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【第21話】振り出し、そして運命の出会い|5等立地・古民家カフェ開業記⁠

30年過ごした東京を離れ、静岡県三島市へ。
50代の双子による、路地裏の築100年の古民家再生。
お酒やモクテル(ノンアル)も楽しめる「大人の古民家カフェ」開業への挑戦です。

ほぼ飲食未経験の双子の兄が、これまでの歩みとこれからのリアルな舞台裏を綴る、「5等立地」からの再出発の記録です。

静かな朝、キッチンに響いた突然の宣告


入居申込書にサインをした。
それですべては決まったはずでした。

しかし、自分の本音に蓋をすることは、想像以上に重く、苦しいものでした。

あの場所で感じた自分なりの違和感、大場川の水の音、そして身をかがめて出る不自由なバルコニーの光景が、頭の中を駆け巡ります。

朝起きてからも、私の心は晴れないモヤに包まれたままでした。

重い足取りでキッチンに向かうと、すでに朝食の準備をする弟の姿がありました。

カチャカチャという小気味よい食器の音。
いつもの穏やかな朝の風景。

「おはよう」

「おはよう」

短く挨拶を交わした、その時でした。


「……◯◯(私の名前)あのさ、やっぱりあの物件に住むの、やめたいんだけど」


何気ない日常の音が、一瞬で消え去ったような気がしました。

双子の直感と、冷徹な公的データ


「……え? どうしたの?」

耳を疑うような弟の言葉に、心の中では欣喜雀躍していましたが、私はそれを必死に隠し、努めて冷静なトーンで問い返しました。

対する弟は、当然私が「あの物件に住む」と心に決めていると思い込んでいます。

彼はひどく申し訳なさそうな顔で、声を絞り出しました。

「昨日申し込んだばかりなのに、本当に悪いんだけど……」

そこから弟が語った「キャンセルしたい理由」は、私の胸の内とシンクロするものでした。

まず、自分たちが暮らすイメージがどうしても湧かなかったこと。
そして、昨夜からずっと耳の奥で気になっていた大場川の水音。

「大雨の夜、あの音を聞きながらだと、自分は少し不安で落ち着かないと思うんだよね」

弟はそう言って続けました。

「気になって、寝る前に調べてたんだけど、大場川の『洪水ハザードマップ』。そしたらあそこ、警戒区域に入ってるんだよね」

私たちが感覚的に感じていた「自分たちには合わないかもしれない」という直感が、ハザードマップという公的なデータによって後押しされた瞬間でした。

頭にはなかった「災害リスクへの考慮」という決定的な気づき。
それらが、私たちの背中を力強く押し戻しました。

崖っぷちの喪失感、妙な高揚感


もしあの時、弟が「やめよう」と言い出してくれなかったら――。

今振り返っても冷や汗が出ますし、あのタイミングで素直な気持ちを口にしてくれた弟には感謝しかありません。

あの決断があったからこそ、私たちは自分たちの価値観に合ったエリアで、穏やかな日々を過ごせているのですから。

弟が不動産屋へキャンセルの連絡を入れた瞬間、私たちの三島での家探しは、文字通り「振り出し」に戻りました。

後悔はありません。
ですが、希望に叶う物件が極端に少ない中で、ようやく掴みかけた家を自ら手放したのです。

私たちは、目の前に広がる真っ白な状態を前に、ただ苦笑いするしかありませんでした。

「……俺たち、かなりヤバい状況でしょ」

私の言葉に、弟も苦笑いで答えました。

「かなりね」

せっかく見つけたチャンスをリリースしてしまったという強烈な喪失感。
と同時に、自分たちの直感を信じ抜いたという、どこか爽快で妙な高揚感。

私たちは、崖っぷちの状況で不思議な一体感に包まれていました。

(余談ですが、こちらの物件の近くを数ヶ月前に夜のウォーキングで通ったことがあります。二階の窓にはあたたかい明かりが灯り、幸せそうな生活の気配を感じさせました。人それぞれにとっての『最適な居場所』は違うのだと実感すると同時に、あの時自分たちの感覚を大切にして手を離したからこそ、今の私たちがあるのだと改めて実感しました。)

そして私たちは再び、三島の街で「本当の居場所」を探し始めることになったのです。

二度目のストレッチ、最終章の幕開け


振り出しに戻ってしまった、私たちの家探し。

後悔はないとは言え、リミットが迫る中で、焦りがあったことも事実です。

「また一から、あの内見を繰り返すのか……」

重い腰が上がらず、インターネットで物件を検索する気力さえ湧かないまま、数日が過ぎました。
そんなある日の夜のことです。

私はいつものように、風呂上がりのストレッチをしていました。

振り返れば、私たちの運命が大きく動くとき、そこには不思議といつもこの「ストレッチ」の時間がありました。

これまで出会った数々の個性豊かな物件たちも、すべてはこの時間に、ふと開いたスマホの画面から現れたのです。

私にとって、この硬くなった体をほぐす時間こそが、運命の神様が微笑むサードタイムなのかもしれません。

「……どうせないだろうな」

なかば諦め半分で、慣れ親しんだ不動産サイトのページを更新しました。

画面には、いつものようにいくつかの「新着」の文字が並んでいます。
その見慣れたリストを、指先でスクロールしていた、その時です。

私の指が、ある物件の前でピタリと止まりました。

「お……? これはいいかもしれない」

直感に突き動かされるように、その詳細をタップしました。

画面に並ぶスペックは、まさに私たちが求めていた条件に合致するものでした。
しかし、手放しでは喜べない自分もいました。

前回の内見で「ウェブサイトの情報には現れない、とんでもない落とし穴」を嫌というほど見せつけられたばかりです。

スペックが良ければ良いほど、予想だにしない何かが隠されているのではないか――。

期待よりも先に、疑心暗鬼の気持ちが湧いてくるのは当然でした。

しかし、この画面の向こう側にある物件こそが、後に私たちが実際に住むこととなる、本当の「運命の家」だったわけですが、そんな奇跡のような未来など想像すらしていませんでした。

まさにこの瞬間、私たちの「三島 家探し狂騒曲」という長いドラマの、最終章の幕が上がることになったのです。


今回はここまでとなります。
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
では、また次の物語でお会いしましょう。


次回予告:第22話「三度目の正直か、それとも... 」

深夜のストレッチ中に見つけた、あの「新着」物件。
期待と疑念が入り混じる中、私たちは三たび新幹線に飛び乗り、三島の街へと向かいました。
しかし、実際にその扉を開けたとき、私と弟の間に、思いもよらない「温度差」と「ズレ」が生じることに……。

次回、ついに巡り合った運命の家の全貌と、契約締結をめぐる最後の攻防についてお話しします。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

築百年の大人の古民家カフェを開業するまでのリアルな過程をお届けしています。
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次のお話【第22話】はこちら👇

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