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【111歩目】荘子とデカルト① - 東洋と西洋の「私」 -

 ゾロ目だよ!全員集合!ということで、前回の続きです。前回までは「主体と客体」というテーマで老荘思想とその周辺の思想の対比をメインに触れてきました。

 今回は、このテーマで避けて通れない荘子とデカルトについて。


1.デカルトの方法的懐疑。


ルネ・デカルト(1596-1650)

 ルネ・デカルトは17世紀の前半、日本でいうと江戸時代の初期の頃のフランスの哲学者であり、数学者です。彼の思想は後の西洋哲学や科学に大きな影響を与えたため、近代哲学の父とも呼ばれます。主な著作としては『方法序説』『省察』『情念論』などが有名です。

 デカルトの思想の中でもとりわけ有名なのが「方法的懐疑」です。デカルトは自らの思想を体系化するにあたって以下のように記しています。

 すでに何年も前に、私はこう気づいていた──まだ年少のころに私は、どれほど多くの偽であるものを、真であるとして受け入れてきたことか、また、その後、私がそれらのうえに築きあげてきたものは、どれもみな、なんと疑わしいものであるか、したがって、もし私が学問においていつか堅固でゆるぎのないものをうちたてようと欲するなら、一生に一度は、すべてを根こそぎくつがえし、最初の土台から新たにはじめなくてはならない、と。

デカルト著『省察』 (中公クラシックス) 

 デカルトの『省察』の冒頭の部分ですが、デカルトは確実な学問の基礎を築くために「最初の土台」となるものを求めました。そのためにデカルトは、この世界のあらゆる事象を徹底的に疑うことによってこの土台を見出そうとしました。

2.デカルトの懐疑の3段階。

デカルトはこの方法的懐疑において、さまざまなものを疑いました。

 まずは、「感覚に対する懐疑」。デカルトは人間の感覚は往々にして誤りやすく、不確実であるとしました。

 次に、人間が思考する過程における「数的推理に対する懐疑」。人間は計算違いをしたりしますし、認識や数的推理に誤りがある場合があります。デカルトは、神、もしくは悪意のある霊が計算違いをそそのかすかもしれないとも考え、これも不確実なものであるとしました。

 そして最後にデカルトは、「自分は夢を見ているかもしれない」という可能性を排除できない以上、現実という存在も不確実なものとしました。いわば「現実に対する懐疑」です。

 そして、デカルトがさまざまな懐疑を繰り返したのち、以下のような結論に達します。

 ほんの少しでも疑いをかけうるものは全部、絶対的に誤りとして廃棄すべきであり、その後で、わたしの信念のなかにまったく疑いえない何かが残るかどうかを見きわめねばならない、と考えた。こうして、感覚は時にわたしたちを欺くから、感覚が想像させるとおりのものは何も存在しないと想定しようとした。次に、幾何学の最も単純なことがらについてさえ、推論をまちがえて誤認推理(誤った推論)をおかす人がいるのだから、わたしもまた他のだれとも同じく誤りうると判断して、以前には論証とみなしていた推理をすべて偽として捨て去った。最後に、わたしたちが目覚めているときに持つ思考がすべてそのまま眠っているときにも現れうる、しかもその場合真であるものは一つもないことを考えて、わたしは、それまで自分の精神のなかに入っていたすべては、夢の幻想と同じように真でないと仮定しよう、と決めた。そして「わたしは考える、ゆえにわたしは存在する〔ワレ惟ウ、故ニワレ在リ〕」というこの真理は、懐疑論者たちのどんな途方もない想定といえども揺るがしえないほど堅固で確実なのを認め、この真理を、求めていた哲学の第一原理として、ためらうことなく受け入れられる、と判断した。

『方法序説』デカルト著 谷川多佳子訳(岩波文庫)

 これが有名な「我思うゆえに我あり(コギト・エルゴ・スム)」です。私が考えているその瞬間、私の存在を疑うことはできない。デカルトはあらゆるものを懐疑して最終的には「疑っている自分自身」「考えている私」の存在は疑い得ないという結論に達しました。

