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9 食べなくても、成長している┃子どもが食べるようになるまで

連載「子どもが食べるようになるまで」
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「食べてくれない」
それは、育児のなかでも、特に心がざわつく瞬間のひとつでした。

食卓に並んだごはんを前に、娘がふいっと顔を背ける。
スプーンを差し出しても、きゅっと口を閉ざしてしまう。
せっかく作ったのに。栄養のことも考えたのに。どうして食べてくれないの?

そんな日が、しばらく続いていました。

でも私は、どこかでその気持ちに、少しだけ覚えがありました。

娘は、生まれたときからずっと、「ゆっくりな子」でした。
首がすわったのも、寝返りをしたのも、おすわりをしたのも、ほかの子より、少しずつ遅れていたのです。
寝返りの練習をしても、くるんと回るどころか、もぞもぞと体をねじらせて、結局うつ伏せになれずに泣いてしまう。
おすわりも、座らせてみてもすぐに横にコテンと倒れてしまう。
ハイハイは……と期待していたら、ずりばいのまま数ヶ月。
まわりには、月齢が同じでもどんどん動き出す子、つたい歩きを始める子がいて、焦らないようにしようと思えば思うほど、心はそわそわしてしまって。

でもあるとき、ふと気づいたんです。
たしかに娘は、昨日と同じように見えるかもしれない。でも、「昨日よりちょっと遠くまで手を伸ばせた」とか、「泣かずに3秒うつ伏せでいられた」とか、目立たないけれど、小さな「できた」が、ちゃんとあったことを。
そうして、少しずつ、すこしずつ。娘は、自分のペースで前に進んでいたんだと思います。

歩けるようになるまでには時間がかかったけれど、いざ歩きはじめたら、それまでの「動かない静けさ」が嘘みたいに、元気に動き回って、あっという間に、公園中を駆けまわるようになりました。

言葉も、ゆっくりでした。
周りの子が「ママ」「ワンワン」「これなに?」と話しはじめるころ、娘はまだ、単語がほとんど出てきませんでした。
伝えたいことがあるときは、目で合図したり、指さしで教えてくれたり。でも、はっきりと「言葉」になることはなくて。「私の声かけが足りないのかな」「絵本の読み聞かせが少ないのかな」と、自分を責める日もありました。

そんなある日、娘がぽつんと、「だっこ」と言ったんです。
まぐれかもしれないし、空耳だったのかもしれない。でも、たしかに私のほうを見て、そう言った気がして。「いま、だっこって言った?」と聞き返してしまうくらい、驚きました。

それから少しずつ、「ぱん」「ぶーん」など、音のかたまりが形になって出てくるようになって。
そして、「たーたん(母さん)、きて」と言ってくれた日のことは、今でも忘れられません。

語彙が少しずつ増えて、会話らしいやりとりができるようになっていくうちに、「わかるよ」「ちゃんと見てるよ」そんなまなざしを、言葉以外でずっと向けてくれていたことに、私はあとから気づかされました。

気づけば、娘はいつの間にか、自分で靴下をはけるようになっていました。

最初は、つま先がうまく入らなくて、イライラしていたけれど、何度もくり返すうちに、かかとを合わせて、くるっと引き上げる手つきがすっかり様になって。
ある朝、自分で靴下をはいた娘が、得意げな顔で「できた!」とこちらを見てきたとき、なんだか胸がいっぱいになって、思わずぎゅっと抱きしめたのを覚えています。

ダンスが大好きになったのもこの頃でした。
テレビの前で音楽に合わせて踊る姿。
リトミックで習った振りつけを、家でも何度もくり返しながら見せてくれる姿。
リズム感があるとか、上手い下手とか、そういうことじゃなくて、
「好きなことを好きって言える」
「やってみたいと思ったことをやってみる」
その気持ちが、娘の中にちゃんと育っているのがうれしくて、何度も「すごいね」「楽しいね」と声をかけました。

いつの間にか、お着替えも上手になっていました。
「手伝おうか?」と声をかける前に、自分でパジャマをたたんで、シャツをかぶって、ズボンをはいて。
前は「やってー」と言っていたのに、いまでは「こっちはかんたんだから、まかせて!」と頼もしい顔。
ちょっと前まで「ボタンがむずかしい!」と泣いていたのに、「いつの間にかできていること」って、ほんとうにあるんだなと実感しました。

そうやって、できなかったことが、できるようになっていく姿を、私はずっと見てきました。
だからこそ、「食べない」日があっても、あのころほど心配しすぎずにいられるのかもしれません。

「この子はこの子なりに、ちゃんと成長してる」
そう信じられるようになったから。

食べることだって、いまはまだ苦手でも、きっとそのうち、自分のタイミングで「食べたいな」って思う日がくる。

そう思えるようになったのは、これまでの小さな積み重ねがあったからでした。

もちろん、心配がなくなったわけではありません。

「今日は一口も食べなかったな……」
「おやつでお腹いっぱいになっちゃったかな……」

そんなふうにモヤモヤする日も、たくさんありました。

だけど、「食べない=止まっている」わけじゃない。
娘のなかでは、ちゃんと何かが動いている。
ゆっくりだけど、確かに育っている。

そう思えるようになっただけで、私は少しやさしくいられるようになりました。

*

娘はいま、しっかり者です。

私が見落としそうなことにもよく気づくし、先生の話もきちんと聞けるし、できない子にそっと声をかけている姿もあります。

でも、だからこそ私は思い出しておきたいのです。

あのころの「食べない」「できない」「しゃべらない」を、私がどれほど心配していたか。
そして、それでもちゃんと、ここまで来たということを。

「食べなくても、成長している」

あの頃の私に届けたかった言葉を、いまの私は、ちゃんと信じています。

子どもは、「目に見える変化」だけが成長じゃない。
食べた、食べない、じゃなくて、そこにどんな気持ちがあったのか。
どんなふうに向き合おうとしていたのか。
そういうことを大切にしながら、これからも、娘と一緒に、「食べる」という時間を育てていきたいと思っています。

*

次回は、娘が大好きだったキャラクターとごはんについてのお話です。


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