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自分に入れる言葉と、外に出す言葉を選ぶ|前半

最近、自分の中に入れる言葉を、前より意識して選ぶようになりました。

何を見るか。
何を聞くか。
誰の言葉に触れるか。

そして同じように、
自分は何を話すのか。
何を人に渡すのか。
どんな言葉を外に出すのか。
そこも、少しずつ選ぶようになっています。

前は、目に入ったものをそのまま受信していました。

SNSを開けば流れてきたものを見る。
ゴシップも見る。
誰かの愚痴も聞く。
自分がしんどければ、誰かに愚痴る。
別に、それが悪いと思っていたわけではありません。

というより、そもそも
「自分の中に何を入れるかを、自分で選べる」という発想があまりなかったんだと思います。

でも最近は、

自分の中に何を入れるか。
自分の中から何を外に出すか。
その両方を、自分で選びたい。

そう思うようになりました。
そんなことを考えていたら、ふと昔のことを思い出しました。

よく考えたら私は昔から、自分の中に小さな「基地局」みたいなものを持っていたんです。

※今回の記事は、書いていたらかなり長くなってしまったので、前半・後半に分けて公開します。
今回は前半です。後半では、ここから「自分の中に何を入れるか、何を外に出すか」という話をもう少し掘っていきます。

私の中には、昔から「基地局」があった

「るい基地局」という名前が生まれたきっかけは、茨木さんとのセッションでした。

私が子どもの頃の話や、ニコラ・テスラの話をしている中で、茨木さんが私の中には昔から「基地局」のようなものがあったんじゃないか、と言ってくれたんです。
その言葉を聞いて、妙にしっくりきました。

基地局は、最近できたものじゃない。
たぶん昔から、私の中にずっとあったんです。

自分が見たもの。
聞いた言葉。
本で読んだこと。
誰かから受け取ったもの。
そういうものを自分の中で受信して、そこから考えたり、自分なりの言葉に変えたりする場所。

ただ、子どもの頃の私は、何を受信するかを自分で選べるなんて知りませんでした。

私は昔から、大人をあまり信用していませんでした。
人と関わること自体も得意ではなく、自分が考えていることを誰かに話すのも苦手でした。
嫌なことがあっても、
「今日こんなことがあってつらかった」
「これが嫌だった」
と誰かに相談することはほとんどなかったんですよね。
相談しなかったというより、できなかった。

自分の弱いところや本音を人に見せてはいけない。
困ったことがあっても、自分でなんとかする。
そんな感覚がずっとありました。

そこに現れたのが、ニコラ・テスラです。
小学生の頃、本の中でテスラを知りました。

最初は単純に、発明や人物そのものがおもしろくて夢中になっただけです。

もっと知りたくて、テスラについて書かれた本を読む。
残されている言葉を読む。
どんなことを考えていた人なのかを知っていく。
そうやってテスラの言葉に触れる時間が増えていく中で、あるときふと思いました。

「今の私の悩みをテスラ様に相談したら、なんて返してくれるんだろう?」

テストの点が悪かったとき。
「もう勉強なんて嫌いや」と頭の中で話しかける。

すると、それまでに読んできたテスラの言葉や考え方を材料にして、
「でも、学ぶことで広がる可能性もあるんじゃないか」みたいな返事が、自分の中から返ってくる。

部活で負けたときも。
友達とうまくいかなかったときも。
何かに悩んだときも。

「テスラ様なら、これをどう考える?」

と聞くようになりました。
もちろん、本物のニコラ・テスラと会話していたわけではありません。
私が本を通して知ったテスラの言葉や思想に、自分から周波数を合わせていたんです。