3.デカルトの方法的懐疑と荘子の斉物論。

 実はこの「我思うゆえに我あり(コギト・エルゴ・スム)」に到達するデカルトの理論と、荘子の斉物論篇はとてもよく似ています。

まずは「感覚に対する懐疑」。

 これまでに私がこのうえなく真であると認めてきたすべてのものを、私は、直接に感覚から受けとったか(たとえば視覚によって色や形などを知る)、あるいは間接に、感覚を介して受けとったのである(たとえば親や教師にきいて知る)。ところが、これら感覚がときとして誤るものであることを私は経験している。そして、ただの一度でもわれわれを欺いたことのあるものには、けっして全幅の信頼を寄せないのが、分別ある態度なのである。

デカルト著『省察』 (中公クラシックス) 

❝且吾嘗試問乎女:民溼寢則腰疾偏死,鰌然乎哉。木處則惴慄恂懼,猨猴然乎哉。三者孰知正處。民食芻豢,麋鹿食薦,蝍且甘帶,鴟鴉耆鼠,四者孰知正味。❞

➙ そこで、試しにあなたに尋ねてみたい。
(中略)
 人間は牛や羊の肉を美味しく食べ、大鹿は茂みの草を好んで食べ、ムカデはトカゲ(あるいは蛇)を旨いとし、フクロウやカラスはネズミを好んで食べる。 これら四者のうち、いったい誰が「本当の美味しさ(正味)」を知っていると言えるだろうか。

『荘子』斉物論 第二

 老荘思想は絶対的な価値観の定立に対して否定的な立場を取りますが、荘子では「正色」「正味」といった言葉で、五感によって得られるものに絶対的な正しさなどはなく、すべてが相対的であることを説いています。

次に「数的推理に対する懐疑」

 私は、他の人々が、自分ではきわめて完全に知っているつもりの事がらにおいてまちがっている、と思うことがときどきあるが、それと同じように、私が二に三を加えるたびごとに、あるいは、四角形の辺を数えるたびごとに、あるいは、ほかにもっと容易なことが考えられるならばそれをするたびごとに、私が誤るように、この神は仕向けたのではあるまいか。

デカルト著『省察』 (中公クラシックス)

 

❝謂之朝三。何謂朝三。曰狙公賦芧,曰「朝三而莫四。」眾狙皆怒。曰:「然則朝四而莫三。」眾狙皆悅。名實未虧,而喜怒為用,亦因是也。是以聖人和之以是非,而休乎天鈞,是之謂兩行。❞

➙ これを「朝三」という。なぜ「朝三」というのだろう?それには、こんな話がある。

 狙公(そこう)という猿回しの男が猿たちの前で「朝にはトチの実を三つ、夕方にはトチの実を四つあげよう」と言ったところ、猿たちは怒り出した。そこで猿回しの男は猿たちに「ならば、朝は四つ、夕方には3つでどうだ?」というと猿たちは喜んだ。数字と内容をもてあそび、猿回しの男は猿たちの喜怒を利用している。これは、猿の本性を見抜いてそうするのである。

 
さればこそ、聖人と言われる人は、事物に囚われず、是非の調和につとめ、自然の成り行きに任せるが、これを両行という。

『荘子』斉物論 第二

 デカルトは『省察』において2に3を足す話をしていますが、『荘子』には斉物論篇において、人間の主観や損得勘定に囚われるあまり、同じ実質でも、表現の仕方によって人間の評価や感情が変わってしまうという「朝三暮四」の故事があります。デカルトが数式の絶対性を疑ったのに対し、荘子は人間が数字(名目)に振り回される主観の脆さを『朝三暮四』で突いています。デカルトの場合には神(または悪霊)が、荘子の場合には猿回しが騙す側として存在しているのも興味深いです。

そして、「現実に対する懐疑」

 夢の中で、やはり同じような考えにだまされたことがあったのを、思いださないだろうか。  
 これらのことを、さらに注意深く考えてみると、覚醒と睡眠とを区別しうる確かなしるしがまったくないことがはっきり知られるので、私はすっかり驚いてしまい、もう少しで、自分は夢を見ているのだ、と信じかねないほどなのである。

デカルト著『省察』 (中公クラシックス)

❝夢飲酒者,旦而哭泣。夢哭泣者,旦而田獵。方其夢也,不知其夢也。夢之中又占其夢焉,覺而後知其夢也。且有大覺而後知此其大夢也,而愚者自以為覺,竊竊然知之。君乎,牧乎,固哉。丘也,與女皆夢也。予謂女夢,亦夢也。是其言也,其名為弔詭。萬世之後,而一遇大聖知其解者,是旦暮遇之也。❞

