Dear my noter の話。
私は少し前に「Deae my noter」という歌を書いた。「書いた」というのは、私は歌詞を作ってAIの力を借りて曲にすることまではできたが、それを歌ってはいない。だから、ここでは「書いた」と留める。
この曲の歌詞は本記事の最後に置くが、正真正銘、私がnoteをやっていて思ったこと、伝えたいことを赤裸々に綴ったものである。
そして、それを冷凍カキフライさんが記事にしてくれた。
「読まれたいくせに、自分のために書いている」
そう、冷凍カキフライさんが言うように、noteを書く本質が全てここに詰まっていると私も思う。私たちは普段note上で澄ました顔をしている。なんと言うか、noteってそういう空気がある。
いわば、ちょっとお高く止まるというか。だが、そうしないといけない理由もちゃんとあると私は思っている。
実は、投資とかマネタイズ系アカウントと対極をなす、いわゆる私を含めた一般アカウントは、結構微妙な立ち位置にある。
そもそも、私たちは書きたいことを書いている。それは誰かのためじゃなく、自分のためだ。だが、そんな自分の思いをわざわざ全世界に公開している意味は、やっぱりどこかで繋がりたいという気持ち、もっと言えば友達が欲しいということになるだろうか。
だが、これがもし有料記事バンバン売ります系アカウントだったら、書く内容は全く変わる。読者は情報を求めにくる。その情報が価値に変換されてカネになる。
一方、私たちが書いている日記は、お金儲けには使えない。そして、だからこそ難しい。もし、私が自分の日記の価値は?と問われた時、きっと心が少し辛くなる。
なんとなく誰からともなく「無価値」と言われる気がしてくる。そうすると気になるのがスキの数とビュー数とか、分かりやすい数字に自分の価値を求め始める。
そして毎日のようにダッシュボードを開いては一喜一憂する。
でも、表では精一杯虚勢を張る。本当は見て欲しい、読んでほしい、共感して欲しい。だけどそれをあまりにも大っぴらにできないから、投稿ボタンを押した後はただ祈る。
多分、そんな人が多いんじゃないかなと思ってる。
なぜなら、それは以前の自分だったから。
私は固定記事でも書いてる通り、とにかく共鳴する人と繋がりたいと宣言した。私は、スキの数と〝自分が繋がれてると思うか〟は全く別の問題だと思っている。たとえ何百スキが付いていても、アルゴリズムの風が吹いたり、botのサーチ対象になってるだけの場合もある。
冒頭に戻る。
冷凍カキフライさんは記事の中でこう述べている。
もしどうにかフォロワーを増やそうとしたら、
求められてることを書くようになる気がしてる。
そうなると、
本当に書きたいことが書けなくなる気がする。
私は、誰かのためじゃなくて
自分のために書いてる。
でもやっぱり、読まれたら嬉しいし、
スキもらえたら嬉しいし、
コメントをもらえたらもっと嬉しい。
嘘のない自分で書いてるからこそ、
その嬉しさは、ちゃんと心に残る。
それでも、
もっと読んでもらえたらいいな
って思う自分も正直いる。
私はこの文章を読んで、本当に喰らってしまった。まっすぐだ。包み隠さない。そして、これこそが冷凍カキフライさんの魅力であり、私が〝Dear my noter〟に込めた思いそのものだ。
カネカネうるさい世の中で、カネよりも大事なものがある。それはカネを払っても買えないもの。世の中のどこにも売っていないもの。そして、それが得られる場所だから、やっぱりnoteは素晴らしいところだと思う。
最後に、冷凍カキフライさんがそんな〝Dear my noter〟を歌ってくれた。
歌詞付きの動画で、レコーディングを含め、これを作るのに膨大な時間を費やしてくれたに違いない。
冷凍カキフライさんは私の書いた曲に魂を吹き込んでくれた。私がこれを聴いて真っ先に感じたのは、書き手としての冷凍カキフライさんの想いだ。これまでのSNSやnoteでの経験、人生、そういったものを全て載せてくれている。聴けば聴くほどに、胸の奥を優しく突き刺すような歌声はもっともっと多くの人に聴いてほしい。
だが、残念ながら、いわゆるバズ的な文脈では私の影響力はそこまで大きくないのも事実だ。
だから、これを見てくれている方の中で、もし身近にnoteを続けることを悩んでいる方がいたらぜひ冷凍カキフライさんのこの動画を教えてあげてほしい。
改めて、冷凍カキフライさん、本当に素敵な歌をありがとうございました。
Dear my noter
昨日の投稿からもう24時間
眠い目を擦ってスマホを見る
インスタ、ラインより先に
白黒のノートのアイコン
スキの数は3それだけ
タイムラインは今日もにぎやか
新着記事の海の底に
わたしだけが取り残される
電脳砂漠に落ちた砂粒
そっと目を閉じ
何も見なかったことにしようとしたその時
ふと目に入ったレコメンド
あなたの記事が読まれない理由?
そんなの知ってるよ
乾いた呟きを漏らして
親指を画面に落とした
あなたの痛みはみんなの痛み?
共感性を揺さぶって?
あなたの声に救われる人もいるって?
そんなの知ってるよ…
わたしのはただの日記
だけど読んでほしいんだよ
見てほしいんだよ
あれから月日が流れもう半年
語らされた言葉の分だけ
自分が少しずつ削られて
眠い目を擦ってスマホを眺める
相変わらず大したことない
ノートの通知の数
スキの数は少しだけ増えた
それなのにわたしの言葉は消えていた
電脳砂漠に夢を見て
やっと目を開け
そこにある文字のカタマリから
自分を掬い取れなくて
また目を落としたタイムラインに
わたしの記事が読まれなくたって
別に構わないよ
それでも書きたいんだ
なのに投稿ボタンを押す指が止まって
また下書きだけが増え続ける
電脳砂漠の海底で
もう誰も見てない最初の記事
初めてついたハートマーク
こんなものだって
思ってたはずなのに
なぜかなぜか
少しだけ目を逸らした
わたしが書くものはありきたり
共感性も何もないただの日常
誰かのために書いてるわけじゃないって
わたしのはただの独り言
だけど読んでほしいんだよ
見てほしいんだよ
わたしが書くものはわたしだけ
他の誰でもない日常
誰かのために書いてるわけじゃないからさ
わたしのはただの戯言
それでも読んでほしいんだよ
見てほしいんだよ
たった一人のあなたに
わたしも見にいくから
