者
書籍発売後のインタビュー。
「ネオ・ネグレクト」に寄せらる賛否 「否」の母親のコメントには「自分の大変さ」あれど、「子供」が「まったく」見えない。
という趣旨のコメントが、問いかけるインタビュアーに答える形であった。
私自身は、「否」の母親のXのコメントには、言葉だけで見ると「子供」はみえなくても、「大変」だという表現の背景に「子供への愛」が見えるように感じた。
双方が自分に見えるものに集中しているから違いが生まれるのだろうか?
「ネオ・ネグレクト」という言葉の背景データが明確でないため、そこについても議論を建設的にすることがむずかしく、本質とはそれたそれぞれの「立場」への批判に終始することが、「賛否」が「燃えている」という状況に見える。
問うべきは「親の愛情」ではなく「親を追い詰める社会」
議論の矛先は、本来こうあるべきではないか。
なぜ、外注せざるを得ないほど時間が奪われているのか
なぜ、親が“自己犠牲か断罪か”の二択を迫られるのか
なぜ、家庭内の「外注」にネガティブな印象があるのか
これは、社会設計の問題だ。
書籍後半に「子供にとって親は世界だ」「男なんてずっとネオ・ネグレクトじゃないか」という章がある。
この書籍が一方的な断罪でない点を、この章を取り上げて語るコメントも多く見られた。
しかし今回ここで論じているのは、そこではなく、書籍全般と書籍を紹介するメディア、そこから派生したアマゾンレビューとSNS空間に漂う「レッテル張り」の渦についてだ。
“「ネオ・ネグレクト」は中学受験などという局所的な範囲に散見される現象などではなく、より広域的に観察できるものであるという点だ”
— 矢野耕平 (@campus_yano) September 30, 2025
拙著『ネオ・ネグレクト 外注される子どもたち』明日刊行 本書をわたしが執筆した理由|矢野耕平 @campus_yano https://t.co/PtbdSqk5n1
書籍は前半の断罪の雰囲気から後半でベクトルがかわる。
Xの投稿は、湾岸・タワマン・共働き・中学受験・愛着障害へつながると親を非難したかと思うと、次のツイートは「狭い範囲ではない」、「中学受験の大変な子育てを心配する」というコメントが行われる。
「ネオ・ネグレクト」な親批判と、子育てや中学受験の大変さを憂う熱い講師魂のようなものの両方が共存しているのが矢野先生の特徴なのかもしれない。
レッテルではなく“解像度”を
私は「ネオ・ネグレクト」という言葉自体を封殺したいわけではない。
だが議論を進めるなら、
親を断罪するより先に、解像度を上げる努力がいる
そのためには
個別の事例を一般化しないこと
レッテル化の空気を警戒すること
当事者の声に議論に戻すこと
が必要だ。
解像度を上げる取材についてもっと向き合いたい
解像度という点で、矢野先生もアマゾンレビューにもXのコメントにも「丁寧なルポタージュ」と強調されている点には違和感があった。
ネオ・ネグレクトを主張するルポタージュには、湾岸タワマンエリアの共働き家庭のママ、パパ、子供それぞれに対して最低でも一年程度の定期的なインタビューが100組とは言わないまでも、数組は必須だが、書籍にも記事にも見られない。
取材対象として出てくるのは、子ども食堂の企画者、中高一貫校の先生などの周辺の人物が中心だ。また、ネオ・ネグレクトから愛着障害についてコメントしているのは、湾岸タワマンエリアの共働き家庭の出身ではない人物だ。
これらの点から、ネオ・ネグレクトを社会問題として提示するルポタージュとして成立していると言いにくいと感じる。
個人情報保護の観点から言及を避けている可能性ももちろん考えられる。
「先生が中学受験の志望校を決めてくださいと保護者面談でいう親」は何度も出てくるので、このぐらいの粒度でも入れられた可能性を感じる。
当事者としての私から
私は走り続けた共働き生活の後、癌を告知された。
外注し、ときに罪悪感を抱き、子供との時間に幸せを感じ、仕事と育児の板挟みに疲れながら、それでも踏みとどまろうとしていた。
そんな私にとって、
“外注=無関心”という言葉は、事実ではなくても胸を深く刺す。
ネオ・ネグレクトという書籍と記事群を読んで感じたのは、