➙ 酒を飲んで夢を見た者が、朝目覚めて泣き叫ぶことがある。逆に、夢の中で悲しく泣き叫んでいた者が、朝目覚めて狩りに出かけることもある。 夢を見ている最中は、自分が夢を見ているとは気づかない。夢の中でさらにその夢の占いをすることさえある。目覚めて初めて、あれは夢だったと知るのである。

 そして、いつの日か『大いなる目覚め(大覚)』を迎えて初めて、この現実の人生そのものが『大いなる夢(大夢)』であったと知るのだ。それなのに、愚かな者たちは自分が目覚めていると思い込み、知ったかぶりをして『これは君主だ、これは牧畜の奴隷だ』と人を区別している。なんと頑迷なことだろう。

 実のところ、孔子も君も、みな夢を見ているのだ。そして、私が君を『夢を見ている』と言っている、この私自身もまた夢を見ているのだ。このような事柄を世間では『弔詭(ちょうき:奇妙で矛盾した言葉)』と呼ぶ。 万代の後、たった一人でもこの意味を理解できる大聖人に巡り合えたなら、それこそ朝か夕方にすぐ出会えたような幸運なことだと思うのだよ。」

『荘子』斉物論 第二

 夢と現実に区別ができない点、現実も夢である可能性がある点などは驚くほど似通っています。

 こう見ると、デカルトの懐疑論も荘子の斉物論も、これは正しいであろうと一般的に思われている事象に対して、もう一度考え直そうとしているという点では同じなのですが、個別の論点もとてもよく似ていることが分かります。

4.デカルトの「私」と荘子の「私」。

デカルトと荘子

前述のとおり、デカルトと荘子は、論点が非常によく似通っているわけですが、最終的に異なるのが、夢のとらえ方と私のあり方です。

 デカルトの場合には、方法的懐疑を繰り返して「我思うゆえに我あり」として、最終的には「考える私」に到達しました。この「考える私」を土台(基盤)とした、理性に基づいたデカルトの考えはその後の大陸合理論への発展だけでなく、西洋の哲学や科学にも大きな影響をもたらしました。

 しかし、その帰結として、西洋の近代的な「私」は理性の中に固定されやすく、また、不確実なものとして感覚や夢などの直感的なものや、無意識、自然、肉体などの要素が排除されることも少なくありませんでした。

 デカルトから遡ること2000年ほど前に生きた荘子は、私という存在はそもそものが不定形で不確かなものであり、私と対象、主体と客体は究極的にはその境界が消失するものだと考えていました。言い換えるならば「私という自覚」があるうちは、まだその境地には到達していないと考えていました。したがって、デカルトのように「私」が思考のゆるぎない土台になるというようなことはありません。

 また、荘子はあれこれと考えるよりも無心のうちに自然のはたらきと一体となることを重要視していました。デカルトが排除した、無意識、自然、身体はむしろ荘子の重要なテーマとなっています。

❝昔者莊周夢為胡蝶,栩栩然胡蝶也,自喻適志與。不知周也。俄然覺,則蘧蘧然周也。不知周之夢為胡蝶與,胡蝶之夢為周與。周與胡蝶,則必有分矣。此之謂物化。❞

➙ その昔、私こと荘周は夢の中で蝶になった。 夢の中で蝶としてひらひらと心地よく空を舞っていた。自分が荘周であることなんてまったく意識になかった。

 やがて、ふと目が覚めると、現実の荘周にもどっていた。

 その時、自分が夢を見て蝶になっていたのか、それとも、蝶が荘周を夢見ているのか分からなくなった。

 荘周と蝶との間には、形の上では確かに区別があるはずである。 このような変化のことを「物化(ぶっか)」と呼ぶのである。

『荘子』斉物論 第二

 途中までとてもよく似ているんですが、最終的な結論であるデカルトの「我思うゆえに我あり(コギト・エルゴ・スム)」と、荘子の「胡蝶の夢」は合わせ鏡のように好対照な関係にあると私は考えています。これについてはいずれ。

 今日もここで限界。続きはまた次回。それではFais de beaux rêves.(フェ・ドゥ・ボー・レーヴ)!!

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