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大麻は、いつ「悪魔の植物」になったのか(前編)― アメリカがつくった恐怖の物語


世の中おかしい Vol.17


それまでアメリカで医薬品として扱われていた「カンナビス」が、メキシコからの移民と結びつけられ、「マリファナ」という危険な薬物へとイメージを塗り替えられていく。
その背景には、人種差別があった。


芸能人が大麻の不法所持で逮捕された、というニュースは、忘れた頃に流れてくる。

そしてその人は、出演作品を降板し、過去の作品まで回収され、犯罪の重さ以上とも思える社会的制裁を受ける。

なぜ大麻が、ここまで強い嫌悪と恐怖を伴って語られるのだろう。



大麻は変わっていない。法律が変わった


2026年4月23日、アメリカ司法省は、大麻の連邦法上の扱いを一部変更すると発表した。正確に言えば、すべての大麻が合法になったわけではない。

FDAが承認した大麻由来の医薬品や、州の制度で管理されている医療用大麻を「スケジュール1」から「スケジュール3」へ移すというものだった。

スケジュール1とは、医学的な用途が認められず、乱用の危険性が高いとされた、最も厳しい分類となる。ヘロインやLSDがここに入る。
大麻は、長い間そこに置かれてきた。

現在のDEA公式説明では、marijuana / cannabis はSchedule Iの例として掲載されている。
ただし2026年4月、米司法省はFDA承認の大麻由来医薬品や州管理の医療用大麻を
Schedule IIIへ移す措置を発表した。

法律が変わると、「医学的価値のない危険な薬物」だったものが「治療に使われる物質」になる。

大麻という植物が、その日を境に性質を変えたわけではない。
葉も、花も、含まれている成分も、昨日までと同じだ。

変わったのは、法律だけ。
悪と薬の境界は、私たちが考えているほど自然に存在しているものではないらしい。


法律を守ることと、疑うこと


最初に書いておかなければならない。
私は、違法行為を勧めるつもりはまったくない。

現在の日本では、法律上の許可や正当な医療目的なく、大麻を栽培し、売買し、所持し、使用することは禁じられている。

法を破れば、罰を受ける。
法治国家において、法律は守られなくてはならない。

この記事は、その前提を崩すためのものではない。
むしろ、その前提を置いたうえで、なぜこの植物がここまで強い恐怖と嫌悪をまとったのかを考えるためのものだ。

なぜ、この植物は酒や煙草とはまるで別の「絶対悪」とされ、医療や研究の可能性まで長く閉ざされてきたのか。

大麻という言葉を聞くだけで、犯罪、暴力、廃人、反社会というイメージが立ち上がる。まるで触れただけで人間を破壊する、「悪魔の植物」であるかのように。

そのイメージは、本当に植物そのものの性質から生まれたのだろうか。
それとも、規制を正当化するためにつくられてきたものなのだろうか。

私は大麻を礼賛したいわけではない。
ただ、法律を守ることと、法律を疑うことは両立する。
犯罪を肯定することと、規制の根拠を問うことも同じではない。

今回は、既成概念や先入観をすてて、真面目に大麻の話を考えてみたい。


麻は、日本にとって異物ではなかった


麻は、もともと日本人の暮らしの中にあった。

神宮のお神札「神宮大麻」

縄文時代から栽培され、布や縄、漁網などに使われた。
神社のしめ縄や鈴縄にも使われた。
子供の名前に「麻」の字を使うこともある。
麻衣、麻美、麻子、麻里…。

名前に使われる字は、たいてい親の願いを背負っている。
「まっすぐに、丈夫に、しなやかに育ってほしい。」
それは、危険な植物の名前ではなかった証ではないだろうか。

麻は、暮らしを支え、神に近い場所にも置かれていた植物だった。
当時、日本で栽培されていた麻の多くは繊維を取るためのもので、吸って楽しむ習慣はほとんどなかった。

日本人にとって麻は、外国から来た危険な薬物ではない。
古くから生活の中にあった植物だった。

では、その植物がなぜ「悪魔」に変わったのか。
その物語は、20世紀初頭のアメリカから始まる。


大麻を吸うのは、誰だったのか


アメリカで最初に大麻規制を推し進めた中心人物が、連邦麻薬局の初代長官、ハリー・アンスリンガーだった。

晩年のハリー・アンスリンガー

彼はメディアの恐怖心を巧みに利用し、排外主義と結びつけていく。

アンスリンガーが連邦麻薬局長に就いた1930年代、アメリカでは黒人差別が社会の仕組みそのものだった。

南部では「ジム・クロウ法」のもと、学校、列車、バス、レストラン、ホテル、トイレまで、白人と黒人が分けられていた。選挙権もさまざまな方法で事実上奪われ、白人と同じ場所を使うことさえ、秩序への挑戦とみなされた。北部にも、住宅や雇用をめぐる差別が根強くあった。

