古田割徹とニューヨーク芸術クラブ(5.5千文字)

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古田割徹とニューヨーク芸術クラブ
v2.19
【注釈】本記事/本稿はフィクションであり、実在の人物・団体・権利とは一切関係がありません。たとえ、記述の中に実在のものと同じ名前が出てくることがあっても、それらはすべて作者のインナースペース的投影、あるいは別の世界線の出来事、あるいはこの世界線であったとしても作者専属の守護霊の発言として表現されたものです。つまり、すべての文章には(と作者専属の守護霊が言っている)が省略されているものとします。したがって、断じて、現実の人物・団体・権利を侵害するものではなく、断じて、誹謗中傷や名誉毀損を意図するものでもなく、断じて、読者の心の平穏を乱すものでもなく、断じて、宇宙の調和を揺るがすものでもありません。よって、本コンテンツの無断複製・転載は固くお断りするとともに、そして当然に、作者は自由に内容を変更できるものとします。
1. 古田割徹
古田割徹は、こだわりとおる、と読む。彼は軽度のADHD傾向と、生活上はかなり重く出るASD特性を持っている。制度上は大きな支援の対象から外れ、健常者として暮らす側へ置かれている。彼の注意は、ひとつの方向へ歩いている途中で道端に妙な石を見つけると、その石と一緒にどこかへ行ってしまうことがある。本人は目的地を覚えているつもりだが、石のほうがよく覚えている日もある。古田割は、その性質と長いこと付き合ってきた。その古田割がニューヨークにいた。美術クラブの合宿へ参加するためだった。首には参加証が下がっていた。美術学校へ通った経験も、映画を撮った経験も、何かを発表した経験も持っていなかった。それで世界中から芸術家が集まる合宿へ来てしまった。人生には、ときどき本人より先に話が進んでいる部分がある。
2. 芸術クラブ
会場では映画、絵画、動画スライド、写真、彫刻、陶芸、オブジェ、演劇、舞踏、それから既存の分類へきれいに収まりそうにないものまで扱われていた。世界中から来た講師たちは、それぞれの分野で長く制作を続け、その方法そのものが後進の教材になるような人々だった。名前を聞いた途端にノートを開く受講生もいたが、古田割には肩書より、目の前で何が起きるかのほうが分かりやすかった。講義は実演と一緒に進み、何かを説明してから作る人もいれば、作ったあとに少し話す人もいた。最後までほとんど説明しない人もいて、その人の周囲ほどメモを取る者が多かった。古田割も一応見ておいた。参加者の多くは、自分が何を作りたいかをすでに知っているように見えた。古田割だけは、参加証以外に何を持ってきたのかよく分からなかった。
3. 浅野忠信
ある講義で、巨大なスクリーンに浅野忠信の顔が現れた。最初は一枚の写真だった。それが四つになり、八つになり、赤くなり、青くなり、目だけになり、また顔へ戻った。スーパーマーケットの棚へ並んだデルモンテ缶が、色と配置を変えながら増殖し、商品棚から肖像へ、肖像から電子的な記憶へ変わっていくようだった。やがて顔だけが亡霊のように画面へ定着し、背景が走り始めた。都市の喧騒。車列。広告。人の群れ。高速道路を猛烈な速度で移動するドライブレコーダー風の映像がその奥を貫き、標識と高架の柱が次々と後方へ飛んだ。突然、山間部の河川へ切り替わった。緑の山と流れる水の上にも浅野忠信が残っていた。川面が細かな矩形へ分かれ、山の輪郭は幾何学的な面へほどけ、木々の緑が発光する線へ変わった。景色はサイバーパンク風の電脳空間へトランジションし、浅野忠信の顔がだまし絵のようにジャックインした。巨大化し、背景へ溶け、瓦解したかと思うと重慶の夜景が現れた。山の斜面へ積み上げられた立体都市の内部を道路と鉄道が走り、洪崖洞を思わせる建物群が発光し、李子坝駅を思わせる場所では列車が高層住宅へ吸い込まれていった。重慶は東京へ変わった。新宿、歌舞伎町、思い出横丁、秋葉原。高層ビルの足元へ細い路地、赤提灯、看板、デジタルサイネージが折り重なった。東京は香港へ移り、九龍と旺角の密集した高層住宅や街路へせり出す看板が巨大な電子回路のように組み替えられた。そこからシンガポールのマリーナ・ベイへ抜け、巨大な樹木状構造物と高層建築の光を通過すると、ドバイのシェイク・ザイード・ロードが現れた。霧へ伸びるブルジュ・ハリファは、宇宙船を地面へ垂直に停泊させたようだった。そしてニューヨークへ戻った。雨のタイムズスクエアで巨大なデジタルサイネージとLED広告が濡れた舗道へ色を落とし、地下から白いスチームが立ち上っていた。石造りの古い建物と電子広告が同じ交差点で時間を奪い合っていた。
