アフリカ大陸初上陸【値切り交渉術と礼儀】|モロッコ旅行記#1
2025年12月クリスマス前、私は初めてアフリカ大陸へ足を踏み入れた。
モロッコ。一週間の旅である。
インド人家族の邸宅で一緒に下宿しているインド人ワータ(仮名)とパキスタン人フィ(仮名)2人と旅行へ行ってきた。
今回はそんな旅で感じたこと、モロッコや友人たちから学んだことをここに書き記しておきたいと思う。一週間なりにもかなり精神的に濃い旅だったので、いつかモロッコへ行きたいと思っている日本人の方にも準備(特に精神面で笑)の参考になる内容かなと思う。
今回はまずマラケシュについて、モロッコ記事#1としたい。
モロッコ旅の概要
旅行日程
<2025年12月8日~12月15日>
8日バーミンガム国際空港から直行便でマラケシュ国際空港へ
9~10日マラケシュ市内観光
(マラケシュ郊外のAirbnbで3泊4日)
11日マラケシュから電車で8時間、フェズへ
12日ローマ遺跡ヴォルビリスを見に行く。一瞬マクネスも
(フェズ駅近くのAirbnbで2泊3日)
13~14日フェズ旧市街観光
(フェズ旧市街の中のAirbnbで2泊)
15日朝4時に起きて電車で8時間、マラケシュへ戻る
マラケシュ国際空港から直行便でバーミンガム国際空港へ
そう、とても効率の悪い旅の仕方をした(笑)
これについては後で詳しく理由を…というか言い訳をさせてください…。
訪れた街
・マラケシュ
・フェズ
・一瞬マクネス
・ローマ遺跡ヴォルビリス・で、でも電車でラバトやカサブランカも通り過ぎましたよ、よ
ワータとフィと旅をすることになった経緯
ワータとフィ(仮名)は実は2人とも男性である。まさか自分が男2人女1人で旅をすることになるとは全く予想していなかったので今でも驚いている。それもインド人とパキスタン人とは、予想外すぎる。またどうしてこの奇妙な三人組ができたのか…。
ワータはインド人35歳で、先日イギリスの医師免許を取ったところ。大晦日にインドへ帰るというのでその前にモロッコへ行っておきたいということだった。ちなみに、インド本国にイギリスで出会ったという奥さんがいる。イスラム教。
フィはパキスタン人推定55歳で、イギリス大手銀行で働いている。離婚していて私と同い年の娘さん含む3人の子供をもっている。6歳になる小さい娘さんは毎週土曜日に私たちが下宿している邸宅に遊びにきている。イスラム教。
私は日本人25歳で、邸宅から独立した庭のコテージ部屋に住んでいる。フリーランスでなんとかイギリスで生き延びている。実はキリスト教。
世代も国籍も宗教も社会的立場も違う私たちが一緒に旅行に行くことになったのは、それでもやっぱり必然だったかもしれない。
イギリスという地で曲がりなりにも生き延びている個人。小汚いキッチンで毎日毎晩顔を合わせていると、気づけばその1日にあった出来事を言い合うようになっていた。邸宅のオーナーに対する文句も小声で飛び交う。日々浮かび上がっては消えていくような小さな悩み、面白かったこと、イライラしたこと、そういうことを廊下ですれ違う5分間や料理している間の30分の間に互いに話すようになっていた。
要するに、その小汚いキッチンが家族のダイニングルームのような落ち着く空間になっていたのである。
(邸宅のオーナー家族との関係性については、以下の記事参照)
実は、私がこのキッチンで親睦を深めたのはワータとフィだけではなく、ムハンマド(仮名)とハムザ(仮名)という愛らしくもやかましいイギリスに語学留学をしにきていたサウジアラビア人の18歳の少年たちがいたのだが、彼らはモロッコ旅行の前に本国へ帰ってしまった。今思うと、アラビア語を話す彼らがいたらモロッコ旅行はもう少しスムーズな旅となっていたかもしれない。いや、もしかすると、あのやかましくてパパの金を考えなしに使いまくる2人がいたら逆に問題が大きくなっていたかもしれない(笑)それは今となってはわからない。
ともかくこの狭いキッチンの中にいる間、私はこのムハンマドとハムザのバカみたいなやり取りを横目で制する姉のような存在となっていた。そしてワータはそれらを見守る兄のようであり、そしてフィは父のような存在となっていた。
フィがバカンスのたびに何度もモロッコに行っているということ、そしてワータがもうすぐインドへ帰るということ、そして私も仕事によっては日本へ予定よりも早く帰るかもしれない(未定)ということで、人生は未知の世界を切り開くその過程だ!として今回3人で旅行することになったのだ。
では早速、マラケシュから振り返っていく〜!
地図にない集落に迷い込む|マラケシュのAirbnb
早々から冷や汗をかいた。
マラケシュ国際空港へつき、イギリスの陰鬱な天気とうってかわってカラッとした青い空に歓声をあげながら、私たちはInDriveという配車アプリを使ってタクシーで郊外のAirbnbに向かった。(モロッコの政治的に混み行ったタクシー事情については#3で書く予定です)
しばらくすると道からアスファルトが消えた。横揺れする車、遠くまで見渡せる何もない景色。するとタクシーは小さな集落の狭い道へずんずん入っていく。

