良い人という傲慢を手放す!母の強さと私を信じるために
本気で何かをやろうとする時、ちゃんと決断したら、宇宙や神様や見えない世界の存在は味方してくれて、なんらかの形でヒントをくれる。
今朝も、ふと、気になるブログを読んでいたら、今の私に必要なメッセージが溢れていた。
誰かを弱いものにして、良い人になろうとしていないか?
罪悪感を持つ事で、自分を正当化していないか?
いろいろと思い当たる節はある。
一番思い当たるのは、入院中の母を弱いものにして私は良い人になろうとしていること。
母のことを心配しているのではなく、母を弱いものにして私がなんとかしてあげなくちゃって、良い人になろうとしている。
母に頼られている良い人の私。
母は私がいないと生きていけないって、とても傲慢な気持ちを持っている。
これじゃ、母の身体は健康になることができない。
母が健康になると私は良い人でいられないから。
私は誰かの役に立っている良い人を演じるために、母や誰かを弱いものにしているのだ。
そんなの嫌だ。
私はみんなが健康で幸せでいてほしい。
私が良い人になるとか、ならないとかなんて、どうでもいい。
誰かの役に立って良い人にならないと、私は認められていない、評価されていないなんて思うのは、私に失礼じゃないか。
私はただ居るだけで、いい存在なのだから。
誰かを弱いものにして、良い人にならなくてもいい。
みんな、しっかりと強い気持ちや身体を持って生きているのだから。
私だけでなく、みんなをみくびらない。
私が私をみくびることは、私だけでなくみんなをみくびってることだから。
誰かを弱いものにしているのは、私も弱いから何とかしてくださいと言っているのと同じことでもあるしね。
頭の中ではわかっているつもりでも、こうやって気づかされる事で、また思い出して思考の修正ができる。
私もみんなも弱いものにせず、みくびらない。
もっと私もみんなも信じる。
母は大丈夫だ。
母には自ら癒える力があるのだから。
本日の潜在意識の書き換え記事はこちらです。