そこから都市は順番を捨てた。重慶の立体都市へ東京の看板が生え、香港の集合住宅の上へドバイの高層建築が伸び、シンガポールの巨大な樹木状構造物の向こうをニューヨークの黄色いタクシーが横切った。タイムズスクエアの広告が秋葉原へ移り、歌舞伎町の赤い光が旺角へ流れ、ブルジュ・ハリファの先端が重慶の夜霧へ入っていった。世界中の都心がモンタージュのように同期し、ひとつの都市へトランスフォームしていく。古田割の頭には『ブレードランナー』という言葉が浮かんだ。映画で見た未来へ現実が追いついたというより、別々の場所で育った都市が偶然よく似た夢を見始めたようだった。その奥から浅野忠信の顔が戻ってきた。実際には最初から画面へ残っていて、背景だけが世界一周していたらしい。最後に顔がタイムズスクエアの巨大広告へ重なり、映像は止まった。古田割は感動した。そして困った。これを見たあと、自分は何をすればいいのだろう。芸術は、ときどき感動させた相手の手足をそのまま縛って帰る。
4. 土
古田割は何をしてよいか分からなくなり、日本人講師の陶芸コースへ入った。粘土なら手で触れられる。その程度の判断だった。ところが講師は参加者を屋外へ連れていった。そこには畑があり、陶芸の受講生たちは野菜を収穫することになった。自然農法だった。土を生かしたまま作物を育てることと、土をこね、形を与え、火へ渡す陶芸とが、講師の中では同じ場所から始まっているらしかった。畑の土は黒く柔らかく、掘り返すたびに湿った匂いが立った。ニューヨークの真ん中にいることを一瞬忘れさせるような、古田割の知っている土の匂いだった。玉ねぎを抜き、ししとうを摘み、その場で食べた。どちらもうまかった。土から抜いたばかりの玉ねぎには甘みがあり、ししとうには青い匂いが残っていた。陶芸と農業が同じ授業の中にいることも、その頃には妙に自然に思えてきた。
畑から戻ると粘土を扱った。講師は土の状態を確かめ、手のひらで押し、指を入れ、形が生まれるまでの速度まで知っているようだった。参加者たちもそれぞれのやり方で土へ向かっていた。古田割も講師の手つきを見て、同じように押し、同じように掘り、同じように形を整えた。土の感触は心地よかった。それでも自分がこの場所にいることへの場違いな感覚が身体の中に充満していた。隣の人間が一つの形を作るたびに、その人にはそこへ手を置く理由があるように見えた。古田割には理由が見つからなかった。講師の模範に倣えば手は動いた。手が動けば形もできた。しかし、その形の内部には古田割自身がまだ入っていなかった。古田割は土の前で、講師の手つきだけを写し取った空っぽの壺みたいになっていた。講師がやって来て、その形をしばらく眺めた。それから古田割を見て、「あなたは、まだ自己を見出していませんね」と言った。古田割は手の中の土を見た。形はできていた。中身は空だった。
5. 舞台演劇
次に入ったのは舞台演劇のクラスだった。舞台には数脚の椅子と、淡い色の大判布が置かれていた。講師は親しみやすい男で、少し疲れた人間へ黙ってコーヒーを出してくれそうな顔をしていた。二人の俳優が布を左右から持つと船になった。端を静かに揺らすと水の上を進み、床へ長く這わせると川になった。俳優がその手前で立ち止まるだけで向こう岸まで見えてきた。垂直に掲げれば壁になり、肩へ掛ければ衣服になり、床へそっと被せれば死者を覆った。船。川。壁。衣服。死者。布は一枚だった。舞台へ船を運び込まず、川を掘らず、壁を建てず、それでも客席には全部見えていた。置かれた物が少ないぶん、観客の頭の中で世界が増えていった。講習が終わると、講師は舞台の端に残っていた古田割のところへ歩いてきた。何も尋ねず、しばらく古田割の顔をじっと見つめた。それから「君の中には、もうすでにテーマがあるはずだ」と言った。それは少し助かる話だった。自己はまだ発見されていなかったが、テーマのほうはすでに内部へ届いているらしい。古田割は探してみた。映画。本。宗教。絵。音楽。グルジェフ。人間。AI。どうでもよいこと。どうでもよいと思っていたのに三十年後まで覚えていること。昨日必要だったのに今日には忘れていること。たくさんあった。一枚の布なら船にも川にもなるのに、古田割の中身は船団みたいに勝手な方向へ進んでいた。
