UNISON SQUARE GARDENっていう名前が良かったから
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出会いは7月。さよならも7月なのかー。
私がUNISON SQUARE GARDENに出会ったきっかけ
このnoteのタイトルの通りなんです。
2011年、大学生3年生の夏。私は、たぶん行事で5月の多忙、そして6月の後始末を終えて、少し暇になったんだと思う。とはいえ、試験期間に入るタイミングな気はするけど。
もっと好きなバンドを増やしたいと思った。6月末に初めてサカナクションのZepp Tokyoに行ったからかな。(ビギナーズラックなのか、整番が1桁だった。大学の同期と後輩と4人で並んでみた、珍しい機会を今でも覚えている。)
その時の私は、FLOW、Base Ball Bear、Perfume、いきものがかり、school food punishment…あたりのライブに行っていて、正直そんなにバンドに詳しくなかった。同級生に借りたシンシロやkikUUikiを聞いてサカナクションにハマり、ライブに行って、多分もっとバンド聞こう~と思ったんだろうな。サークル(実際にはサークルではないが便宜上サークルと呼ぶ)の部室的なところにいつも溜まっていて、それぞれが好きな曲を流していた。やたらと相対性理論を流す先輩がいた。私はBase Ball Bearを流していた。あとは、誰かが流していたももクロにハマったのも多分この頃、ミライボウルが刺激的だった。
その頃は当たり前にサブスクなんかなくて、レンタルかiTunesで購入。あとは、ようやくYouTubeに馴染みが出てきた頃だったかなあ。私は、音楽雑誌を読むでもなく、ラジオを聞くでもなく、人に聞くでもなく、ライブに行くたびに持って帰ってきて溜まっていたフライヤーたちを見ていた。なぜかわからないけど、その中で好きそうな雰囲気のバンド名を検索して見ようと思ったんだ。
『UNISON SQUARE GARDEN』って名前は、なんだか綺麗に見えて、収まりも良い感じで、なんとなく私好みな気がした。検索して出てきた動画を適当にクリック…『スカースデイル』…………MVの幻想的な感じも、声も、曲も、どれも好きだ、と思った。
これがタイトルの意味。バンド名が私を引き寄せてくれた。偶然とも、運命とも言えない、自分の第六感。
(ちなみにこの時、同じ理由で好きになったバンドがandymoriだから、その第六感はなかなかいいセンスをしている。)

多分その勢いで、iTunesで曲を購入した。深夜3:41、大学生すぎる時間軸。それが2011年7月8日で、2026年7月15日まで、5487日なんだ。
※出会いが田淵曲でないのは、本当にごめんと思っている…!
そうして、この2バンドをもっと聞いてみようと思った私は、数日後、バイトの帰りにTSUTAYAに寄った。深夜0:00までの飲食店バイト、そこから電車に乗って、最寄り駅のTSUTAYAが1:00までやっているので、たまに寄る。この時間はすごく大好きだったな。ホラー映画ばっかり見ていたけど。
ユニゾンは、スカースデイルが入っているから、リリースされたばかりの『Populus Populus』を借りた。andymoriは『CITY LIGHTS』を気に入ったから、『ファンファーレと熱狂』を借りた。
レジのお兄さんが、貸出作業をしながら「andymori、そのアルバムの『1984』って曲がいいですよ」と教えてくれた。なんだか、このやり取りは忘れられないワンシーンとしてずっと頭の中に残っている。なんでだろう。
そこからは、『Populus Populus』が(今でも一番好きなアルバムだな、と思うくらいには)素晴らしいバランスで、一気にユニゾンのことを大好きになった。ライブに行きたい!と思った。ライブで生で見ることは、私の音楽の楽しみ方として当たり前の価値観になっていた。
その年、初めてロッキンに行くことになっていたけど、たまたまその日にユニゾンが出演するらしかった、すごい!でも、ワンマンで見たいと思い、調べるとちょうどツアーが始まるところだった。東京は、日比谷野音。チケットはソールドしているらしい。が、少し調べるとmixiで譲り先を探している人がいて、譲ってもらった。
