🦋メイとカレン(完)|森に届いた新しい名前
森の小道に、やわらかな光が落ちていた。
木々の間から差し込む緑の影を踏みながら、一つの足音が、静かに進んでいく。
(……やっと言えるかしら。今日こそ)
小さく息を吸って、また一歩。
屋敷を出てからしばらく経つのに、
「お嬢様」という肩書きだけは、まだ体にまとわりついていた。
けれど、自分の手で暮らしてきた時間や、
メイと過ごした日々が胸に灯りを残していた。
◆
メイの家の前で、ひとつ深呼吸をした。
扉をノックすると、中から
“ガサガサッ…ドサァッ” と豪快な音が響いた。
「あら、メイさん? 大丈夫ですの?」
少し驚いて扉を開けると、散らかった部屋と、床でひっくり返っているメイの姿。
「あ、いらっしゃい! って違うのこれは!
片付けようとしたのに、気づいたらこうで!」
メイは慌てて服を抱え込みながら苦笑いする。
「でっ……お嬢様、なんかあった?
今ちょっと取り込み中で〜」
慌てふためくメイを見て、カレンはふわりと微笑んだ。
「……メイさん、あのね」
「わたくしのこと、これからは“カレン”と呼んでほしいの」
メイの手が止まった。
「え? どうしたのお嬢……じゃなくて──」
カレンは首を横に振る。
その表情は、どこか決意を含んでいた。
「わたくし、もう屋敷を出てしばらく経つでしょう?ここから先は、自分の足で立っていきたいの。だから──」
ひと呼吸置いて、ふわっと微笑む。
「もう、お嬢様じゃないの。
これからは カレン と呼んでくださるかしら」
メイは瞬きをしてから、にやりと笑った。
「……カレン、ね。可愛いじゃん!」
カレンは頬をほんのり染め、少し照れた声で返す。
「ええ。これからはそう。よろしくね」
「え、じゃあさ」
「私のことも、呼び捨てでいいよ。
これからは、変に気ぃ使うのなしね」
メイは少し照れ隠しみたいに笑った。
その言葉に、カレンの中で張りつめていたものが、少しだけゆるんだ。
◆
森の小道に、やわらかな光が落ちていた。
風が葉を揺らし、どこからか小さな声が弾む。
「カレン〜」
その名前は、笑い声みたいに森に溶けていった。
メイとカレン編

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