6. 道化師
さらに別の部屋へ入ると、道化師のような化粧をした集団がいた。演劇とパフォーマンスと美術のあいだを行ったり来たりする講習らしかった。受講生の中に、一人やたらと存在感のある男がいた。太っていて、鼻毛が出ていて、前歯が目立ち、『天才バカボン』のパパへ横山ノック風の髪型を乗せ、そこへポマードを一瓶使ったような姿をしていた。首から受講証を下げたまま、顔だけはもう講師だった。こういう場所へ来ると、誰よりも早く場の空気を理解した顔をして、まだ何も始めていない他人へ口を出す人間がいる。その男は、その型から抜いたばかりの新品みたいだった。彼は古田割を見て、「お前みたいに、何にも手を出せない奴は腐るほどいるんだよ」と笑った。古田割は鼻毛と前歯と髪型を順に見た。発言の内容より、どうしてこの人物がここまで完成された外観で出現できたのかが気になった。男はなおも何か言った。その途中で、古田割の中に朝から不在だったものが戻ってきた。
7. 発言
古田割は大声を出した。「吉本芸人の出来損ないのような主観芸術に手を出しているあなたのような人に、とやかく言われる筋合いはない」。自分の声が耳のすぐそばで破裂した。その瞬間、目が覚めた。天井があった。薄暗い部屋があった。布団があった。ニューヨークが消えていた。しばらく何が起きたのか分からず、古田割は仰向けのまま天井を見つめた。喉に声を出した感触が残っていた。胸の奥にも、さっきまで誰かを真正面から拒絶していた熱が残っていた。夢だったと理解するまで少し時間がかかった。理解したあとも、すぐには起き上がれなかった。夢の中であれほどはっきり他人を攻撃した自分に、古田割は驚いていた。普段なら頭の中だけで処理して終わる種類の言葉を、夢の中では相手の顔へ向けて大声で投げつけていた。その攻撃性は、自分の中に知らない動物が一匹いたような感じを残した。同時に、夢でよかったという安堵も少しあった。
それよりも古田割を茫然とさせたのは、浅野忠信のスライドだった。あれを自分の頭が作ったのかと思うと、妙に感心した。浅野忠信の顔を残したまま、都市と自然と電脳空間を世界一周させ、最後に雨のニューヨークへ戻す。夢の中で見たときの感動が、目覚めてもまだ残っていた。古田割は、自分の脳内で製作されたそのスライドに本当に感動していた。現実では映像制作の技術を持っていない古田割の頭が、睡眠中だけ勝手に映像監督と編集者と美術スタッフを雇っていたらしい。しかも予算の心配をしていない。夢の制作部は景気がよかった。古田割は枕へ頭を沈めたまま、我ながら、あれはよかったと思った。
少し時間が経ってから、別のものが残っていることにも気づいた。夢の中で口から飛び出した「主観芸術」という言葉だった。あれほど即座に、しかも嫌悪を込めて出てきた以上、その考えはさっき生まれたものではなかったのだろう。空っぽだと思っていた壺の内側には、主観芸術を蔑視する自己だけが薫習のように染みついていたのかもしれなかった。そのことは、夢の中で他人へ向けた攻撃性よりも少し気味が悪かった。空っぽというのは、何も入っていないこととは違うらしい。
8. 客観芸術
そこから古田割はグルジェフの客観芸術を思い出した。人間の一時的な気分や偶然の連想をそのまま流し込む作品に対して、人間や世界へ働く法則についての知識から構成され、見る者へ一定の作用を及ぼす芸術があるという考え方である。古田割は、しばらく天井を見ながら土の教室の壺を思い出していた。客観芸術は、その壺へ入れる中身ではない気がした。中へ何を詰めれば自分になるのかという話とも少し違っていた。壺がどこに置かれ、何と向き合い、誰が見て、光がどこから入り、その空洞が周囲とどう響くのか。壺と世界との相関図のようなものかもしれなかった。
浅野忠信の顔が都市を横断したスライドも、一枚の布が船や川や壁になった舞台も、それぞれ単独の物体として完結していたわけではなかった。顔と都市、布と身体、舞台と観客、その関係が働いたときに何かが生まれていた。古田割自身も、その相関図の外から眺める人間ではなく、その中へ置かれた一個の壺なのだろう。
そうか、自分は客観芸術を作ればいいのか。
古田割はスマートフォンのメモ欄を開いた。
「客観芸術」
それだけ打った。
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