黒人は、ただ偏見を持たれていたのではない。法律と慣習の両方によって、白人とは違う人間として扱われていた。

当時のアメリカ人が大麻を知らなかったわけではない。
19世紀のアメリカでは、大麻は“cannabis”(カンナビス)という名前で医薬品に使われ、痛みや不眠、けいれんなどに処方されていた。
1851年から1942年まで、アメリカで医薬品の基準を示す『アメリカ薬局方』にも掲載されている。

つまり、アメリカ人が昔から知っていた大麻は、まず「薬」だった。
煙草のように吸い、精神作用を楽しむ習慣は、白人の多数派にはまだ一般的ではなかった。

20世紀になると、メキシコからの移民を通して、大麻を喫煙する習慣が知られるようになる。黒人のジャズ・ミュージシャンの間でも使われていた。

同じ植物でありながら、薬局に置かれた“cannabis”と、移民や黒人が吸う“marijuana”(マリファナ)は、別のものとして受け止められていった。

そこでアンスリンガーは、大麻そのものだけでなく、「大麻を吸う人間」への恐怖を煽った。

大麻を吸えば黒人は暴力的になり、メキシコ人は犯罪に走り、ジャズは大麻が生み出した退廃的な音楽になる──、こんな荒唐無稽な宣伝も、黒人や移民に対する既存の偏見に重ねることで力を持った。

アンスリンガーは、こうした宣伝を大麻規制の根拠として広めていった。
植物への恐怖は、使う人間への偏見と結びつけられていく。

現在なら、公職を追われてもおかしくない差別意識だった。
しかし当時は、それが政府による規制の根拠として使われた。
大麻規制の成立と拡大の裏には、人種差別が明確に存在していた。


「マリファナ」という名前


薬としての大麻は、すでに“cannabis”という名前でアメリカ社会に存在していた。ところが規制運動では、“marijuana”というスペイン語由来の呼び名が繰り返し使われた。

その言葉は、大麻をメキシコ系移民と結びつけ、異国から来た危険なものという印象を強めた。

同じ植物が、白人の医師の手にあれば「カンナビス」と呼ばれ、メキシコ人や黒人の手に渡れば「マリファナ」と呼ばれた。

同じ植物なのに、名前と使う人が変わるだけで、社会の受け止め方は変わった。

薬が、異民族の麻薬になる。
科学が新しい発見をしたわけではない。同じ植物に、新しい呼び名と新しい物語が着せられただけだった。

黒人も、メキシコ人も、移民も、ジャズ・ミュージシャンも、白人の多数派にとっては、自分たちとは違う人々だった。
自分たちには関係がない。だから、どれほど厳しく規制しても困らない。

大麻規制は、その無関心を利用して広がっていった。

一度「悪」とされたものは、その実態よりも、先につくられた物語によって裁かれる。そして、その物語を維持することで利益を得る人や組織が生まれる。


禁酒法が終わったあと


1933年、アメリカの禁酒法が廃止される。

酒を禁止すれば、人々は酒を飲まなくなる。
そんな期待から始まった法律だったが、酒の製造と販売は地下に潜り、密造酒とギャングに巨大な市場を与えた。
犯罪をなくすはずの法が、犯罪組織を育てた。

そして、禁酒法がなくなると、取締りを担っていた組織と人員が大量に残される。大恐慌のさなかにあったアメリカは、この大量の失業者を受け止める余力がなくなっていた。

ヨハン・ハリは『麻薬と人間 100年の物語』の中で、禁酒法の終結によって取締組織が存在理由を失い、新たな敵を必要としたことも、大麻規制を後押ししたと指摘している。

組織は一度できると、自らを維持しようとする。
取り締まる対象がなくなれば、組織の必要性が問われる。
新しい敵が現れれば、予算も権限も維持できる。
白人の多数派が使わず、使用者は黒人や移民だと説明できる。

大麻は、新しい敵として都合がよかった。危険な植物が見つかったというより、危険な植物に仕立てやすい条件がそろっていた。


薬物取締りと差別


大麻規制で使われた人種差別は、単なる宣伝文句ではなかった。
それは、アンスリンガーという人物の薬物取締り全体に通底していた思想でもあった。

そのことを象徴するのが、ビリー・ホリデイへの執拗な追及である。

彼女が歌った「Strange Fruit(邦題:奇妙な果実)」は、アメリカ南部で行われていた黒人リンチを告発した歌である。

それは、南部の木に吊るされた黒人の姿。
美しいメロディーの中に、アメリカ社会が隠しておきたかった光景を突きつけた。

『麻薬と人間』では、「奇妙な果実」を歌い続けた彼女と、それを止めたかったアンスリンガー率いる連邦麻薬局の執拗な追及が重ねて描かれている。
2021年、この本を原作として映画も作られた。(日本公開は2022年)

