83.7% ― 公務員の退職手当にまつわるマジックナンバー
前回、「公務員は退職手当をライフプランに組み込むべき」という記事を書きました。
条例に支払義務があること、官民均衡の調整も一巡していること。
それらを理由に、私自身は退職手当を試算に入れていると書きました。
その考えは今も変わりません。
ただ、前回の記事には書かなかったことがあります。
公務員の退職手当には、実は「簡単に調整できる」仕組みが組み込まれているということです。
一見すると前回の主張と矛盾しますが、両方事実です。今回はそこを書きます。
3つの性質を持つ退職手当
そもそも退職金とは何なのか、という話から始めます。
一般的に退職金には、次の3つの性質が混ざり合っているとされています。
① 生活保障(生活給) ― 退職後の生活を支えるためのもの
② 功労報奨 ― 長年の勤務や功績に報いるためのもの
③ 賃金の後払い(積立) ― 在職中の労働の対価を、後からまとめて払うもの
最高裁の判例でも、退職金にはこれらの要素が複合的に含まれていると解釈されています。
どれか一つではなく、混ざっているというのがポイントです。
公務員の退職手当は3つのうち②、「功労報奨」の色が強い
では、公務員の退職手当はどうか。
民間の退職金と比べて、「功労報奨」の側面が比較的強く意識される傾向にあると言われています。
その根拠として分かりやすいのが、懲戒処分による不支給制度です。
公務員が懲戒免職になった場合、退職手当が支給されないことがあります。
ここで少し考えてみてください。もし、退職手当が純粋に「賃金の後払い」だとしたら、この扱いは説明がつきません。すでに働いた分の対価であれば、後から何があっても支払われるべきものだからです。
それでも不支給になるということは、「これまでの功労に報いる」という性質が強いということです。
功労に報いるものである以上、「どの程度報いるか」は、そのときどきの判断で変わりうる。
ここが、次の話につながります。
83.7%というマジックナンバー
国家公務員の退職手当の支給率を示した表には、次のような注意書きがあります。
> (注3)法附則第21項から第23項まで及び昭和48年法律第30号附則第5項から第7項による退職手当の基本額の調整(83.7/100)を含めた計数である。
分かりにくい書き方ですが、分かりやすく言い換えるとこういう意味です。
『表に載っている支給率は、すでに83.7%を掛けた後の数字である。』
つまり、本来の計算式で出た額に対して、83.7%という掛率が適用された状態が、いま私たちが目にしている支給率だということです。
この83.7%は、平成30年1月1日以降の退職者に適用され、その後は上がりも下がりもしていません。
(これは国家公務員の適用日です。地方自治体では、組合との折衝などにより適用時期が異なる場合があります。)
これは「根拠なき数字」ではありません
「マジックナンバー」と表現しましたが、根拠が不明な数字という意味ではありません。
前回の記事で触れたとおり、国は概ね5年ごとに民間の退職金・企業年金の実態調査を行い、官民の水準を比較しています。この調整率は、その比較結果を踏まえて、官民の差を埋めるために設定されるものです。
きちんとした根拠があります。
にもかかわらず「マジックナンバー」と呼びたくなるのは、ほとんどの職員がこの数字の存在を知らないまま、全員の退職手当がこの数字によって左右されるからです。
見えないところで、静かに全体を動かしている数字です。
数字ひとつで動かせる、ということ
ここからが重要です。
この仕組みの本質は、掛率をひとつ変えるだけで、全職員の退職手当を一律に動かせるという点にあります。
支給率の表を全部作り直す必要はありません。勤続年数ごとの数字を一つひとつ調整する必要もない。83.7という数字を別の数字に書き換えるだけで済みます。
例規を改正すれば、それができる。
社会情勢が変わったとき。財政状況が悪化したとき。官民の比較結果が動いたとき。そうした場面で、この数字は上げることも下げることもできるようになっています。
前回の記事で「条例に裏打ちされているから確実だ」と書きましたが、それは事実です。
同時に、その条例は改正できるというのも事実であり、両方を知っておく必要があります。
それでも、大幅な改正は考えにくい
では、明日にでも大きく下がるのか。私はそうは考えていません。
理由は前回書いたとおりです。すでに官民の差はほとんど残っていないからです。
令和4年の調査で、退職給付の官民差はわずか15千円(0.06%)。下げるべき較差が存在しない以上、下げる根拠がありません。
調整率という仕組みは、恣意的に金額を動かすためのものではなく、官民均衡を保つための調整弁です。均衡が取れている状態で、一方的に下げる理由はない。
ただし、例外があります。
財政状況が良くない自治体にお勤めの方は、注意が必要です。国の水準とは別に、独自の減額措置がとられる可能性があります。この場合、首長の判断ひとつで制度が動くこともあり得ます。
ここで、冒頭の話が効いてきます。
退職手当が「功労報奨」としての性質を強く持つということは、裏を返せば「どの程度報いるか」に判断の余地があるということです。
もしこれが純粋な「賃金の後払い」であれば、すでに発生した労働の対価ですから、財政が厳しいという理由だけで減らすのは難しい。しかし、「功労に報いるもの」であれば、報い方を見直すという説明が成立しやすくなります。
独自の減額措置に踏み切る自治体があるとすれば、その正当化の根拠になりうるのが、この性質です。
自分の自治体の財政状況は、一度確認しておく価値があります。
自治体は、退職手当を計画的に見込んでいる
もうひとつ、判断材料になる話をしておきます。
退職手当の見込額は、自治体の長期財政計画にも組み込まれています。今後十数年分の定年退職予定者について一人ひとり試算し、どの程度の財源が必要かを積み上げていく。
人件費の中でも退職手当が占めるウェイトは大きく、しかも、これから10年ほどは、団塊ジュニア世代が次々と定年を迎えます。どこの自治体でも、何らかの備えはしているはずです。
つまり退職手当は、「そのとき財源があれば払うもの」ではなく、十数年先まで見込んで準備されているものだということです。
急に消える性質のものではない。この点も、ライフプランに組み込んでよいと考える理由のひとつです。
次回は、退職手当の構造を書きます
ここまで、退職手当が「調整されうるもの」であること、それでも私が見込んでいる理由を書きました。
次回の記事では、退職手当が実際にどう構成されているのかを見ていきます。
退職手当は「基本額」と「調整額」という2階建ての仕組みでできているのですが、実はこれ、毎年もらっている賞与とよく似た構造をしています。ここが分かると、退職手当の仕組みは一気に見通しが良くなります。
なお、この調整率が決まった調査からは、もう一つの制度も動いています。
共済年金の職域加算の廃止です。
その後継としてできた制度が、いま公務員のiDeCoの上限を決めています。
こちべえ
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【出典】
・国家公務員退職手当支給率一覧(内閣官房内閣人事局)
https://www.cas.go.jp/jp/gaiyou/jimu/jinjikyoku/files/h29_taishoku2_honbun.pdf
・退職手当制度の概要(内閣官房内閣人事局)
https://www.cas.go.jp/jp/gaiyou/jimu/jinjikyoku/jinji_c3.html
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