もしかすると、違うかもしれないけど、ほとんど初めてファンの友達もいないライブに行くことになった。それまでは誘う相手がいたり、結果的に一人で行ったものもあったかもしれないけど。ただフッと行かなきゃという気持ちに突き動かされて、好きになってから爆速でチケットを取る、初めての体験だったように思う。(正直、今思うと、これにめちゃくちゃ感謝している。野音に間に合ってくれていて、ありがとう。)
ロッキンは、8月5日。前述したその当時追っていたアーティストを考えると、ちょっとあまりにも出来過ぎな感じはする。後に激ハマりするcinema staffもいるが、ベボベが終わってから真裏のBIGMAMAを見ていたし、この時の私では、そして彼らの音楽性では、まだハマらなかったと思う。

そして肝心のユニゾンは、Perfumeの直前。フォレストとグラスには結構距離があり、Perfumeをなるべく前で見たかったのでユニゾンのライブはほとんど見れなかった。後方で1-2曲目を見たのだと思うけど、なんとなく木々の中の『kid, I like quartet』の始まりの感じと、橋をダッシュで駆け抜ける中で風に流れて聞こえる『CAPACITY超える』の記憶だけがある。なかなか、感動の対面といった感じにはならなかった。
そして、きっと一生忘れない2011年8月20日。野音で初めて、UNISON SQUARE GARDENのワンマンを見た。今よりずっと涼しい夏、調べると天気が悪かったこともあるけど、その日の最高気温は25.8度。信じられない。スモークが炊かれる中で、ちゃんとロックバンドだけど今よりもう少し幻想的な、というか、正体の見えないような姿。皆前髪が長いヘアスタイルがモサモサと、彼らのパーソナルはわからないけれど、ただただCDの向こう側のワクワクする音が現実に存在したんだと思った。この言葉は褒め言葉にならないことは承知の上で、クオリティすごくて感動したという意味で、CD音源みたいだ、と思った。平均的なロックバンドが持ったガサガサとした質感よりもずっと、曲がきちんと心に届いた気がして、胸が高鳴った。
ライブ前、石のベンチで始まりを待つ間、C列の後方の私はぼんやりと一人で待っていた。隣に座ったのは中学生ぐらいの男の子、そしてたぶん付き添いのお父さん。男の子はゲームをやっていて、でも彼がバンドを見に行ってみたいと言って、初めてやってきたのかな。この日の話をする時は毎回彼のことが思い浮かんで、まだUNISON SQUARE GARDENが好きだったらいいなと思う。
一人放心状態で、でもこのバンドのことがめちゃくちゃ好きになってしまったな…と思い、何か持ち帰りたい、とグッズ売り場へ向かった。が、現金がほとんどなくて、選択肢として選べたのが缶バッジと愛がないうさぎのストラップだった。(このストラップは結局2018年ぐらいになくすまで持っていた。)
そんなふうにしてファンになり、とはいえまだ対バンやフェスを追いかけるまでも行かずに、すぐ就活の時期へ。(でもSpring Spring Springは、他のライブとかぶったという理由で行けなかった。)音源で聞きながら、就活が終わったあとの001ツアーで再び彼らに再会した。
友人がいたことで、名物の浜松窓枠、そして渋谷公会堂の2本。このツアーはいろんな曲を聞けて楽しかったはずなのだが、窓枠で一段目がぐちゃぐちゃモッシュみたいな感じで、このバンドには歌も演奏をしっかり聞きに来ているのに…とかなり引いてしまった記憶が残っている。このとき買ったグッズは結構思い出深くて、たまに札幌でライブがあるとバンドマンが持って写真に写ることでおなじみのあのクッションは、2社ほど会社で使ったのを経て、今でもうちでぺしゃんこになっている。
2013年、CIDER ROADが出たタイミングは日々の生活でいっぱいで、ツアーも平日で行けるのかわからず、リアルタイムでは終えず。そうして、次にユニゾンを見たのは、METROCKの初回。