レッテルではなく、人間として「共働きの子育て」を見てほしい
断罪ではなく、理解の言葉を社会が「選べる」ようになってほしい。
という気持ちだった。
この言葉をめぐる議論が「分断」ではなく「支え合い」の方向へ進むことを望んでいる。
「ネオ・ネグレクト」を読んで自らの子育てを反省したという共働き子育て世帯のコメントがXでたくさん見られた。
1つ読むたびに胸にグサグサつきささる痛みを感じたママパパの気持ちが私にも刺さった。
誰でも思いあたることがある批判だ。
だけど「思い当たる」ということと「ネグレクト」であることは全く別のことだ。
自分自身が「ネグレクト」かも? と、反省や自戒に使っている時間が、癌になった私にもう残されていないように、もしかしたらあなたにもないかもしれない。
アマゾンレビューやXに見られるような無言の圧力が本当に存在するとしたら、社会的装置があなたのなかの違和感を封印して、反省や自戒をさせているかもしれない。
だったら走りながら子供が笑顔の時間を楽しんだり、一緒にわくわくすることに時間を使ってほしい。
そして、極端な当事者不在の言説が渦となる前に、ご自身の周りの渦は建設的な議論の方向に向ける行動を起こしてほしい。
この議論を建設的に終わらせるために
書くのがとても難しかった。
私自身の人生にかかわること。きちんと向き合いたかった。
一方で、レビュー星一つには開示請求をと先生がおっしゃっているのを読んで、私は何を求めてこのnoteを書いたんだろう? と今、ー自問自答している。
ものすごい恐怖だ。
だけど思い直した。私自身の共働き子育てのなかでこの「恐怖」が、私がもらす「つらい」「おかしい」という言葉を強く打ち消してきた。
私自身の中で、違和感と強く感じるものとなるべく丁寧に向き合って書いた。
もう一度書いておきたい。書いた動機は、レッテル貼りと、異論が出にくい空気の渦だ。しかし今この時点でノートを読んだ200人ぐらいの方にこのノートが投げかけた一番大きなメッセージは、
異論や問題提起は裁判沙汰のリスクが大きい
ということだろう。そのぐらい「意見」や「気持ち」口に出すのが、私自身は怖い経験をしてきた。
伝えたいメッセージと伝わった情報のギャップ。
また裁判沙汰になると、自分で投げたボールが空で弾けて自分の愛する人たちみんなに黒い雨を降らせるようで本末転倒になるリスク。などつらつらと思う。
一方で、著者の方には星一つのようなnote記事を書かれても、「どうしようもないんですけど」というのがリアルな部分だろう。
今後矢野先生に「私がネオ・ネグレクト認定した親100人との対話」という、対象者と向き合った「ルポタージュ」を、100人の親と共著で出していただくとみんなが幸せに向かったりはしないだろうか?
100人の親批判でなく、悩める親とほんとうに共に考えた過程を読ませていただけると嬉しいと思う。
これが逆に「私がネオ・ネグレクト認定した子供100人との対話」になりそうで怖い。
そうなったら私が、「ネオ・ネグレクト認定されそうな親100人の言い分」を取材してノートに書いたらいいのだろうか。嫌々そんなガチンコ未来感を感じない。
どんなことがおきるとみんながハッピーになるのかのアイデアや、不完全な部分や不整合のご指摘、感情的な部分などへのご意見は以下Xのコメント欄へいただけるとうれしいです。
最後に著者の矢野先生とのやりとりの記録
最後に矢野先生がこの本について書かれたnoteのコメント欄で先生に直接お伺いした記録もう合わせてお読みください。
Q.矢野先生への質問❶ご著書が、結果的に「外注や共働きはネオ・ネグレクトにつながりやすい」といった受け止め方が広がるきっかけになったことへのご意見をお聞かせください
Taka@5足の草鞋で奮闘中・1時間前
外注や共働きを非難されているわけではないとおっしゃっていますが、先生のご著書で今回のような表現が多く用いられたことによって、結果的に「外注や共働きはネオ・ネグレクトにつながりやすい」といった受け止め方が広がるきっかけになった、という見方も一部にはあるかと思います。 そのような受け止められ方について、先生ご自身はどのようにお感じでしょうか?
