勝てる場所にだけ立っていたら、景色は変わらない
どうも、久我レイジです。
ブラジルは、やっぱり怖かった。
日本代表がブラジルと戦っている姿を見ていて、途中から僕は、サッカーの試合というより、もっと大きな世界に自分たちの旗を立てに行く人たちを見ているような気持ちになっていました。
もちろん、サッカーはサッカーです。
でも、画面越しでも伝わってくるものがありました。ボールを持たれた時の嫌な怖さとか、ひとつのミスがそのまま失点につながりそうな空気とか、名前の大きさだけではなく、プレーそのものから漂ってくる強者の気配みたいなもの。
サッカーをそこまで詳しく知らない人でも、ブラジルが特別な国だということは、なんとなく知っていると思います。
だからこそ、あの圧の中で日本代表が戦っている姿を見ていると、少し息が詰まるような時間がありました。
普通なら飲み込まれてもおかしくない相手です。
でも、日本はただ飲み込まれているようには見えませんでした。
押し込まれる時間はある。苦しい時間もある。簡単に前へ進ませてもらえない場面もある。それでも、どこかで自分たちの形を出そうとしているように見えました。
相手がブラジルだからといって、最初から負けるためにピッチに立っているわけではないんですよね。
そこを見ていて、僕は創作や発信のことを考えていました。
強い人がいる場所に、自分の作品を出す怖さ

今の時代、どこに行っても強い人がいます。
noteにも、Xにも、YouTubeにも、clusterにも、すでに実績を持っている人がいて、数字を持っている人がいて、作品の完成度が高い人がいます。見せ方も上手いし、発信も上手いし、ちゃんと人が集まっている。
そういう場所に自分の作品を出していくのは、正直、けっこう怖いです。
「怖い」と書くと少し大げさに見えるかもしれないけど、でも本当にそうなんです。
僕もメタバースドラマを作っていて、何度もその感覚になります。
すごいワールドを作れる人がいる。映像の見せ方が上手い人がいる。演出も、音楽も、世界観も、もうとっくに高い場所でやっている人たちがいる。
その中で、自分の物語を出していく。
胸を張りたい気持ちはあります。もちろんあります。でも、それと同じくらい、どこかで手が止まりそうになる瞬間もあります。
イベントの告知を出したのに、思ったほど反応がない夜があります。
他の人の作品を見て、自分が作っているものが急に小さく見えることもあります。
ひとりで台本を直しながら、「これ、本当に届くのかな」と思う時間もあります。
たぶん、創作や発信をしている人なら、少しは分かるんじゃないでしょうか。
誰かに勝ちたいというより、自分がそこに立っていいのか分からなくなる感じ。
僕は、あります。
言い訳が正しい時ほど、動けなくなる

大きな世界の前に立つと、引き返す理由はいくらでも出てきます。
まだ早いとか、準備が足りないとか、もっと上手くなってから出した方がいいとか、もう少し実績を作ってからの方がいいとか。
しかも、その言い訳はだいたい正しいんですよね。
実際、準備が足りないことはあります。技術が足りないこともあります。今出しても届かないかもしれないし、もっと直せる部分があるのも分かっている。
だからややこしい。
ただの逃げなら、自分でも分かりやすいんです。でも、半分くらい本当に正しいから、余計に動けなくなる。
僕も何度もそこで止まりかけます。
でも、ずっと安全な場所にいると、傷つかずに済む代わりに、自分の現在地も分からないままになります。通用しない部分も見えないし、意外と戦える部分も見えない。
安全な場所で自信を守っていると、昨日の自分を少し丁寧に繰り返しているだけになることがある。
これがけっこう怖いんです。
失敗より怖いかもしれない。
メタバースドラマは、まだ「それ何?」から始まる

僕は今、メタバースドラマという、まだ大きな市場とは言えない場所で物語を作っています。
正直、簡単ではありません。
「メタバースドラマって何?」から始まることも多いです。作品を作るだけではなく、その前に場所そのものを説明しなければいけない。どうやって観るのか。何が面白いのか。普通の映像作品と何が違うのか。
作るのにも時間がかかります。キャストも必要です。ワールドも必要です。撮影も編集もあります。完成したからといって、すぐに多くの人へ届く保証もありません。
でも、そこが面白いとも思っています。
すでに誰もが当たり前に見ている場所ではないから、自分たちで道を作っていく感覚があります。誰かが整えた道を歩くのではなく、まだ足元が少しぬかるんでいる場所に、自分たちで踏み跡をつけていくような感じです。
きれいな話だけではありません。
反応が薄いと普通にへこみます。数字が動かなければ気になります。強い人の作品を見れば、悔しくもなります。
でも、そういう気持ちがあるから、まだ本気で向き合えているのかもしれません。
怖さがまったくない場所では、たぶん僕はここまで考えない。
あれは無謀じゃなくて、居場所を取りに行く姿だった

ブラジルに挑む日本代表の姿は、僕には無謀な戦いには見えませんでした。
もちろん、勝てたら最高です。勝負なので、勝ちたいに決まっています。
でも、それだけではないんだと思います。
強い相手と向き合うから、自分たちに何が足りないのかが見える。通用した部分も、まだ届かなかった部分も、次に持っていける。逃げなかった経験が、次の自分たちを作っていく。
創作も発信も、たぶん同じです。
投稿したから読まれるわけではありません。作品を出したから届くわけでもありません。イベントを開いたから人が来るとも限りません。
それでも、出さなければ始まらない。
旗を立てなければ、そこに自分がいたことすら残らない。
僕はそう思っています。
勝てる場所にだけ立っていたら、たぶん傷つきません。
でも、悔しさも残らない。伸びしろも見えない。次に何を変えればいいのかも分からない。
だから僕は、強い場所に立つことを怖がりすぎたくないです。
怖くないわけではありません。
たぶん、また悔しくなると思います。数字を見て落ちる日もあるし、他の人の作品を見て、自分の小ささを感じる夜もあると思います。
それでも、今日も行きます。
小さな旗を持って。
まだ届かない場所へ。
こちらもおすすめ!
いいなと思ったら応援しよう!
いただいたチップは作品づくりの活動費に使わせていただきます。応援していただけると、とても励みになります!