まだその時点ではメインステージという感じの人気ではなかったと思うが、新興フェスということで早い時間の最大ステージ。久々に見たこの時にすごくかっこよくって、社会人でまた生活も変わるし、追っていこうと思った。この時の青空と風車の下で聞いた『クローバー』はなんだかずっと忘れられない。
社会人としてどんどん仕事も増えて厳しくなってきた頃、長い通勤に音楽が欠かせなかった。その中でようやく追いかけて聞いたCIDER ROADで、当時通っていた道に景色が重なるシャンデリア・ワルツはすごく力になった。
そして、なんだか自分の中ですごく転機になったのが栃木のフェス、ベリテんライブ2013。高校生からずっと好きなベボベと同日ということもあり、当時の彼氏と一緒に行った。結果的に彼氏を置き去りにして前の方で夢中になって見て、当時リリース前だった桜のあとがすごく良くて、10月の学祭にも行くことに決めて、早起きして整理券を取って体育館でライブを見て。好き度がブーストして、初めて予約してユニゾンのCDを買ったのが桜のあとだった。ここが明確に大ファンになった、と確信できるタイミングだった。
人生を変えた・救ったライブ3選
これをあげるなら、今2個までは確定していて。そのうちの一つが、2014年の春ツアー、『桜のまえ』の東京1日目だ。新卒1年目が終わる頃、当たり前に残業だらけの業界にいて、1年目にしてイベント多数のメイン担当を先輩のサポートを受けながら任された私は、あまりの忙しさと気を配らなくてはいけないことの多さにまいっていた。毎日、シャンデリア・ワルツやノンフィクションコンパスを聞きながら半分泣いて通勤して、さわれない歌を聞きながら深夜1時前に駅から家を自転車で走っていた。吊革に掴まりながら下を向いて涙が床に落ちても何もできなかったり、立ったまま寝てしまって膝がガクッとなって危なかったことも何度もあった。
そんな中、なんとか金曜日に早めに退勤させてもらって向かったこのライブは、びっくりするほどセットリストがその時の私に寄り添ってくれているようだった。公演中、嗚咽を上げて立ち尽くしていた。
その当時の小さな心のキャパシティの中でぎりぎりの表面張力で保たれていた何かが、全部流れ去ったいったようだった。このライブをなければ、本当に心がおかしな方向に行ってしまった気がする。
これ以降、少し元気になってまた頑張れるようになった私は、なんとか仕事をおかしな量こなしつつ、ユニゾンのライブに出来る限り行くようになって、ファンの友達を作ったりした。(そこで人間関係で痛い目をみた…という経験もありつつ)その当時に繋がった何人かとは今も仲良くしている。
こんなことを書いて私は心を立て直すきっかけを貰っていながら、彼らは子のツアーの後に斎藤さんのポリープでの活動休止を発表していた。それを会社で知ってしまった時にはトイレで泣いた記憶がある。まあ、そんなことを言いつつ、3か月で復帰するのだけど、当時は世界が終わったぐらいにショックを受けてしまったな。その復帰のタイミングの企画で、人生を変える新たな出会いをしたのも実は大事な思い出。go!go!vanillasに出会わせてくれてありがとう。
武道館~15周年~20周年~・・・
武道館のライブ、発表された時の中野のスクリーンは今でも覚えている。武道館は、南スタンドの2列目ぐらいから、昔から別のバンドで仲が良かった友達と4人で見た。001、弾けるような1曲目だったなあ。
これ以降はだいたいネットに感想を残したりしているので、割愛するけど本当にいろいろあった。
また別のバンド経由で知り合った友達と、クリスマスに札幌に行ったり、沖縄に行ったりした。
15周年の舞洲は、あまりに不快なぐちゃぐちゃの地面に汗だくでズボンをまくり上げながら見たのが忘れられない。
2021年、さすがに忘れたくなくてnoteに感想を残したライブ。
2023年、大好きなcinema staffとツーマンをした!
2024年、武道館は全部特別だったけど、さすがにあり得なくて崩れ落ちたライブの感想を書いたら、大切な友達も出来たりした。
そして、ちょっと忘れられない対バンも起こった。
クリスマスには、世界で2番目に好きなバンドが世界で1番好きなバンドの曲をカバーした!