兄ワータ:おい、この道であってるんか、フィ?
父フィ:わからんけどこれがAirbnbから送られてきた住所でそこに向かってもらってる。
運転手:ここら辺は集落だからgoogleの地図もあってないようなもんなんだよ。
我:(大丈夫かこれ)
しばらくして、その集落の真ん中で車を停めた運転手。
「ここだよ。目的地」
道には野良犬と遊ぶ子供たちの姿がある。みんなこちらを見つめている。
見渡してもそこには滞在先らしき建物はなかった。
ここじゃないよ、とフィが言う。でもここが君が言った住所だよと運転手は地図を指差す。地図にはこの集落の存在はなかった。
車内は急に不穏な空気になった。
ワータと私は後ろの席からフィを見つめ、私はフィに滞在先の住所をもう一度確認するようにいった。すると、フィははこれであっていると言う。
まいったな。
滞在先のオーナーに運転手から電話をかけてもらうことになった。
運転手はアラビア語で何かまくしたてている。怖いっす。
ワータはこちらを向いてこう言った。
「心配しなくていい、彼は怒ってるんじゃなくてこういう喋り方なんだよ。ムハンマドとハムザの会話を覚えているだろう?」
確かに、彼らも母国語アラビア語で話す時、まるで喧嘩をしているのではないかと思うくらい激しい話し方をしていた。じゃあそうなんだろう、と私も一旦深呼吸。
しばらくすると、運転手は元来た道へと戻り始めた。集落を出て、アスファルトが無くなった地点へと戻る。彼は英語が堪能ではなかったので、車内で唯一フランス語を知っている私と彼で会話をすることになった。(モロッコの公用語はアラビア語とフランス語である。でも人によってはフランス語が通じない場合もあった)
どうも、この集落もその目的地へとは繋がっているが、一度入ると迷うので、反対側の国道へ戻ってそちらから入るといいらしい。そしてAirbnbのオーナーによると、どうもフィが言っている住所というのは予約する前に送られる大まかな住所の方だったらしく、ちゃんとした住所はその後にちゃんと送られていたということだった。
フィにそのことをやんわりと伝えると、彼は真顔でうん、とだけ言った。
(この辺りから私はフィがスマホに慣れていないということと、地図を読むのが不得意であること、謝ることが苦手であるということを知る。モロッコによく旅行をするとはいっても彼に多くを任せる姿勢でいたのは良くなかったと私も反省した。幸いにも、このフィの性格は私の実の父と性格がよく似ていたので、私はこういう場合どういう対応をしたらいいかよく知っていた。すなわち、「気楽な話題へと変える」の一択である笑)
ワータは私のその考えを全て見据えてか、こちらを見て笑っていた(笑)
(この旅の一週間、なんとか喧嘩なしに3人で楽しむことに集中することができたのも、このワータのふわふわした気楽さがあったからこそと思う)
なんとも不安の募る旅行の始まりだったが、その後私たちは無事滞在先について、マラケシュもその後二日間しっかり堪能することができた。
ただ反省点としては、滞在先は買い出しや移動に時間がかかるから市内のものを予約した方がいいと思う。とても美しい場所ではあったけども!!



