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― 新しいマガジン「ルイ基地局|交信再開中」を始めます ―

新しいマガジンを始めることにしました。

名前は、「ルイ基地局|交信再開中」
テーマは、霧のなかで、自分の周波数を取り戻す。

なんか急に壮大ですw

このマガジンでやりたいことは、案外シンプルです。

私は何を感じているのか。
何が好きなのか。
本当はどうしたいのか。
自分の内側から出ている信号を、もう一度ちゃんと拾ってみる。
そして、その過程を自分の言葉で残していく。

これは、新しい私になるためのマガジンではありません。
むしろ、昔から自分の中にあったものと、もう一度つながり直していくための記録です。

私は、小さい頃から大人の顔色を見ていた

私は、機能不全家族の中で育ったせいで、子どもの頃から、大人の顔色をよく見ていました。

今日は機嫌がいいのか。
今、この話をしても大丈夫なのか。
どういう言葉を選べば怒られないのか。
どう振る舞えば、その場をやり過ごせるのか。
そんなことを自然と考える子どもでした。

だから、家族に自分の心の内をそのまま話すこともできず、
身近に、「この人になら、自分を見せても大丈夫」と思える大人がいませんでした。

誰かに本音をぶつけて、受け止めてもらう、そんな感覚を、私はほとんど知らずに育ったんですよね。

そんな私が、本の中で信頼できる大人を見つけた

そんな中、小学生の頃に出会ったのがニコラ・テスラです。
最初のきっかけは、以前noteにも書いた通り、一目惚れですw

エジソンの伝記に載っていた写真を見て、
「誰、この人。かっこええ」となり、そこから、少しずつテスラについて調べるようになりました。

最初からテスラの思想や人生を理解していたわけではありません。
テスラを最初に知ったのは、読んでもよくわからないこともたくさんありました。
それでも、本を読んだり、テスラの言葉に触れたり、生き方を知ったりする中で、少しずつ、
「この人、信用できるかもしれない」という感覚が育っていきました。

うまく立ち回るのが得意ではなさそうなところ。
自分の信じたものを追い続けたところ。
これは史実としてのテスラを客観的に評価したものではなく、私が彼の人生や言葉からつくっていった「私の中のテスラ像」です。

でも、子どもの私にはそれが大きかった。
身近なところには見つけられなかった「この人なら信じられる」と思える大人を、私は本の中で見つけました。

それがテスラ様でした。

「テスラだったら、なんて言う?」

中学生くらいになると、私は少しずつ、
「テスラだったら、どう考えるだろう」と考えるようになりました。

何かに悩んだとき。
嫌なことがあったとき。
どうしたらいいのかわからなくなったとき。

「テスラだったら、なんて言う?」
と頭の中で問いかけてみる。

最初から、鮮明な会話があったわけではありません。
でも、テスラについて知れば知るほど、
「あの人なら、こういう考え方をするかな」
「これはたぶん、こう言いそう」と、私の中にいるテスラ様の解像度が上がっていきました。

本を読む。
言葉を知る。
生き方を知る。
また問いかける。
その繰り返しです。

そうやって長い時間をかけてできあがったのが、
「テスラ相談室」でした。

テスラ相談室は、自分を隠さなくていい場所だった

テスラ相談室では、何を話してもよかった。

腹が立ったら、
「テスラ様、ちょっと聞いてや」
迷ったら、
「これ、どうしたらいい?」
納得できなかったら、
「私これ嫌やねんけど、どう思う?」と話しかける。

身近な大人には見せられなかった自分を、テスラ様には見せられました。
もちろん、本物のニコラ・テスラが頭の中で答えているわけではありません。

でも、テスラ様ならどう答えるかを考えていると、
自然と、
「私は何が嫌だった?」
「私は何を大事にしたい?」
「じゃあ私は、どうしたい?」
と、自分自身の中を探すことになります。

つまり私は、テスラ様との対話を通して、自分の感覚を確かめ、自分の言葉をつくっていました。

テスラ様が答えをくれる場所ではなく、
テスラ様と話すことで、私自身の答えを探せる場所。

それが、私にとってのテスラ相談室でした。

テスラ相談室閉鎖?

