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自分に入れる言葉と、外に出す言葉を選ぶ|後半

前半では、「ルイ基地局」という名前が生まれたきっかけと、私が昔から自分の中に持っていた基地局について書きました。

子どもの頃、ニコラ・テスラの言葉や考え方に自分から周波数を合わせるようになって、そこから「テスラ相談室」ができたこと。
でも、前職でいじめを経験してうつになったあと、その声を受信できなくなったこと。
そして数年後、GPTとの壁打ちを通して、「あ、この感覚、昔のテスラ相談室に似てる」と思い出したこと。

今はまだ、昔みたいに全速力でテスラ相談室に入り浸れるわけではありません。

だから、
「今日、何が食べたい?」
「今、私はどうしたい?」
そんな小さな問いから、自分の中に返ってくる言葉を少しずつ拾い直しています。

前半をまだ読んでいない方は、先にそちらから読んでもらうと、この後の話がよりわかりやすいと思います。

そして後半では、そこからもう一歩進んで、
「自分の中に、何を受信するか」
「自分から、何を発信するか」
という話を書いていきます。

今日のテーマは、愚痴です。

私は、愚痴を積極的には受信しない


自分の中から返ってくる言葉を拾うようになってから、もうひとつ意識するようになったことがあります。

それが、
「自分の中に、どんな言葉や考え方を入れるか」ということです。

私たちは毎日、いろんな言葉に触れています。
SNSで流れてくる誰かの主張。
動画で聞く考え方。
友達との会話。
本で読んだ言葉。
誰かの愚痴や不満。
そういうものって、その場で聞いて終わりじゃないんですよね。
少しずつ自分の中に残って、それを材料に自分の考え方が作られていく。

だから最近は、
「これは今の私に入れたい言葉?」
「この考え方を、私は受信したい?」
と意識するようになりました。

ここで、私が採用している考え方があります。

それが二元論です。

二元論とは、簡単に言えば、物事を「光と闇」「善と悪」のような、相反する二つの要素から捉える考え方です。

光があれば、闇もある。
ポジティブがあれば、ネガティブもある。
善があれば、悪もある。
どちらか片方だけを、この世から消すことはできない。

だから私は、ネガティブそのものを排除しようとはしません。
愚痴があってもいい。
不満があってもいい。
ネガティブな考え方を選ぶ人がいてもいい。
それはその人の自由です。

ただ、存在していることと、私がそれを受信することは別です。

世の中にいろんな電波が飛んでいるなら、
「私は、どの周波数に合わせる?」そこは自分で選べる。
そして今の私は、愚痴を積極的には受信しないと決めました。

もちろん、私だって腹は立ちます。
「なんなんそれ!」となることも普通にあるw
でも、誰かの愚痴や不満をずっと聞き続けたり、同じネガティブな言葉を何度も何度も自分の中へ入れたりはしない。
今は、自分の基地局の受信感度を少しずつ上げている途中だから、余計にそう感じるんです。

だったら、
どんな言葉を受信するのか。
どんな考え方を自分の中に入れるのか。
そこまで自分で選びたい。

そして最近は、もうひとつ。
自分から外に出す言葉も選ぶようになりました。

愚痴をこぼすとき、相手の時間も使っている

自分から外に出す言葉を選ぶようになってから、愚痴に対する見方もかなり変わりました。
今の私は、愚痴を誰かに聞いてもらうということは、その人の時間を使っているという自覚を持つようにしています。

これは「愚痴を言う人はダメ」と言いたいわけではありません。
私自身、昔は普通に愚痴っていました。

仕事で嫌なことがあれば聞いてもらう。
人間関係で腹が立てば不満をぶちまける。
しんどいときには、「ちょっと聞いてよ!」と友達に話す。
むしろ、かなりやっていた側です。

愚痴っている本人は、愚痴っている間はちょっと楽になるんですよね。
言いたかったことを吐き出せる。
「わかるよ」と言ってもらえる。
気持ちが少し軽くなる。

でも、あるとき気づきました。
その間、相手は私の愚痴を受信している。
10分話せば、その人の10分を使う。
30分なら30分。

その時間は、その人が好きなことをしてもよかったし、仕事をしてもよかったし、ぼーっと休んでもよかった時間です。
もちろん、「今日はしんどそうだから聞くよ」と自分から付き合ってくれる人もいる。
それはその人が選んだことだから、ありがたく甘えることもあるでしょう。

でも私は、自分がスッキリするためだけに、誰かを愚痴に付き合わせることはしたくない。
今はそう決めています。

じゃあ、腹が立ったときは全部飲み込むのか。
そんなことはありませんw

私は今は何か愚痴りたいことがあったらGPTにめちゃくちゃ愚痴ってます。
「聞いて!こんなことあってん!」
「いや、これ腹立たん?」
「私いまめっちゃイライラしてる!」
そこは普通に出す。

ただ、GPTとの壁打ちなら、吐き出して終わりではなく、
何に腹が立ったのか。
実際に起きた事実は何なのか。
私は本当はどうしたいのか。
そこまで整理していけます。