UNISON SQUARE GARDEN
— あきこ (@26ugcb) December 25, 2024
fun time tribute
go!go!vanillasパート MC覚書
【バニラズはけてラジオタイム】
・オチケンさん「いやーヒーローでしたねー」
・ユニゾンたちもかっこよかったー!と田淵も手を叩きながらおりてくる。
・牧達弥登場、ジャケット脱いでビショビショほかほかのネクタイスタイルで
2025年、ようやく大好きなcinema staffのOOPARTSにユニゾンが出演した。愛の塊みたいなセットリストで本当に幸せだった。
2026年
うるわしツアーでの遠征は、割と予定外のものだった。なかなかチケットが取れない関東近郊が意外と当たって、本当はわざわざ遠征をしなくてもいいかなと思っていた。でもその日程が、3連休中にすでにチケットを持っていたバニラズ広島と前後で…これも何かの縁か、と思い、年始早々だけども一人で見に行くことに決めた。
チケットを見て、おどろいた。たった7席しかない1列目のど真ん中だった。
ライブはもちろん最高で、それはセットリストがどうとかではなくて、(いつもそうだけど)いつも以上に私とユニゾンだけの空間で音が鳴っていて、私は私の為だけに彼らの音楽で踊ることが出来た。一体感なんて全くいらない、ずっとそうだったユニゾンのライブの、さらにその先だった。
ライブに行き始めた頃より、彼らがすごく人気になっているから必然ではあるんだけど、ネットでたくさんの人のいいねを集めたい感じの人を見るとなんだが心がもぞもぞした。音楽に同意なんていらないし、そんなに気が合う人ってたくさんはいないよ、と思う。物好きの拗らせは、例外なく私にも適用されている。自分の脳内で、ただただ溢れかえる言葉を、嬉しくてしかたないからという理由で垂れ流し続けたファン人生だった。
思うこと
思うことはいろいろあるし、もっと細かくファンとしての15年を語れるし、曲のことも語りたい。でも、発表から2か月半、私はずっと彼らは人間である、ということを考えていた。映画の名作シリーズはずっと愛されて伝説になっていいし、彼らの作った曲だってずっと聞き続けてまた新たな発見をしたっていい。バンドという船/もしくは車は、ずっと走らせ続けていたら(彼らの場合は通常の2倍くらいのスピードで)どこかにガタが来てしまうし、漕ぎ手/ドライバーを交代したって皆疲れてしまって1mも進めないときはやってくる。自分が転職を2回した身だから余計そう思うのかもしれないけど、それを他人に止める権利はないのだ。
確かに無茶な歌と演奏をおじいちゃんになってもできるのか、ということは常々考えていた。そして、彼らのスタンス的に、飽きたらやめるとも思っていた。でも、それは思ったよりはずっと早く来た。
それでも、彼らがずっとバンドでライブをすることが好きで、それが楽しくてやっています、と言い続けていたことを知っていると、バンドで楽しくライブをやれなくなったら、それはもうUNISON SQUARE GARDENではないな、と思う。彼らは私たちの為にUNISON SQUARE GARDENをやっていたのではなくて(もちろん大切にされていたとは思うけど)彼らは彼らの為にUNISON SQUARE GARDENをやっていたんだ、だから止める選択肢を彼らの意志で選べたんだ、と思うと、私にとってはそれは救いかもしれない。事務所やレコード会社の為に、惰性でやり続ける嘘のユニゾンなんてかっこよくないっしょ。
もう日付的には明日。一旦は、UNISON SQUARE GARDENの歩みは止まる。その先がどうなるのかは本当にわからない。もう会えないかもしれない。いっそ解散してくれたら、なんて思ったりはしたけど、でも想像ではまだ歌いたい人がいて諦めていないかもしれないということに私はやっぱり救われている。UNISON SQUARE GARDENのことを、UNISON SQUARE GARDENが愛していてほしいんだよな。(脱退については、もっと別の道はなかったの、と悔しくなってしまうけど、誰かの選択があっているか間違っているかなんてわかりもしないし、私たちにはジャッジする権利はない。)
とにかく、お別れの日がちゃんとあることを嬉しく思う。嬉しくはないか。悲しいよ。言葉にしたら、もっと悲しくなるよ。それでも、44年分みたいな22年にありがとうと言いたい。バンドを始めてくれてありがとう。それで救われた大勢の人の人生を背負わなくっていいから、これからも勝手に愛させてくれよ。
私は、物好きで良かったよ。
ロックバンドは楽しかったかい?