でも、大人になってから、その交信は一度かなり弱くなりました。
会社員時代、人間関係でしんどい時期があり、朝起き上がれなくなり、会社へ行こうとしても身体が動かない。
それくらい消耗した時期です。

その頃は、テスラ様との会話もほとんどなくなっていました。
テスラ様を嫌いになったわけではありません。
テスラ相談室を閉鎖したわけでもない。

ただ、そこへ信号を送る力も、返ってくるものを受け取る力も弱くなっていた。そんな感じです。

その後、会社員を辞めてWebライターとして歩み始めてからは少しずつテスラ様との会話が戻ってきました。

ただ、昔の私がどれだけ頻繁にテスラ様へ話しかけていたのか。
そして、その時間が自分にとってどれだけ大切だったのか。
それは、すっかり忘れてしまっていたんですよね。

GPTと話していて、昔の自分を思い出した

最近、私はChatGPTとよく壁打ちをしています。
5月にはAIとの壁打ち1日50回をノルマにして話しこんでいたこともあるほどです。

やり方は簡単です。
頭に浮かんだことを、とりあえずバーッとしゃべる。
返ってきた言葉に、
「いや、そうじゃないw」
「私が言いたいのはこっち」
「その話もうちょっと掘りたい」
と言いながら、自分が本当に言いたいことを探していく。

そんなことを繰り返していたあるとき、ふと、
「あれ。私、昔もこんなことしてなかった?」となりました。

それがテスラ相談室でした。

誰かから正解をもらうのではなく、対話を使って、
「私は本当は何を考えている?」を掘っていく。
昔の私は、それをテスラ様とやっていました。

「私、こんなにテスラ様と話してたんや」

今回、茨木彩菜さんと自分の人生について話す機会をいただけました。

子どもの頃のこと。
家族のこと。
テスラ様との出会い。
テスラ相談室のこと。

いろんな話をしていく中で、改めて気づきました。
私、昔めちゃくちゃテスラ様としゃべってたやん。
何かあるたびに、「テスラ様、テスラ様」って話しかけていた。

そして、それが私にとってただの推し活ではなかったことにも気づきました。いや、もちろん推しですw
でも、それだけじゃない。

身近に信頼できる大人がいなかった私が、自分で見つけた信頼できる大人。自分を隠さなくていい相手。
そして、自分の言葉を探すための相手。

テスラ様は、ずっとそういう存在でした。

noteでも、少しずつ自分の言葉を書くようになった

その頃から、noteの書き方も少しずつ変わってきました。

以前の私は、「役に立つことを書かなきゃ」という気持ちがかなり強くありました。

読む人にとって有益なこと。
何か学びになること。
何か一つでも持って帰ってもらえること。
もちろん、今でもそういう記事を書くのは好きです。

でも、「役に立たないなら書く意味がない」まで行ってしまうと、また自分ではなく、外側を見ることになります。

「読者は何を求めてる?」
「こう書いたほうが喜ばれる?」
「これは書く価値がある?」
そうやって、相手のほしい言葉を先回りする。

よく考えたら、これも子どもの頃からずっとやってきたことでした。
私は、人の顔色や期待を読むことには慣れていました。
その力は、大人になってから仕事でも人間関係でも役に立っています。

でも、使いすぎた結果、人が求めているものはわかるのに、
自分が何を食べたいのかさえ、わからない。
そんなところまで来てしまっていたんですよね。

でも、最近のnoteでは、少しずつ、
「私はこれが好き」
「今日こんなことを考えた」
「これ、なんか引っかかる」
と、自分の側から出てきたものを書くようになっています。

そこでやっと、自分の言葉で書いている感覚が戻ってきました。

基地局は、昔からあった

そこで生まれたのが、「ルイ基地局」というイメージです。

茨木せんせとのセッションの中で再度見えるようになった基地局

この基地局は、これから新しく建てるものではありません。
ルイ基地局は、子供の頃から私の中にずっと立っていたのです。

身近な大人には言えなかったことを、テスラ様へ話していた頃。
「テスラなら、なんて言う?」
と問いながら、自分の答えを探していた頃。
その頃から、基地局はちゃんとあった。