A.矢野先生の回答
矢野耕平・53分前
まず「今回のような表現」の指し示す範囲が分かりません。 著書全般を通読すれば、外注自体、共働き自体を論難するつもりは毛頭ないことはご理解できるはずです。 ただ、「ネオ・ネグレクト」の表面的な意味が流布され、一人歩きをすることは本意ではなく、そのため、このnote記事で補足した次第です。
Q.矢野先生への質問❷先生ご自身が要因をどのように感じておられるのか、伺えたら嬉しいです。
ご丁寧にありがとうございます。 先生のお考えが「外注や共働き自体を否定するものではない」ということは、私も著書を拝読して感じておりました。
そのうえで、やはり広く「ネオ・ネグレクト=外注・共働きに多い」という受け止めが生まれてしまった背景には、どんな要因があったのかな…と気になりまして。 note記事での補足も拝見しましたが、先生ご自身が要因をどのように感じておられるのか、伺えたら嬉しいです。
広くと測れない表現をしてしまいました。0本ぐらいの記事を1か月超で目にしましたのでそう表現してしまいました
A.矢野先生の回答
矢野耕平・28分前
@Taka@5足の草鞋で奮闘中さん
どうなのでしょう。わたしがどう回答しようがそれは憶測の域を出ないと思います。ひとつはメディアにて切り出し記事が配信され、部分的にしか目にしないことでそういう受け止めが広がってしまったことが考えられます。この点を申し訳なく思いますが、この手の記事は著者にとってはアウトオブコントロールです。付け加えるならば、(主に)母親間である種の対立構造がすでに生じていたということでしょうか。繰り返しますが、あくまでもわたしの推測です。
Taka@5足の草鞋で奮闘中・9分前
@矢野耕平さん
ご丁寧にお答えくださってありがとうございます。 メディアによる先生の意図しない切り出し方や、もともとの社会的な空気があったということと推察しました。 先生のお考えを直接伺えて、とても勉強になりました。 お忙しい中、ありがとうございました。
なお、このやりとりは、ダイレクトな個人間のやり取りではなく、noteの公開コメント機能のため、そのまま貼り付けています。
共働き外注=ネオ・ネグレクト という世に出た言説は、アウトオブコントロール?
書籍の糾弾的な表現に比べて丁寧にお答えいただけてほっとした。
先生としては、憶測です。という前おきの上で
(主に)母親間である種の対立構造がすでに生じていた
↓
メディアにて切り出し記事が配信され、部分的にしか目にしないことでそういう受け止めが広がってしまった
ということでしょうか。
レッテルを貼られた方はたつ背がないことが、こうやって続いて来て、また続いていくのかもしれない可能性がまたここで起こっているように感じた。
先生への上記の質問のあと、ネオ・ネグレクトという概念の価値を感じコメント増加
私は毎日、「ネオ・ネグレクト」「ネオネグレクト」という、Xのタグにどんなコメントが追加されているのか見ている。
🌸進学個別桜学舎【塾長アカウント】
@ohgakusha
拝読。本来塾の先生が手をつける領域ではないのに、やはり現場で数々の事例を見たのだろう。地域柄は異なり客層も違うだろうが、共感出来ることばかり。私が見たものも、私が書いたことと似たような例も出ていて、どこも同じかとホッとしたり悲しかったり。勉強になりました。
中スタジオキャンパス代表の矢野先生の「ネオ・ネグレクト」
年に2回の中学勉強会主催含めて、矢野先生の中にあるのは、一貫して「子供達への愛」だなと感じました。
子にとって、親は「世界」そのものなのだから。印象に残る文です。
うらら
@urara_money
「ネオ・ネグレクト」って本知ってる?親が子どもに関心を持たず、習い事のはしご、スマホ育児、丸投げ受験などなど、子育てを外注しちゃう令和の新たな育児放棄について書いてあるらしい。読みたい…
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会話
Dr.パパ
@DrKarte
「ネオ・ネグレクト」って、
愛情の外注なんやな。
便利さの裏で、ぬくもりまでアウトソーシングしてるのかもしれん。
引用
峰子
@mineko_my
·
2024年6月6日
返信先: @mineko_myさん
幼稚園は教育の外注先であり、これについてはもう小学校以降は全員外注で、現代で父親が教育するなんて家庭はほぼゼロだろう
家族の機能を外注をしていない家庭は無い、現代ではほぼ外注
が、愛情を外注した時、それでは家族の機能として何が残るのか
午前10:41 · 2025年10月30日
·
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塾講師や家庭教師の方々のネオ・ネグレクトという概念を提唱することのすばらしさを言うコメントが毎日増えていき震えている。
その中には、娘たちが指導を受けたり、私がカウンセリングを受けた先生方もいらして、さらに震えている。(今、ここ)