映画『ザ・ユナイテッド・ステイツ vs. ビリー・ホリデイ』

アンスリンガーは、黒人の、女性の、ジャズ歌手が、白人を断罪するような歌を歌うことが許せなかった

薬物取締りは、社会を守ることだけではない。
都合の悪い人間を黙らせる力としても利用される。


都合の悪い研究


すべての人が、政府の物語を信じたわけではない。
当時のニューヨーク市長フィオレロ・ラガーディアは、大麻規制の根拠に疑問を持ち、ニューヨーク医学アカデミーの協力を得て調査を行った。

1944年に発表された報告書は、おおむね次のような結論を示した。

大麻の使用は、医学的な意味での依存に直接つながるとは言えない。
モルヒネ、ヘロイン、コカインへの移行を引き起こすとは認められない。
重大犯罪の決定的な原因ではない。
宣伝されているような壊滅的影響には、根拠が見つからない。

The Marihuana Problem in the City of New York
(LaGuardia Committee Report, 1944)

つまり、現在も語られる依存性、ゲートウェイ理論、暴力性に対し、当時の科学者たちは真っ向から異議を唱えていた。しかしアンスリンガーは、この報告書を非科学的だと批判し、政策に合わない研究結果を黙殺した。

科学が法律を変えるのではない、法律に合う科学だけが選ばれる。

ここでも、植物の性質より、規制を続ける側の都合が優先された。
これは、大麻だけの話ではない。


悪魔の植物である方が都合がいい


大麻を悪者にしておきたい理由は、差別だけではない。
もう一つの理由は『市場』だった。

2016年、アメリカ・アリゾナ州で大麻合法化法案の住民投票が行われたとき、製薬会社インシス・セラピューティクスは、50万ドルを反対運動に提供した。

同社はフェンタニルの製造会社だったが、同時に合成THCの独自薬品を開発中でもあった。「危険な植物」として規制したまま、その有効成分だけを特許で囲い込む──そのビジネスモデルを守るためだったと言える。

植物には特許を取れないが、人工的に合成した成分には取れる。
大麻が「悪魔の植物」である方が都合がいいのは、植物への嫌悪からではなく、市場の論理だと考えることは、単に陰謀論だと切り捨てることができるだろうか。


大麻は、用途の広い作物でもある。


茎からは繊維が取れる。種は食品になり、油も抽出できる。
医療では、痛みや吐き気、不眠、けいれんなどを和らげる効能が語られてきた。細胞や動物を使った研究では、がん細胞の増殖を抑える効果も示されている。

そして大麻は、雑草のように生命力の強い植物でもある。
土と種があり、気候が合えば、特別な施設も巨大な資本もなく育てることができる。

それが問題なのだ。そこから薬がつくられれば、既存の医薬品市場と競合する。繊維や油の利用が広がれば、既存の素材産業や食品市場ともぶつかる。

さらに研究を認めれば、過去の説明も修正しなければならなくなる。
長いあいだ「医学的価値のない危険な薬物」として扱い、「悪魔の植物」として国民に恐怖を植えつけてきた以上、簡単に「そうではありませんでした」とは言えない。規制を緩めれば、取り締まる組織の予算や役割も問われる。

つまり、大麻が本当に悪魔だから規制されているのではなく、悪魔のままでいてくれた方が都合のいい人たちがいる、ということだ。

大麻が本当に「悪魔の植物」だから、規制が続いているのか。
それとも、そうしておく方が、現在の仕組みにとって都合がいいのか。

その順番を、確かめ直す必要がある。



次回、この物語の続きは、日本から始まる。
👉後編へ


参考文献

○ヨハン・ハリ『麻薬と人間――100年の物語 薬物への認識を変える衝撃の真実』福井昌子訳

○佐久間裕美子『真面目にマリファナの話をしよう』

○The Marihuana Problem in the City of New York
(LaGuardia Committee Report, 1944)https://rodneybarnett.net/PDF/Laguardia%20Report%201944.pdf

○Lee Fang「製薬会社、大麻合法化阻止のための資金提供——投資家への開示書類が示す本音」The Intercept、2016年9月12日



以前書いた反捕鯨運動にも、よく似た構造があった。


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