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僕の頭の中にいた登場人物が、他人の声で喋り始めた

どうも、久我レイジです。

自分で書いたセリフなのに、声になったものを聞くときは、答え合わせだけでは済まないんですよね。

今、メタバースドラマ『記録にない君』の音声編集を進めています。キャストが収録した声を、台本に沿って会話としてつないでいく作業です。

脚本を書いたのは僕なので、誰が何を言うかも、その先に何が起こるかも知っています。

でも、セリフを知っていることと、その人物が喋るのを聞くことは、やっぱり少し違う。

文字のときには自分の頭の中で補っていたものが、声になると、具体的な長さや強さを持つ。そのぶん、書いていたときの想像だけでは決められないことも出てきます。 


セリフには、書ききれない部分がある

脚本を書くとき、僕は言葉だけを考えているわけではありません。

誰に向かって言うのか。何を隠しているのか。本当は引き止めたいのに、なぜその言葉を選んでしまうのか。そういうことも含めて、場面を組み立てています。

ただ、その全部を台本に書けば伝わるかというと、それも違う気がするんです。

たとえば、「大丈夫」という一言。

すぐに返せば、本当に気にしていないようにも聞こえる。でも、一度息を吸ってから小さく返したら、無理をしているように聞こえるかもしれない。

これは説明のための例ですが、言葉を一文字も変えなくても、受け取る印象は変わります。

声の強さや、言い終わるまでのわずかなためらい。そういうところにも、その人物の気持ちが出るんですよね。

台本に書かれたセリフは同じでも、その人がどう生きているかは、声によって見え方が変わる。

そこが、キャストに演じてもらう面白さだと思います。

僕の想像に近いことだけが、正解ではない

もちろん、脚本を書いた時点で、僕なりのイメージはあります。

だから、頭の中で鳴っていた声に近づけたくなる気持ちもある。でも、それだけを正解にしてしまうと、キャストがその人物を考えて演じる余地まで狭くしてしまうかもしれません。

僕が考えていた言い方と違っていても、その人物の気持ちとして自然なら、一度ちゃんと聞いてみたい。

逆に、意外だからというだけで、何でも採用すればいいわけでもないんですよね。場面の意味が変わってしまったり、前後の気持ちがつながらなくなったりするなら、そこは監督として伝える必要があります。

その判断は、たぶん簡単には割り切れません。

自分の中にある人物像を守りたい気持ちと、自分では思いつかなかった表現も見てみたい気持ち。その両方を持ちながら作ることになるんだと思います。

声をつなぐと、二人の関係が聞こえてくる

音声編集では、一人ずつのセリフを並べて、会話にしていきます。

そこで考えるのは、言葉の順番だけではありません。相手が話し終わってから、どのくらいで返すのか。その空白を、どこまで残すのか。

返事が早ければ、気を許しているように聞こえる場面もあるし、少し待つことで、言葉を選んでいるように聞こえる場面もある。

ただ、長く空ければ深い芝居になるわけでもない。聞いている人の気持ちが途切れてしまうなら、その長さは考え直したいところです。

こうして声をつないでいると、一人の登場人物を形にするだけでなく、二人の距離も作っているんだなと思います。

『記録にない君』では、音声を先に仕上げてから、メタバース内で撮影する流れです。

だから、この会話の長さや呼吸が、これから撮る映像にも関わってきます。声を聞きながら、どこで相手を見るのか、どの表情を見せたいのかを考えていく。

今はまだ映像になっていない場面にも、先に会話の時間が流れ始めているんですよね。

僕が書いた人物を、僕だけでは作れない

脚本を書いている間、登場人物のことを考えているのは、基本的に僕一人です。

でも、台本を渡せば、キャストもその人物について考えてくれる。声が届けば、僕はそれを聞いて、もう一度その人物や場面を考えることになる。

自分が考えたものを形にしているはずなのに、自分の想像だけで終わらない。

手間もかかるし、伝え方に迷うこともある。それでも、誰かとドラマを作るなら、その変化を受け取れる監督でいたいと思います。

僕の頭の中にいた登場人物が、他の人の声で喋り始める。

その声を聞いたあとで、今度は僕が何を映すのか。音声編集を進めながら、その先の撮影のことも考えています。


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