ネオ・ネグレクトという「子供の状態」の言葉が、湾岸・タワマン・共働き・外注批判という「親の状態」に向かったという「ねじれ」
ネオ・ネグレクトという言葉は、湾岸・タワマン・外注をする母親批判と結びついたように見えるものの、言葉自体の定義は子供の状態のもののため、こういうことは十分起こりうる。
「ネオ・ネグレクト」という名詞?は「子供」の状態のこと
「ネオ・ネグレクトする」という動詞?は「親」の状態のこと
その人の発言がどちらに向かっているかも、注意深く確認してから話しはじめていく必要も感じる。
とはいえ、データや対象への十分な取材なしにネガティブなレッテルを貼るということが、我々共働きにまた続いていく。
ただ、悲しくて、苦しくて、悔しい。そしてこれはやはり良くない! と私は今思っています。
まったく別件だが、こちらも燃えている(ようだ)
【「東京高校受験主義氏」のXにおける発信への弊社の見解】
— 矢野耕平 (@campus_yano) November 6, 2025
弊社顧問弁護士による確認を経て、弊社の見解をここにpostいたします。 https://t.co/DaUorfGX3F
平日の間に、光の速さで燃えたようだ。まずこちらが流れてきて、さかのぼったけれど、何が起こったのか把握できなかった。
この方と同じようなことが私にも起こるのだろうか? 状況がわからないので、何とも言えないけれど、何かが起こったら、それはそれとして受け止めていこうと思う。
ネオ・ネグレクト WEBメディア記事一覧
リセマム(教育感度の高い保護者に支持されるメディア)あなたの隣の「ネオ・ネグレクト」はなぜタワマンに多いのか/タワマンエリアに見られる「ネオ・ネグレクト」/タワマンは縦に伸びる「長屋」/ネオ・ネグレクトを引き起こす背景
NewsWeek増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレクトとは何か? 多い地域はどこか?/<なぜ最近の親は子育てを丸投げするのか。中学受験指導に30年携わってきた専門家が、取材をして掴んだ実態とは?>/小さな子どもが、一人、家でテレビを見ながら夕食/夜、ファミレスで親は飲み会、子どもたちは公園へ/子育てほど「コスパ」「タイパ」の悪いものはない/子どもにとって、親は「世界」そのものだから
プレジデント夜9時 港区タワマン下のドラッグストアで子供がたむろ…わが子を"放牧"する親たちが興じる週末のお楽しみ/夜の公園に「放牧」される子どもたち/山の手エリアの母親「私たちの周りではそんなことはあり得ない」
朝日新聞EduA(中学受験情報が多い教育系メディア)親の無関心にさらされる子どもたち 「ネオ・ネグレクト」とは何か〈前編〉保育園が「家」になる子どもたち/「先生が受験校を全部決めてくださいよ」/愛着形成不全に陥る子どもたち
東洋経済education×ICT(経済メディアの教育記事群・教育熱心なビジネス関心層の強い支持メディア)「根深い親子のバトル」より深刻な「ネオ・ネグレクト」の親、塾を託児所代わりに 子の「他責言葉」に注意、親のために受験は危険/親子のバトルには「根が浅い」ものと「深い」ものがある/「親のために中学受験」をしている子は他責的な言動をとる/わが子に関心を持たない「ネオ・ネグレクト」する親たち
ダイヤモンドオンライン(経済メディアの教育記事群・教育熱心なビジネス関心層の強い支持メディア)/「過干渉」よりも怖い?中学受験を外注する「ネオ・ネグレクト親」の見分け方【チェックリスト付き】/「とにかく子どもを全寮制に入れたい」「向いてない」の言葉に憤慨する親「過干渉」が問題視される中学受験その正反対をいく親とは/「そんなの実際にありますか?」親も子どもも自覚しづらい/あなたの「ネオ・ネグレクト度は?チェック表
アマゾンレビュー一覧
(emilyさん)当事者こそ気付けない、現代社会の闇
近年の新自由主義や男女共同参画等の影響により、乳児期から育児の大部分をお金で解決できるようになりました。もはや福祉ではない「顧客化」した育児サービスが当たり前になってくると、「お金は掛けても手は掛けない」という育児がいくらでも可能です。
親になるべき時期に親になりきれず、子供も愛着を育めないまま成長… 破綻した親子関係のもとではお金を掛けてもうまくいかない事が増え、ますますお金で子供と離れる時間を買うという悪循環に陥ります。
(Amazonカスタマーさん)愛情の反対は無関心
子どもの友だちを家によく招くのですが、いわゆる「放置子」状態の子がたまに来ます。親はちゃんと働いていて、身なりも悪くはないし、悪いことをするわけではありません。
ただ、大人に話を聞いてもらいたがって、一人の家に帰りたがらなくて、そして愛にものすごく飢えている…この本を読んで「ネオ・ネグレクト」されてるのかなと思いました。
そういう子たちのさみしさに、親が気付いて目を向けてあげてほしいなと切に思います。
