いつも心に「花さき山」を―心に残る絵本のご紹介 #278
少しずつ年の瀬が近づいてきました。
早いところでは、忘年会の予定を調整する声もちらほら聞こえます。
加齢臭を漂わせながら、部下を飲みに付き合わせ、
「俺の若いころはなぁ〜!」とお説教に花を咲かせていた上司たちの顔が、ふと浮かびます。
けれど僕たちの世代は、
部下を無理に誘えば「パワハラ」と言われかねないし、
うっかり説教などすれば「傷ついた」と訴えられてしまうかもしれません。
上の世代から受けた仕打ちを、下の世代に伝えられない谷間の世代——
ソンな役回りだな、と思うこともあります。
でも、これで良しとしなければ。
誰かが傷つくことを、誰かの我慢で埋め合わせる社会がずっと続いてきたけれど、
その負の連鎖はどこかで断ち切らなければなりません。
親としても、同じです。
自分が進む道を、自分で決めさせてもらえなかった。
理不尽な体罰を受けた。
どんなに良い成績をとっても、「あ、オール5じゃないのね」と言われた。
自分がされたことの代わりに、
本当はしてほしかったことを与えるのは、思った以上に難しい。
子どもの喜ぶ顔、ほっとした顔を見るたびに、
心の奥で、かつての自分がそっと泣いていることもあります。
だからこそ、その子どもの自分にも「よしよし」と言ってあげなければいけません。
あーあ、我が子のためとはいえ
またガマンしなきゃいけないのか……
そんな思いで気分が沈むとき、
僕がよく思い出すのが
絵本『花さき山』の世界です。
滝平二郎さんの切り絵はどこか懐かしくて、
「モチモチの木」や「半日村」を思い出す方も多いでしょう。
■ あらすじ
いつも妹の世話や家の手伝いばかりで、ちっとも楽しい思いをさせてもらえない少女「あや」。
ある日、山菜を採りに出かけたあやは道に迷い、
色とりどりの花が咲き乱れる不思議な場所「花さき山」にたどり着きます。
そこで出会った山ンばは語ります。
「やさしいことをすれば花が咲き、
いのちをかけて守れば山がうまれるのだよ」
その山に咲く花は、
村の誰かが“つらいのを我慢して、人のことを思って流した涙”が形を変えて咲いたもの。
山ンばは、あやが妹のためにがまんしていることも知っているのです。
物語の中で語られる双子の兄弟のエピソードには、
自分もまだ赤ちゃんでありながら、
弟のために欲しくてたまらないものを我慢する兄の姿が描かれます。
僕はこのシーンを何度読み返しても、自動でぽろぽろと涙が流れてしまうのです。
薄暗い記憶の湖の底を探ってみると
どうやら、「妹にお母さんをとられた」
幼い日の姿が浮かびあがります。
ふたつ下の妹が生まれてから
いつも楽しみにしていた母との添い寝ができなくなった僕。
妹のために涙をこらえたあの日の自分に、
絵本のなかの双子の兄をかさねていたことに
今はじめて気がつきました。
あなたにも、そんな“ガマン”の記憶がありますか?
「どうして自分だけ」
「我慢したって、結局ソンするだけ」
そう思いながらも、誰かのために耐えてきた人へ。
あなたの優しさが、
誰かに譲ったその勇気が、
きっとどこかで花になって咲いている。
そう信じさせてくれるのが、この物語です。
そして、そんな小さな美徳の積み重ねに支えられている社会だからこそ、
世界中の人たちが「日本のおもてなし」に心を動かされるのかもしれません。
そう思うと——
あーあ、またガマンしなきゃいけないのか……
と沈みかけた心が、すこしだけ軽くなる気がします。
そんなふうに、自分の中の小さな花を見つけられる一年の終わりでありたいですね。
(おしまい)
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