私たちが行った時期は多分オフシーズンで、一泊£53ぐらい(約11,298円)、3人で割ると3000円くらいだった。
街から離れていてもいい(車で40分!)、ゆっくりしたいという興味のある人はぜひ。オーナーはとてもいい青年で、買い物使いもしてくれたりした(買い物代金を渡して、その値段15%くらいのチップを渡した)。
モロッコでの学び1 現金チップ
モロッコでは何事をするにも、現金チップが必要になってくる。
何かしてもらったなら10~20DH(130~260円)のチップを渡す。逆にいうと、頼んでなくてもチップ目当てに(or結果的に)何かしてくれようとしてくる人もいるから注意。善意がないわけではないが、お金が人の行動のかなり重要な動機となっている。これについては次回スキャムの蔓延る街フェズの記事でより明らかになるだろう…。
モロッコでの学び2 エアコンのマーク
モロッコの建物は中がひんやりとしていて気温が下がるようにできているらしい。12月に訪れたのもあって、私たちの滞在先は夜とても冷え込んだ。ベッドには薄い毛布一枚のみ。エアコンでどれだけ温度を上げても冷たい風しか流れてこない。こりゃどうしたものかと思っていると、エアコンに太陽マークと雪のマーク、そして雫の結晶のマークがあるのを発見した。試行錯誤の結果、太陽マークは暖房、雪の結晶マークは冷房、雫マークは除湿(なんかカラカラした風が出てきたから多分そう)ということがわかった!
とりあえず助かった。
もしモロッコでエアコンを使うことがあればぜひ思い出してください笑
追記;このマークについて調べてみると、モロッコだけではなく中国やヨーロッパでも使われているマークとのこと。イギリスもフランスも、セントラルヒーティングの発達した国なので、私は今まで見たことがなかった。
サラームアレイコム!|ジャマ・エル・フナ広場
ここからはマラケシュの市内の様子や食べ物などを写真ベースで紹介したい。

イスラム教徒以外は中に入れないので外から眺める

ヘビ使いや猿使いがいて、肩に乗せてこようとするので遠巻きに鑑賞(笑)
遠巻きでも写真をとっていることがバレるとお金を要求されるので注意。
この空間全体が世界無形文化遺産に認定されている。

朝だったので、まだ人が少なかった。
ちなみに、東アジア人は私以外誰もおらず、だからだろう、
大道芸人たちは私をみるとジャッキーチェーンと声をかけてきた(笑)
悪意がないのは表情からわかったので、笑っておいた。

全ての色がすごい鮮やか。

ちなみにマラケシュは、赤い街とも呼ばれている。全ての建物がほんのりピンクだった。

ポットに砂糖の塊を一つか二つ入れて、コップに注ぐ。
それをまたコップからポットに戻し、その行為を2.3度繰り返す。
コップに注ぐときポットの位置が高ければ高いほど、
相手をより歓迎している、ということになるらしい。


レストランの中にも猫がいた。店員さんに聞くと、彼の猫だということだった。
どこからが彼の猫で、どこからが店の猫となるのだろう?
モロッコでの学び3 挨拶
挨拶はアラビア語でするといい。
やっぱりどの国でもその国の言葉で挨拶すると、対応が違う。
サラームアレイコム(あなたの上に平安がありますように)
「こんにちは」をいうタイミングで使う。もしくは去り際に。
これを言われて返す時は、順序が変わって「ワ・アレイコムサラーム(そしてあなたにも平安を)」となる。
シュクラン(ありがとう)
ありがとう、という意味で使うことがほとんどだが、日本語や英語と同じで(真顔で)ありがとうと言って何か断る時にも使うことができる言葉。
値段交渉の戦い|マラケシュのスーク
朝ごはんの後、私たちは細い道の入りくむマーケット(スーク)へと向かった。
ちなみに、食べ物は全て食通のワータが調べてきてくれていた。私は綺麗な場所をいくつか調べてきていたので、時間的に行けそうな場所を提案することに。フィはというと、方向にあまり強くないことが後半になってわかってきたので、私たちについてくることになった(笑)
ただし、フィには別にものすごい能力があることがこのスークで明らかになった!