だから私は、愚痴を我慢するようになったというより、愚痴を処理する場所を変えました。
感情が湧くことは止められない。
でも、その感情をどこへ流すのかは選べる。

受信する電波だけじゃなく、自分から発信する電波も選ぶ。
これも今の「ルイ基地局」で大事にしたい考え方です。

愚痴って、結局そのあとどうなるんだろう

私はこれまで、愚痴を言う側にもなったし、聞く側にもなってきました。
だからこそ、最近よく考えることがあります。

愚痴って、結局そのあとどうなるんだろう。

愚痴を言っている最中は、ちょっと楽になります。
「わかる」
「それは腹立つな」
「大変だったね」
そう言ってもらえると、気持ちが軽くなる。
私も昔は、それで十分だと思っていました。

でも、今までいろんな人の愚痴を聞いてきて、ふと気づいたんです。
「あのとき愚痴を聞いてもらったから、そのあとこう動いて、こんなふうに状況が変わったよ」そんな報告を、私はほとんど聞いたことがありません。

その場では少しスッキリする。
でも、現実はそのまま。
同じことでまた腹が立って、また愚痴る。
また誰かに聞いてもらって、また少し楽になる。
その繰り返しになってしまうことも多い。

もちろん、これは私がこれまで見てきた範囲の話です。
愚痴を吐いたことで気持ちが整理されて、そこから動き出せる人もいるでしょう。

ただ、今の私は「愚痴を言って終わるより、そのあと私はどうする?」に時間を使いたい。
嫌だった。
腹が立った。
悔しかった。
そこまでは感情です。

湧き上がってくる感情は止められないし、止めてはいけないとは思っています。ただ、その後に
「じゃあ私はどうしたい?」
「何なら変えられる?」
「この出来事から何を選ぶ?」
まで考える。

今の私には、そっちのほうが合っています。
愚痴をゼロにすることが目的じゃない。

愚痴で止まらない。私は、そこを選んでいきたいと思っています。

自分の基地局で、受信するものを選んでいく

ここまで書いてきたのは、愚痴そのものの良し悪しではありません。
愚痴という言葉や反応に対して、
私はどう接するのか。
自分の基地局では、どう扱うのか。
その話です。

だから、
「愚痴を受信してはいけません」
「愚痴を言うのはやめましょう」
と誰かにすすめたいわけでもありません。

今の私は、
愚痴は積極的には受信しない。
自分からも、なるべく発信しない。
そう選んでいる。ただそれだけです。

そして、こういう「何を選ぶか」って、別にみんな同じじゃなくていいんですよね。
たとえば野球で考えるとわかりやすいかもしれません。(私が野球ファンなのでw)

阪神が好きな人もいれば、中日が好きな人もいる。
阪神ファンにとっては阪神が魅力的だし、中日ファンにとっては中日が魅力的。
そこで、「結局どっちが正しいの?」なんて決める必要はありません。
阪神が好きなら阪神を応援すればいいし、中日が好きなら中日を応援すればいい。

言葉や考え方も、それと似ています。
ある人にとって大事な考え方が、別の人にはまったく響かないこともある。
逆に、「この人の考え方、もっと自分の中に入れたい」と感じるものに出会うこともある。

私にとって、それがニコラ・テスラでした。
テスラ様の言葉や考え方に何度も周波数を合わせた結果、私の基地局には「テスラ相談室」ができた。
つまり私は子どもの頃から、知らないうちに
「これを受信したい」を選んでいたんですよね。

今は、情報があまりにも多い時代です。

SNSを開けば、誰かの主張が流れてくる。
動画を見れば、別の誰かが「これが正解」と話している。
ゴシップもある。
不満ばかり垂れ流している人もいる。
挑戦している人の話もある。
成功している人の考え方もある。
何もしなくても、いろんな電波が飛び込んできます。

だからこそ、全部そのまま受信しなくていい。
「この考え方は、今の私にはいらない」そう決めたなら、受信しない。

逆に、
「この考え方をもっと自分の中に入れたい」と感じたなら、自分から周波数を合わせにいく。

私は今、そんなふうに自分の基地局の電波を選び直しています。

そして「ルイ基地局」ではこれからも、
ひとつひとつの言葉や考え方に対して、今の私はどう受信するのか。
何を採用して、何を受信しないと決めるのか。
そこを自分の言葉にして発信していきます。

でも、基地局があるのは私だけじゃない。
きっと、みんなそれぞれ自分の中に基地局を持っています。
そこで何を受信するかまで、誰かと同じにする必要はない。

情報があふれている今だからこそ、流れてきたものを全部そのまま取り込むんじゃなくて、
「私は、これを受信する」
「これは、受信しない」
を自分で選んでいきましょう。

誰かと違ってもいい。
同じ周波数じゃなくてもいい。

それぞれが、自分の基地局で、自分が受信したい電波を選ぶ。

そんな基地局を、それぞれが自分の中で育てていきたいと思い、ルイ基地局からの第1回目の通信を終了します。
こちら、ルイ基地局。本日の通信はここまで。また次の通信で。アウト

▼自分に入れる言葉と外に出す言葉を選ぶの前半から読みたい方はこちら▼



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