見出し画像

歩きながら喋った30分が、4つのメディアの記事になる時代

どうも、久我レイジです。

最近、ウォーキングを始めました。

といっても、いきなり毎日何キロも歩こうという話ではなく、まずは週3回くらいから。続けられるところから始めようと思っています。

ただ、30分くらい歩くなら、その時間を歩くだけで終わらせるのも少しもったいない。

そこでスマホで音声を録りながら歩いてみることにしました。

最初はstand.fmやPodcastに出せればいいかな、くらいに考えていたんです。

実際に歩きながら喋ってみると、人が近くを通ったときはちょっと恥ずかしいんですけどね(笑)。


僕、意外とそういうところは気にします。
でも、30分ほど喋ったあとで、ふと思いました。

これ、音声だけで終わらせる必要がないんですよね。


文章を書くために、机へ向かわなくてもよくなってきた

僕はこれまで、noteならnoteを書く時間、XならXを書く時間という感じで、それぞれ別のものとして考えていました。

ブログを書くなら、また別です。

発信する場所が増えるほど、それぞれに時間が必要になる。

これは当たり前だと思っていました。


でも、今回録った音声を文字にしてみると、その前提が少し変わってきます。

僕が30分歩きながら喋った内容には、そのとき考えていたことがかなり入っています。

最近やっていることだったり、迷っていることだったり、今後どうしようかと考えていることだったり。

文章として整理されてはいません。

話が少し戻ったり、途中で違うことを思い出したりもします。


むしろ、それでいいのかもしれません。

そこからAIを使って整理すれば、ひとつの音声をいくつかの形へ変えられるからです。

たとえば、音声そのものはstand.fmやPodcastで使えます。

そこからテーマをひとつ拾って、背景や自分の考えを加えればnoteの記事になる。

さらに要点を絞ればXにもできます。

検索する人が知りたい情報や、実際にやった結果を整理していけば、僕がこれから育てていくKR LABのブログ記事にもできる。

つまり、音声、note、X、ブログの4つです。

同じ内容をそのまま4か所へコピーするという話ではありません。

元になっている材料が同じなんです。

4本作るのではなく、ひとつの経験から作る

ここは結構大きな違いだと思っています。

これまでは4つの媒体で発信するなら、4つのコンテンツを作る感覚でした。

だから当然、大変です。

僕も今、いくつかの場所で発信しています。


仕事や制作をしながら、それぞれの媒体ごとに毎回ゼロから原稿を作ろうとすると、さすがに時間が足りません。

本来やりたい制作まで圧迫してしまったら、それも違う。

でも最初に「コンテンツ」を作るのではなく、自分が経験したことや考えたことを素材として残しておく。

そう考えると、かなり見え方が変わります。

今日で言えば、僕がやったのはウォーキングしながら喋ったことです。


その30分自体は一度しかありません。

でも、あとから音声にもできるし、文章にもできる。短く切ることもできるし、検索向けに詳しく整理することもできる。

AIが新しい経験を作ってくれているわけではありません。

僕が一度経験したことを、別の形へ変える作業が圧倒的に楽になった。

最近は、こっちの変化の方が面白いと思うようになってきました。

AIというと、どうしても「文章を何分で書ける」とか「大量の記事を作れる」という話になりがちです。

もちろん、それもできます。


ただ僕は、そこだけを追いかけると発信そのものが薄くなっていく気もしています。

AIにゼロから「今日のnoteを書いて」と頼めば、それらしい文章は作れる。

でも、それを続けていくと、僕が書かなくても成立する文章が増えてしまう。

それは、あまり面白くない。

AIに考えてもらうより、自分の素材を残す

歩きながら喋っていて面白かったのは、文章を書くときよりも先に言葉が出てくることでした。

文章だと、どうしても少し考えます。
この言い方でいいかなとか、ここは説明した方がいいかなとか。

音声では、そこまで整理する前に口から出てしまう。


もちろん、そのまま記事にしたら読みにくいです。
でも、その整理をAIに任せられる。
僕の中では、この役割分担がかなりしっくりきています。
 
考えるところまで全部AIへ渡すのではなく、まず僕が喋る。

AIには、その素材を読める形に整理してもらう。

noteならnoteに合う形へ。Xなら短く。
ブログなら、あとから検索した人にも意味が分かるように情報を補っていく。


最近は、AIに文章を書かせているというより、僕が喋ったものを別の場所へ持っていってもらっている感覚の方が近いです。

そして、もうひとつ考えたことがあります。
これから残しておいた方がいいのは、完成した記事だけではないのかもしれません。

音声でもいい。
動画でもいい。

制作中の記録でもいいし、何かに失敗したときの話でもいい。

そのとき自分が何を考えていたのか。
加工する前の素材が残っていれば、あとから別のコンテンツへ変えられます。


AIができることが増えるほど、完成品より、その手前にある本人の経験の方が重要になる可能性もあります。

発信する時間そのものが変わっていく

僕はこれまで、記事を書くなら「記事を書く時間」を作る必要があると思っていました。

もちろん、最後に文章を確認したり、自分の言葉に直したりする時間は必要です。

そこまで全部なくなるとは思っていません。

でも、記事の最初の材料を作るために、必ずしも机へ向かう必要はなくなってきました。

歩いている30分。

移動している時間。

何かを作りながら考えていること。

今までなら、そのまま消えていたものを残せるようになった。

そして一度残せば、あとからいろいろな形に変えられる。

今日、僕はただウォーキングを始めただけでした。

でもスマホに向かって30分喋ったことで、その時間がPodcastの素材になり、noteの記事になり、Xにも使えて、ブログにも残せるかもしれない。

そう考えると、これから変わっていくのは「文章を書く速度」だけではなさそうです。

発信するために新しい何かを毎回ひねり出すのではなく、普段やっていることや、そのとき考えていたことを残しておく。

僕はしばらく、このやり方を試してみようと思っています。

たぶん次も、歩きながらそのとき考えていることを適当に喋ると思います。

それがあとで何の記事になるのかは、そのとき考えればいい。


こちらもおすすめ!


いいなと思ったら応援しよう!

久我レイジ いただいたチップは作品づくりの活動費に使わせていただきます。応援していただけると、とても励みになります!