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パテック杯の決選投票が開始されて

久しぶりの短編小説「あと、5キロ痩せたら」で掲題のコンペに参加させていただいたことは先日お伝えしたとおり。

コンペへの参加は、パテックさんとの偶然の出会いがもたらしたもの。

ただ「小説については野心がある」とも書いたように、せっかく参加するなら、爪痕なしでは終わりたくない!みたいな気持ちもあった。

今回のコンペは、参加者(応募した書き手)や
応募作を読んだ方が、みんなで投票して賞を決める方式だ。

パテックさんの記事を読んで、あさはかな私は「もし気に入ってくださったら私に一票入れてね」みたいな記事を書こうと思っていた。昨日まで、本気で。

でもそんな気持ちはケロンパさんの記事に接して霧消した。

同じくパテック杯の参加者である彼女は、なんと57作品全部を読まれたという…


単に読まれただけでなく、私が見に行ったほぼすべての作品に、ケロンパさんの感想がコメントとして書き残されていた。

まず、その行動力に驚かされる。

私はといえば、最終選考に残った書き手たちが、残らなかった作品のなかから言わば敗者復活のような形で推薦する「ワイルドカード」を決めるために、ようやく重い腰を上げたに過ぎない。


(そんな流れで紹介するのもとても申し訳ないのだが…

水玉さんの作品「薬指のリハビリ」は、大人のファンタジーのような不思議な世界観が新鮮で、雨の後の晴れ間を思わせる爽やかな気持ちになれる一編と感じ、ワイルドカードに推させてもらった。)


それ以前には、他の人はどんなの描いてるのかな…といった気持ちで、さらっと斜め読みはしたものの、

精読し、さらに感想まで書こうというほどの関心はほぼなかったに等しい。

(たまたま斜め読みしたなかに みおいち@着物で非常勤講師のワーママさんの作品「【創作】花になりたい」があり、
その文章に閉じ込められた匂い立つような美しさに魅了され、思わず通読し感想を寄せたものの、それは文章の力に引っ張られただけだと思う)


忘れてはいけないのは、世間によくある「文学賞」に応募するのと、noteのコミュニティ内でみんなで盛り上げるタイプのコンペに参加するのとは意味が大きく異なるということ。

私は正直、「コンペをきっかけに新しく読んでくださる読者様が増えてよかったな」「小説に(先方から)興味を持ってくださるクリエイター様と交流できてよかったな」がすべてで、それ以上の関心はどこからも湧いてこなかった。

(まあ、だから共同運営マガジンなども、一つとして参加していないし、こちらから知らないクリエイターさんに積極的に絡みに行ったりもしないし、それが私の通常運転ではあるのだけど)

コンペに参加している他のクリエイターさんのすごいパワー、旺盛な人間への興味を前にして。

小説なんて人間への興味(好意にせよ悪意にせよ)があってはじめて描けるものだろうし。そもそも自分以外の人間への興味が薄い私に良いものが描けるだろうか?なんて思ってしまった。


思えば、前年の創作大賞でも
他の応募作品を読んでレビューしたり、感想を記したりする活動がさかんに行われていた。「創作大賞感想」という公募が独立して存在するほど、この活動はとても盛り上がっていた記憶がある。

今年も、クリエイター同士の交流がさかんに行われるのだろう。

きっとnoteのクリエイターさんは(人によっては)書き手という以上に、旺盛な好奇心にみちた読み手という側面をもっていて。

だからこそ、クリエイター同士が書き手・読み手という立場を自由に交換しながら、刺激を与えあうことが好まれるのだろう。

残念ながら読み手としての私の胃袋はあまり大きくないのだが、なんとなく、このnoteという街の人たちの特徴が腑に落ちた気がした。

去年の私は、「創作大賞感想」の何が楽しいのかほとんど分からないまま、シーズンを終えてしまったことが悔やまれる。

そう言う意味では、書き手の自発的な交流に頼らず、「クリエイター同士がお互いの作品を読み、交流する仕掛け」をもった今回のコンペは、なかなかに工夫が凝らされたものだと言えると思う。


【ここまで読んでくださったあなたへ】

ふだんはエッセイや短歌などの軽い記事を多く手掛けていますが、たまに小説やそれっぽいものもいくつか書いています。

お時間のゆるす範囲でお目通しいただけたら嬉しいです。







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