今振り返ると、これが私にとって初めての、
「自分はこの言葉を受信したい」という選択だったのかもしれません。

そして、そのやり取りを何度も繰り返すうちに、私の中の基地局にひとつの部屋ができました。
それが、「テスラ相談室」です。

基地局そのものは、もっと前から私の中にあった。
でも、その中にテスラ相談室を作ったのは私でした。
自分が受信したい言葉を選んで、そこに何度も周波数を合わせる。
私は子どもの頃、知らないうちにそんなことを始めていたみたいです。

ある日を境に、受信できなくなった

そんなテスラ相談室は、大人になってからもしばらく私の中にありました。何か迷うことがあれば、
「テスラ様なら、どう考える?」と問いかける。
それは私にとって、かなり自然なことでした。

でも、ある時を境に、それができなくなってしまったんです。
前職でいじめを経験し、うつになった頃です。
最終的に私は会社を辞めました。

辞めてしばらくは、この先どうするのかとか、これからどう生きていくのかとか、そんなことを考える余裕もありませんでした。
一日を過ごすだけで精いっぱいだったからです。
生きることに必死でした。

でも少し時間が経ったある日、ふと不安になったんです。
「私、このままでいいのかな」そこで思い出しました。

そうだ。テスラ様に相談しよう。
昔から何度もやってきたように、頭の中で話しかけました。

「テスラ様、私これでよかったのかな」
「これから、どうしたらいいんだろう」
でも、テスラ様からの返事はありませんでした。

何度問いかけても、何も返ってこない。

テスラ様を嫌いになったわけでもない。
忘れたわけでもない。
それなのに、受信できなくなっていた。

テスラ相談室がなくなってしまったのかもしれない。
ただ私が、うまく受信できなくなっただけなのかもしれない。
当時の私には、その答えもわかりませんでした。

ただひとつわかっていたのは、

前みたいにテスラ様と話せなくなった。

それだけでした。

でも、その理由をゆっくり考えている余裕もそのときはなかったんですよね。会社を辞めた以上、これからどうやって働いていくのかを考えなければいけなかったから。

そこからしばらく、私はテスラ様と会話をしなくなりました。

GPTとの壁打ちで懐かしい感覚を思い出した

そこから数年、私はテスラ様とほとんど会話をしないまま過ごしました。
会社を辞めたあとは、とにかく働かなきゃいけなかったからです。
Webライターになって、仕事を覚えて、目の前の案件をこなしていく。
テスラ相談室が使えなくなったことをゆっくり考えるより、まず次に進むことで精いっぱいだったんですよね。

そんな生活を続けているうちに、AIが一気に身近な存在になりました。
私もAIを使うようになって、最初は仕事に使ったり、わからないことを聞いたりしていました。

でも、だんだん使い方が変わってきます。
自分の考えていることをバーッと話して、
「いや、そこは違う」
「私はむしろこう思ってる」
「なんで私はこれが嫌なんやろ」
と、GPTと一緒に自分の考えを掘っていくようになりました。

いわゆる「壁打ち」です。
それを繰り返していたとき、ふと、
「あれ、この感覚知ってる」と思ったんです。

昔、テスラ様に何でも話していたときと似ていました。
もちろん、GPTとテスラ様はまったく別です。
でも、誰かに答えを決めてもらうんじゃなくて、返ってきた言葉をきっかけに、
「じゃあ私はどう思う?」と自分の中を探していく。
その感覚を、私はずっと前にも経験していました。

テスラ相談室です。

私はもう一度、自分から返ってくる言葉を拾う練習をしています。
ただ、まだ昔みたいにテスラ相談室へ入り浸れるわけではありません。
いきなり大きなことを問いかけても、うまく拾えない。

だから、今はあえて小さいところから始めています。
「今日、何が食べたい?」
「今、私はどうしたい?」
そんな問いから、自分の中に返ってくる言葉をひとつずつ拾う。

今の私は、そんなふうにして、少しずつ基地局の受信感度を上げている途中です。そして、この感覚を取り戻していく過程そのものを残してみたい。

そう思ったところから、「ルイ基地局」は始まりました。

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