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【連載物語】コリンの話 古い友だちと新しい友だち①

 コリンは、木の葉の間から、すずし気な水色の空を見あげ、思わずにこっとした。それから一瞬間目をつむり、また開くと、


「風がつめたいね、気持ちがいいや」


とつぶやいた。


 森の木々は黄みがかって、ほんのりさびしげながら、あちらこちらで広葉樹たちが黄金色にそまってきらめき、目を奪われるような幻想的な世界を作っている。そうして、静かな心をかき立て、何か、はっとするような心地にさせるのだった。しかし、今、コリンにはそれがなんなのか、分からなかった。


 さて、コリンは、テンだった。夏の茶色い毛から変わって、今は冬の装いになりつつあり、ほとんど顔の毛は白く、体は黄色っぽくなってきた。完璧な冬の毛になれば、顔は真っ白、茶色い足を残して、あとはすっかり淡い黄色でつつまれるだろう。コリンの毛は、雪のようにちらちらと光り、どこか幻想的で、クリーム色がかったその黄色は、まるで稲穂を思わせるような、やさしい色だった。


 コリンが落ち葉をふみふみ、目の前のベリー亭の扉へ近づいたとき、店主のオリオは、久しぶりのお客が来るとも知らず、カウンターの上を拭いていた。古ぼけた自慢の店には、ジャムやチーズにパン、魚の干物など、数々の食材が並び、大抵の場合、その時々にぜひとも嗅ぎたいような、うれしい匂いが充満していた。例えば、お昼時なら、それはよだれが出そうになるような出汁や肉の香りが、おやつ時なら、濃厚なバターや、きび砂糖の甘いうっとりするような香りが漂うといった具合だ。


 ベリー亭の、やっぱり古ぼけた木の扉には窓があり、それはタイル調で、中の様子がぼんやりと見えた。なんだか愛らしい感じがして、コリンは好きだった。


 だれかと、話がしたい。扉の取手をにぎったとき、コリンの気持ちはいよいよ大きくふくらんだ。それも、深呼吸しなければならなかったほどで、コリンはそれがすんでから、やっとのことで扉を開けた。


 オリオさんは、ぼくを見て、どんな反応をするだろうか。ここに来るのは、ずいぶん久しくなってしまった。ぼくったら、本当これだからいけない。


 とびらについた鈴が、チリンチリンとかわいらしい音を立てた。コリンは、それがなんだかおかしくて、心の中でくすくすわらった。


 やっぱり、オリオさんが、すぐさま顔をあげないわけはなかった。

 外のにおいと一緒にオリオの目に飛び込んできたのは、緑色のフードを被った姿だ。


 「コリンじゃないか!」


 丸めがねの奥の黒い目が大きく見開かれたのを見て、コリンはうれしいのと、きまり悪いのとを同時に感じた。


 「あああ、こっそり入れたらいいのに」


 コリンは心の中でそういって、かぶっていたフードの下から、オリオにわらいかけた。お店の中の視線がいっせいに自分に集まるのを感じて、コリンはどきどきした。そばにいただれかが「コリンって、あの、店長のよくいっているひと」と、ささやくのが聞こえる。


「ああ、コリン、ずいぶんと来なかったじゃないか。最後に会ったのはいつだったかな?」


「三か月前だよ」


 コリンは、オリオの目の前に座って、少し申し訳なさそうにした。というのも、オリオさんが、来るのを待っていたことが分かったからだ。


 「ごめんね、オリオさん。こんなにも長い間顔を見せなくて」


 オリオは、何を、とわらった。


 「慣れたことさ、コリン。見ない間に、ずいぶんと毛の色が変わったね」


 「そうだね、この前に来た時には、まだまだ茶色かったものね」


 コリンがフードを取って、豊かなしっぽをゆらすと、後ろの席の山ねこたちが、まあ、毛がきれいだよ、とほめそやしたので、コリンはくすぐったい気持ちになった。


 オリオはというと、タヌキだった。鼻の上にのせた小さな丸いメガネがお気に入りで、どうだ、よく絵本に出てくるやさしいおじいさんみたいだろう? といっている。しかし、おじいさんというには早すぎるように思えるし、コリンはいつもその言葉に首をかしげた。


 「でも、相変わらず、いい目をしているよ、ほんとうに」


 オリオがいって、顔をほころばせた。


 「ぼくの目がどうだかは知らないけど、ありがとう、オリオさん」 


 コリンは、オリオの目を見返してはっとした。オリオさんが、こんなにも親し気な目をぼくに向けてくれているなんて。コリンは心の中で首をふった。なんてぼくはばかなんだろう。ほんとうは知っていたはずなのに、またぼくは、自分の世界に入りこんでしまっていたみたいだ。


 「それから、相変わらず、やっぱりあの不安定な寝床でねているのかい?」

 とオリオ。


 「ハンモックのこと? あれはとてもいいよ。それに、実は不安定なんかじゃないんだよ。とっても安定してるんだよ。ゆらりゆらりゆれながらね」


 オリオは、コリンがいうならねえ、とわらった。


 「それで、どうして急に来る気になったのさ?」


 オリオの問いかけに、コリンは心のままに答えた。


 「それはだね、なんだか、だれか欲しくなったからだよ。心と心の会話ができるだれかがさ」


 「何、いやなことでもあったかい?」


 「うーん、そういうわけではないんだ」


 コリンは胸の内で、ちょっとさみしくなってね、と続けた。


 「まあ、たくさん話していっておくれよ。それに、ここへ来れば、ひとはたくさんいるし、何かいい出会いがあるかもしれないよ」


「実はね、ぼくも少し、それを期待していたんだ」


「そうかい。ところで顔を見せない間は、何をしてたんだい?」


 オリオは、コリンにあたたかいお茶を出した。すうっとクローブの甘い香りが、コリンの鼻に入ってきた。


「それはそんなにおもしろい話ではないよ。いつものとおり、お話や歌にひたって、それから関わり合ったひとといったら、別段親しくもない、イタチの連じゅうだけなんだから」


「おやおや、いつも楽し気なコリンはどこいった? しかし、コリンはやっぱり、おもしろいことをかぎつけるね。こんなときに来るなんて」


「そうなのかな? 何かあったの?」


 コリンがたずねると、オリオは興奮した様子でいった。


「人間がいたんだってさ、この森に。今はみんな、その話で持ちきりだよ」


「人間が? この森にいたって? まだいるの?」


「まだいるかもしれないな。だって、ついさっき入ってきた話だよ」


「まさか、ヒサカじゃあるまいね?」


 コリンは声をちょっと大きくした。


「ヒサカ?」


 オリオは目を丸くし、だれだねそれは、と聞いた。しかし、コリンは聞いていなかった。人間が、いるのだ、この森に! この森の深いところには、いつだって人間はいなかった。それが今、いるのだ。もし、それがヒサカだったら!


「いや、でも、そんなわけはないんだ」


 コリンは肩を落とした。


「だって、会ったのは、遠い外国での話なんだから」


つづく

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