「休みなんてないよ」と、あっさり言われた
移住候補地を回って4日目のお昼、
地域にお住まいの農家のご家族と話す機会がありました。
代々、農家をされていて、最近息子さんが修行先から戻ったばかりとのこと。
年齢も近かったので、ふと聞いてみた。
「お休みの日は、どう過ごされているんですか?」
笑いながら言われた。
「休みは、ないかなぁ。」
ごく当然のこと、というような雰囲気でした。
とっさに変な質問をしてしまったと恥ずかしく思うのと同時に、こんなことを考えました。
私にとっての普通は、ずっと曜日で区切られていて、
土曜と日曜、祝日、有給休暇が休み。
「休みの日は」という問い自体、相手も同じ当たり前を持っているという前提で口から出てきていたんだなと。
農業は、天候と季節で動く。
曜日で休む、という考え方ではないのか。
今までの人生で作り上げられた私の中の当たり前に気付かされた瞬間でした。
その夜、地域の方々の食事会に誘っていただきました。
総勢10人ほどが集まり、年齢も職業も国籍もバラバラ。
デザインの仕事を一時休んで、九州の温泉を巡っている人。
仕事で船に乗って何ヶ月も海に出て、帰港の合間に農作業の手伝いに来ている人。
ヨットで数ヶ月かけてアメリカへ渡る計画をしているご夫婦。
私は11年間同じ会社で働いて、ほとんど同じ社員と交流してきたので、
こんな生き方があるんだ!とワクワクしながら耳を傾けていました。
特にヨット旅を計画しているご夫婦の話しぶりが、
私含め多くの人にとって経験することのない大冒険にも関わらず、
何ら特別なことはないというように、とても謙虚に感じました。
きっとその裏にある、膨大な知識と過去の様々な経験がそうさせるんだろうなと想像しながら、地元の野菜や魚を使ったごちそうをお腹いっぱい食べました。
仕事を辞めて、縁もゆかりも知り合いもほぼいない九州への移住も生き方の一つですし、
温泉巡りしてもいいし、船に乗ってもいい、また就職してもいいし、しなくてもいい。
自分の知らなかった生き方を知るたびに、視野が広がると同時に、
選択の幅が広がって、また一つ身軽になったような気がしました。
不動産屋も巡り、物件を内見しました。
家賃30,000円。30平米以上。駐車場付き、バストイレ別、独立洗面台、エアコンあり。
東京では、家賃75,000円の25平米の1Kに住んでいますが、これでもエリア的にだいぶ安いのを探したつもり。
差額は月4.5万円、年間54万円。
窓の向こうは、隣の建物に手が届きそうなくらい。
毎朝それが視界に入るが、そういうものとして受け入れてきました。
内見した物件の窓から外を見ると、隣の一軒家の庭とはかなりのスペースがあって、遠くの山まで見渡せた。
晴れの日は、気持ちのいい風が部屋に入ってくるだろうな、と。

土日は休む。窓の外はこういうもの。
つい、自分の当たり前が世の当たり前と思いがちで、
そうでもないんだと気づけたら、少し息がしやすくなる。
皆さんにも、「当たり前だと思っていたことが、実は自分だけの当たり前だった」と気づいた経験はありますか?
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