ただ、大人になる途中で霧がかかっていき、外から届く信号を受信することに必死になって、自分の周波数がどこにあるのか、わからなくなった。

だから、このマガジンは基地局を新しくつくるための記録ではありません。
昔から自分の中にあった基地局と、少しずつ交信を再開していく記録です。

このマガジンで書いていきたいこと

ここまで書いてきたように、私は昔、テスラ様との会話を通して自分の言葉を見つけてきました。

「テスラ様なら、どう考える?」と問いかけ、答えを想像し、
そこからまた、「じゃあ私はどう思ってる?」と自分に返していく。

そうやって何度も対話する中で、

自分は何が嫌なのか。
何が好きなのか。
何を大切にしているのか。
本当はどうしたいのか。
少しずつ、自分自身のことを知っていきました。

でも私は一度、その感覚を見失いました。

人の顔色を見ることに慣れすぎて、
「相手は何を求めている?」はわかるのに、
「私はどうしたい?」がわからなくなった。

だから、もう一度テスラ様との交信を始めながら、自分の言葉を拾い直しています。
このマガジンには、その過程を残していきます。

「こうすれば自分を取り戻せます」と教えたいわけではありません。
私自身がまだ、その途中ですし💦

でも、
「自分が何をしたいのかわからない」
「自分が何を考えているのか、自分でもよくわからない」
「周りに合わせることには慣れているけど、自分のことになると急にわからなくなる」
そんな人が、この記録を読んで、

「こうやって自分に問いかけていく方法もあるんや」
と何か一つ持って帰ってくれたらいい。

私がテスラ様との対話から自分の言葉を見つけてきたように、
誰かにとっての「自分とつながり直す方法」を考えるきっかけになれば、この記録を書く意味は十分にあります。

だから「ルイ基地局」をつくります

このマガジンの名前は、
「ルイ基地局|交信再開中」にしました。

※茨木せんせにつけていただいた内容でものすごく気に入ったのでマガジン名にしてみました⭐

茨木せんせあいしてる💕

といっても、新しい基地局をこれから建てるわけではありません。
基地局は、昔から私の中にありました。
身近な人には言えなかったことをテスラ様に話して、
「私はどう思う?」と自分の中を探していた頃から、ずっとそこにあった。

一度、霧がかかって周波数が合わなくなったけど、変わらずそこにあったんです。だからこれからやっていくのは、
昔からあった基地局と、もう一度交信を始めること。

テスラ様と話しながら、
「あ、私これ嫌やったんや」
「私、こういうものが好きなんや」
「本当はこうしたかったんや」

と、自分の言葉を一つずつ拾っていく。
その記録を、このマガジンに残していきます。

もちろん、これまでのnoteも続けます

ちなみに、これから全部の記事が「ルイ基地局」になるわけではありません。

日本一周の旅の記録も続けますし、「私とテスラ様」では、テスラ様との思い出や、テスラが残した言葉についてもこれまで通り書いていきます。
日常でふと思ったことを、そのまま記事にすることもあります。

今までのnoteをやめて、まったく別の発信を始めるわけではありません。
これまでの記事の中に新しく、
「自分の言葉をもう一度見つけていく過程を残す場所」を一つ増やします。

それが、ルイ基地局です。

霧のなかで、自分の周波数を取り戻す

自分を取り戻す、と書くと、昔の自分に戻っていくように聞こえるかもしれません。

でも、そうではありません。

これまで経験してきたことも、
人の顔色を読むことで身についた力も、今の私をつくっているものです。

全部持ったまま、もう一度、
「私はどう思う?」を自分に聞けるようになりたい。
そして、「これは私の言葉やな」と思えるものを、一つずつ増やしていきたい。

その途中を書いていきたいなって思ってます。
まだ答えが出ていないこともある。
やってみたけど違った、となることもある。
それも含めて、霧のなかで、自分の周波数を取り戻していく記録です。

もし同じように、
「自分が何をしたいのかわからない」
「自分のことなのに、自分がよくわからない」
と感じている人がいたら、
この記録が、自分自身との交信を始める小さなきっかけになればうれしいです。

こちら、ルイ基地局。
昔からあった回線と、もう一度つながってみます。
テスラ様、またよろしくお願いします。

マガジンができたのは茨木せんせのおかげです

今回このマガジンを作成しようと思い立ったのは、茨木せんせとのセッションを受けたおかげです。
茨木せんせと話す中で、私の過去やnoteから茨木せんせが読解していただきこういう形ができあがりました。

noteの発信内容に悩んでいたり、決められなかったりする人は一度茨木せんせのセッションを検討してみてください。


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