牧野邦夫さんの「真っ直ぐな視線」が暴いた私の嘘と現実
「見る人間・牧野邦夫」を読んでいるのですが、興奮冷めやらず。
牧野千穂夫人が書いている本なのですが、牧野邦夫さんのことが、わかればわかるほど、わからなくなるという(笑)
牧野邦夫展で、人物画と見えてはいけないものが見えている空間の衝撃が凄くて、おもわず牧野千穂夫人の書いた本を購入。
そもそも何で、牧野邦夫さんの絵を見て、何も考えられないほどの衝撃を受けたのか?
感覚的には、私の中にいろんな情報がインプットされているのはわかる。
感覚的に心を動かされているのだから。
ただ、ここで感覚に頼るだけでなく、少しでも言語化して視覚化するのも大切なんだと思うので、今、言語化できるところまで書いていく。
私は普段、現実の何を見ているのだろうか?
牧野さんの絵の中には、たくさんのものが描かれている。
普通に見えている以外の何かが、そこには描かれている。
空間の中に、見えるはずのない、たくさんの顔が描かれている。
一瞬、不気味な印象を受けるのだが、実はその不気味な世界こそ現実であって、牧野さんは見えたものをそのまま描いているに過ぎないじゃないかって。
私たちが、あえて見ようとしない、現実の中にある醜さや魂の本当の叫び。
だからこそ、私は一体、現実の何を見ているのだろうかって衝撃を受けたのだ。
牧野さんは、本当に見えているものを、ただ素直に描く。
批判や世間体を一切介在させず、ありのままの世界を差し出す。
その潔さに、私は打ちのめされたのだ。
私は、私の心の中をこれほどまでに晒せているだろうか。
嫌われるのが怖くて、変だと思われるのが嫌で、私は心の中を偽ってきた。
牧野さんの「真っ直ぐな表現」を直視できなかったのは、私の生きる現実が嘘で塗り固められていたからだ。
正直に表現していい。
見えたもの、心にあるものを、そのまま外に出していい。
牧野さんの絵は、そう私を許してくれたような気がする。
私の潜在意識は今、静かに、しかし確実に書き換えられつつある。
本日の潜在意識の書き換え記事はこちらです。