(はいのらねこさん)刺さる保護者ほどキレるルポタージュに近い調査レポート
教育や福祉現場に近いところにいる人ほど全く違和感がない定性インタビューを重ねたことで見えたその特徴により行政が支援不可能な破綻した親子関係を明らかにしたリサーチレポート的書籍。なぜか自分ごとのようにガチ切れしているレビューがあるのはそれだけガチ共働き家庭の保護者には芯を食っているからと感じる。
SNS(X)のインフルエンサーコメント一覧
矢野先生がご自身でxのコメントを紹介されていたので、私も検索窓に「ネオネグレクト」と入れて検索した。
普段から親しくされている茂山先生のツイート。
矢野先生の新著「ネオ・ネグレクト」ご恵贈いただきました。随分前からこれについての話を伺っていましたが、ついに社会問題に切り込むとは……いや本当に敬服するばかりです。まだ序盤しか読んでいませんが、子を持つ親として色々と考えさせられます。 pic.twitter.com/4Jm7nkXdWA
— 茂山起龍 (@kiryushigeyama) September 19, 2025
矢野先生のサイトで書籍紹介連載をされていた美琴先生のコメント。
矢野先生の新刊『ネオ・ネグレクト 外注される子どもたち』』を拝読📘
— 齊藤美琴 | 中学受験と本のこと (@_piccolita_) October 16, 2025
子育てをアウトソーシングすること自体を否定するのではなく、その心のあり方に目を向けたレポートです。「ネグレクト」という言葉にドキッとしますが、現代の子育てにまつわる色々を立ち止まって捉え直すきっかけになりますね😌 pic.twitter.com/Bidenm7W5p
うちの夫が大好きな小川先生のコメント。
発売前からすでにかなりの注目を集めている、矢野耕平さん @campus_yano の新著『ネオ・ネグレクト』
— 小川大介@90タイプの才能分析『コドモトメガネ』開発者 (@Kosodate_Ogawa) September 24, 2025
春先に執筆中だと話を聞いてから、手に取ることを待ち望んでいました
期待通り、いや期待以上の快作です!… pic.twitter.com/Bh3upvurUp
佐藤先生のコメント
読了。
— 佐藤寛之 (@campus_sato) October 1, 2025
身内の私が言うのも何ですが、衝撃的なサブタイトルや帯のメッセージとは裏腹に、丁寧に取材を重ね、様々な文献を基に書き上げられた1冊となっています。
この社会問題にどう向き合うか…
「ネオ・ネグレクト』ということばが世間に広まり、いずれ消えて無くなることを切に願います。… https://t.co/bDYQxFdWFz
またこちらは、今最も勢いのある教育系インフルエンサーknockoutさんのコメント。矢野先生のnoteにもこのコメントが貼られており、矢野先生ご自身も応援コメントをうれしく感じられるほどの影響力がある。
スタジオキャンパス矢野耕平先生( @campus_yano )の新刊『ネオ・ネグレクト』をご恵贈いただきました。ありがとうございます。
— knockout (@knockout_) September 19, 2025
中学受験塾を経営されている立場からこの問題提起をすることは勇気のいることだったと思います。逆にいうと、それでも書かずにはいられなかった、ということなのかなと。 pic.twitter.com/Mlm9dUAyKP
私の記憶が正しければ、knockoutさんは、パートナーの方がバリバリの研究系の方でご自身は専業主夫的なスタイルでお子さんとの時間を大切にされて、熱心に調査しなければ見つけられない情報を惜しげもなく共有してくださる中で少しずつインフルエンサーとしての立場を確立された方だ。
knockout さんはご自身のvoicy でも5分31秒ぐらいからネオ・ネグレクトについて語られている。雑談相手は、noteも書かれているはるなさんという方。
お二人の語り口は、軽やか。一石を投じて面白いねー。という雰囲気。必死なワーママだから刺さっちゃうんじゃない? という雰囲気。
ここにも、断言しすぎてない? という警鐘はなく、あるあるーネオ・ネグレクトという雰囲気があった。
あれってネオ・ネグレクトじゃない? と軽やかに言える人たちの悪気のなさや、筆の軽さはこういう感じの軽やかさなんだなー。属性がちがえば、こんなに感じ方が違うんだなと。私のこのnoteの切迫感と比較してこちらも苦笑して脱力する。
ただ、大事な点は、属性が違えば、同じ親であってもこの点についてはあれほどの情報量の方でも情報量やサンプルは少なく、当事者不在の断罪裁判形式になっている感覚にはならないだろう点。
ここで言う情報量やサンプルはそれっぽい知り合いがいるかというレベルではなく、後述するような聞き取りという意味だ。
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