道を挟んだ別の店に座っている人が、実はこの店の店主だったなんてことも。

ピスタチオやナッツ、アーモンド、デーツなどの味が並んでいた。


ちなみに、モロッコのドアには複数のドアノッカーがついていることが多い。
イスラム教の国であるから誰がノックしているかによって出ていける人が変わるためだという。
例えば、家族用ノッカーが使われたら女性でも気楽に出ていける。来客用ノッカーなら男性もしくは正装した女性が出る。そしてもう一つはロバや馬、ラクダなどに乗った人用の高い位置にあるドアノッカー。




フィが持っていた能力。
それは、値段交渉スキルであった。
モロッコでの学び4 (フィによる実践的値段交渉研修より笑)
値段交渉は、チャクラのぶつかり合いである。もしくは念、タオの削りあいともいえる(笑) 要するに、精神力の試されるものなのだ。これを既にマスターしていたのがフィだった。ここではフィの値段交渉術を紹介したい。
- 買いたい物を見つけたら、その物ではなくその周辺の物から値段を聞いていく(自分が何を欲しがっているのか相手に悟らせない。相手に自分が本当に欲しているものを悟られると交渉において不利になるからである)
- 観光客に対してはとても高い値段から交渉が始まるため、相手に提示された値段の5~6割減でなければ買わないという強い意志を持つ
- なのでまずは提示された値段の半分から交渉を開始すべし
- その上で無理だと言われたら一旦その場を立ち去る
- もし店として可能な値段なら立ち去るのを止めてくる
- もしくは現地の人々が買っていく値段を盗み聞きしておいてその値段で交渉する
これらのスキルと恐るべき忍耐力でフィは私たちの買い物において凄まじい値切りをしてくれた。おそらくフィがいなかったら全ての値段が6割増もしくは7割増していたに違いない。
でもここでとても興味深かったのが、値段交渉後のフィの行動。私とワータの買い物を大幅に値切った後(例えば8割減など)には必ず、そのお店の人に「ミントティでも飲んでくれ」とその商品の2割くらいにあたるチップを渡していたのである。
そうすると店の人はとっても感謝をし、その後店の奥からとってきた小さなキーホルダーなどをプレゼントしてくれたりした。ほとんどの値段が平等に定まっている国(日本やイギリス)から来た身としては、理解が難しかったのと同時になんとも心温まる気持ちになった。
フィは言った。
「私の出身地パキスタンでもこんなマーケットはたくさんあってね。値切りは得意なんだ。でも値切るだけじゃ駄目なんだよ。うんと値切れるまで値切って、そうして交渉が成立した暁には、値切った値段のうちのちょっとを還元する。それがあるからこそ、罪悪感なく真剣に値切れるのさ。これがthe art of bargaining(値切り交渉)なんだ」
激しい値段交渉の戦いの後のちょっとした礼儀について、私は初めて知ったのだった。
本記事はここまで。
次回はモロッコ記事#2(まだマラケシュです笑)として、ワータおすすめの食べ物や、マドラサ(イスラム神学校兼ボーディングスクール)や宮殿について書く予定です。
本当は一つの記事でモロッコ旅行について書き終える予定でしたが、書いていると長くなる長くなる…。しばらくモロッコにお付き合いしてくださればと思います。
モロッコの後は通常通りイギリスでの今の生活やモロッコの後に行ったレイクディストリクトへの旅行についても書く予定です。お楽しみに!
私はnoteで好きなことを気ままに書いている関西人。現在はイギリスに住んでおり、日々感じたこと・詩や創作・言語の話などの柔らかい話は「きき」が、イギリス院留学・イギリスで参加したイベントなどの形のある話は「KIKI」が書いています。気楽にどんどん書いていく予定ですので、ぜひまた立ち寄ってくだされば、とてもとても嬉しいです。
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