不登校で世界が広がった
次男が不登校になったとき、我が家だけが社会から取り残され、世界がとても狭くなった気がした。
家にこもる日々、周囲の目、将来への焦り。
でも今なら言える。
不登校は、世界を閉ざすハプニングなんかではなく、むしろ、新しい世界へ向かうための大きな羅針盤なのだ。
退職して、子どもと過ごす時間が増えた。
朝から晩まで、子どもと向き合う毎日。
最初は息が詰まりそうだったけれど、一緒に過ごすうちに見えてきたものがある。
子どもの笑い方、好きなこと、苦手なこと。
ちょっとした表情の変化や、安心するタイミング。「この子はこんな風に感じていたんだ」と、これまで気づかなかった気付きで、自分の視野がどんどん広がっていった。
外に出る時間をあえて増やした。
カフェで一緒にランチをしたり、散歩をしたり、私の通院にも一緒に連れて行く。
普段乗らない電車やバスに乗ってみたり、海でのごみ拾いや、募金活動に参加したり。
とにかく自分のやりたいことを我慢せず、次男を連れ回した。
学校の代わりに、世界そのものが教室になった。
まるで毎日が社会科見学。
時間を気にせず、自然の風に触れ、小さな達成感を積み重ねていくうちに、親子の会話も深いものになっていった。
見える景色も変わった。
以前だったら「落ち着きがない」「迷惑」と感じることさえあった“よその子”も、今ではその奥にある生きづらさを感じ取れるようになった。
怒りや暴言の裏側には、必ず「苦しさ」がある。
そう気づいてから、私は人を見る目が変わった。
受け入れる器がどんどん大きくなった。
退職して社会とのつながりが薄れたと思っていたけれど、実際は違った。
「これ以上、休みが取れない」と泣く泣く断っていた集まりに参加できるようになった。
元同僚とお茶したり、学校や放デイの先生、行政の窓口で話をしたり。
「困ったときに頼れる人」が、思っていたよりずっと多かった。
初めてアカウントを作ったSNSを通じて出会った仲間たちもいる。
不登校の親という共通点が、見ず知らずの人たちをつなげてくれた。
苦しい夜には、誰かの投稿に救われた。
登校することが未来へのチケットだとするならば、不登校は未来への羅針盤だ。
行き先はまだ見えなくても、どの方向へ進みたいかを、自分で選び直せる。
子供が不登校になったからといって、親も一緒に引きこもることは反対だ。
一歩外へ踏み出す行動は、親子の世界を変える。
行動したからこそ言い切れる。
不登校は世界が広がる、と。
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