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荘子の掃除の相似律。(500字)

 『老子』は「ろうし」と澄んで讀ませるが、『荘子』のほうは「そうじ」と濁る。「ろうじ」としてしまうと、「老痔」みたいになってしまうからだろうか。ちなみに私は濁りの荘子派だ。

 過日、鎌倉の公文堂書店でバグワンの『虚空の舟』を上下巻でもとめた。昨年、引っ越しによる店舗縮小をされていたが、今もその選書ぶりは色褪せぬ数少ない古書店となる。下巻の最後は、

あなたはすでに何生にもわたって取り逃してきた
もうこれ以上取り逃してはならないよ

という言の葉で、無人の舟であれと荘子を説き終えている。川で無人の舟にぶつかられても、誰も不満におもわないでせう。無選択の立会人であれ。裡を常に虚空にせよということである。

 こちらは信じなくて結構だが、バグワンはOSHOとして親しまれた僧で、最終生を終えてなお、本来は生まれ変わる必要がないのにこの星に遊びにきている。だから一見、聖人に映るものの、俗的な部分も少なくない。膨大な著書においても余分は多いが、若い頃に一度は通っておかれるとよいのではないか。

 龍馬の「日本を今一度洗濯致し申候」は今、荘子に掃除させるべきだ。むろん令和の荘子は虚空のルンバを駆使して、我をも吸引する。

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