経験を「型」にすると、別の仕事でも使える
本日は「研究者のよもやま話」シリーズをお届けします。
今日のテーマは、経験を別の仕事でも使える形にするには、どうすればいいのかです。
仕事をしていると、初めてなのに妙に勘所をつかむのが早い人がいます。
その仕事を以前に経験したわけではない。専門知識をすべて持っているわけでもない。それでも、何を整理して、どこから手をつければよいかを見つけるのが早い。
以前は、単純に経験が豊富だからだと思っていました。
でも、経験の数だけでは説明できません。長く仕事をしていても、初めての場面では毎回ゼロから考えることがあります。反対に、一見関係のない経験を、新しい仕事にうまく持ち込めることもあります。

この違いは、経験を出来事のまま覚えているか、別の場面でも使える「型」にしているかなのではないかと思っています。
「次は一本早い電車に乗ろう」で終わらせない
たとえば、旅行の予定を朝から夜まで詰め込んだとします。
ところが、最初の電車が20分遅れました。そのせいで予約していた昼食に遅れ、午後の予定もずれ、最後に行くはずだった場所を諦めることになりました。
この経験から、「次は一本早い電車に乗ろう」と考えることもできます。
ただ、これでは学びが「次に同じ旅行をするとき」にしか使えません。
そこで、駅名や電車、旅行という固有の要素を外してみます。
すると、残るのは、「余白のない計画では、最初の小さな遅れが、その後の予定すべてに波及する」という構造です。
ここまで抜き出せれば、この経験は旅行以外にも使えます。
仕事のスケジュール、実験計画、会議の進行、家事の段取り。予定どおりに進まない可能性があるなら、最初から余白を入れておく。
つまり、
具体:電車が20分遅れて、旅行の予定が崩れた
抽象化した型:前の工程に依存する計画では、小さな遅れが後ろへ連鎖する。だから余白を持たせる
別の具体への応用:仕事の締め切りや実験計画にも、予備時間を入れる
という流れです。
一つの旅行の失敗を、別の場面でも使える形に変える。 私が考えている抽象化は、こういうことです。
抽象化とは、曖昧にすることではない
私は、これが「具体から抽象へ上げる」ということだと思っています。
抽象化というと、難しい言葉に置き換えたり、話を大きくしたりすることのように聞こえます。
でも、「今後は柔軟に対応する」「本質的に考える」「DXを進める」と言い換えただけでは、次の場面で使えません。
それは抽象的というより、単に情報が減っているだけです。
役に立つ抽象化では、個別の出来事から、別の場面でも再現できそうな関係や手順を抜き出します。
例えば
何を目的にしていたのか
どこで判断を間違えたのか
何が結果を左右したのか
何を先に決めておけばよかったのか
次も使えそうな順序や判断基準は何か
こうして取り出したものが、私の中では「構造」や「型」です。
つまり、
具体 → 抽象化 → 構造化 → 型として保存する
という流れです。
抽象化の目的は、話を賢そうに見せることではありません。一つの経験を、別の場所でも使える形にすることです。
経験を「出来事」ではなく「型」で覚える
私たちは、経験をエピソードとして覚えがちです。
あの旅行では予定を詰め込みすぎて失敗した
あの会議では説明が伝わらなかった
あの買い物では比較に時間がかかった
あの旅行では予定を詰め込みすぎた
もちろん、具体的な記憶には意味があります。
ただし、出来事のままでは、似た場面に出会っても気づけないことがあります。
「旅行の予定」と「仕事のスケジュール」は、表面だけを見れば別物です。しかし、構造として見れば、どちらも前の工程の遅れが後ろへ連鎖するため、あらかじめ余白を持たせる必要があるという問題かもしれません。
「実験装置を選ぶこと」と「車を買うこと」も、まったく違うように見えます。しかし、どちらも、
目的を決める
必須条件と希望条件を分ける
比較軸をそろえる
長期的な費用も含めて判断する
という構造で捉えられます。
このように、固有名詞を外して型として覚えておくと、別の出来事に出会ったときに、
「これは、以前のあの問題と構造が似ているかもしれない」
と気づけます。
過去の経験をそのまま当てはめるのではありません。別の場面に移植できる部分と、今回だけの条件を分けて考えるということです。
仕事を「型」で捉える
仕事にも、表面は違っていても似た構造があります。
たとえば、初めて担当する仕事でも、
目的と完成形を確認する
制約と期限を把握する
関係者と判断者を確認する
不確実な部分を小さく試す
途中で認識を合わせる
という型が使えることがあります。
研究計画、資料作成、予算配分、業務改善。扱うものは違っても、仕事の進め方には共通部分があります。
構造を見つけられると、未知の仕事でも完全な手探りではなくなります。過去にストックした型の中から、使えそうなものを仮置きして始められるからです。
もちろん、型を持っていれば、どんな仕事でもうまくできるわけではありません。 専門知識も経験も必要ですし、その仕事にしかない事情もあります。
それでも、初めての仕事に対して、
何を確認すればよいか
どこから分解すればよいか
何を小さく試せばよいか
を考える足場にはなります。
「何でもできる」という話ではなく、分からない仕事でも、進め方を探すことができるという話です。
私も経験を方で捉えるように意識をしている
これまでのnoteでも、題材の違う話を何度もつないできました。
車選びには、実験装置を選ぶときの考え方を持ち込みました。目的を決め、比較軸をそろえ、必須条件と希望条件を分ける型です。
美容師さんとの会話からは、言われた通りに作業することと、相手の目的を考えて提案することの違いを考えました。これは研究のディスカッションや、仕事の依頼を受ける場面にもつながりました。
最初から、きれいな型が見えていたわけではありません。むしろ、日常の出来事について書いている途中で、「これは研究で経験した、あの話と似ているのではないか」と後から気づくことのほうが多いです。
以前、異分野交流について書いた記事で「異分野交流とはベンチマーキングだ」と書きましたが、違う題材の中に同じ構造を見つけ、自分の仕事に持ち帰るという意味では、これも同じことだと思います。
型は、ときどき間違える
ただし、構造化すれば何でもうまくいくわけではありません。
異なる出来事を、無理に同じ型へ押し込むこともあります。
前回うまくいった方法が、今回も正しいとは限りません。表面が似ていても、重要な条件が違えば、同じ型は使えません。
だから、抽象化したあとには、もう一度具体に戻る必要があります。
今回も本当に同じ構造か
前回と違う条件は何か
この型を使うと、何が起こるはずか
小さく試して確かめられないか
型は答えではなく、最初に置く仮説くらいがちょうどよいのだと思います。
研究でも、仮説を立てただけでは終わりません。具体的な実験に戻して、確かめます。
経験の転用も同じです。過去から型を持ってきて、今回の状況に合わせて試し、合わなければ直す。その往復が必要です。
経験から型を取り出すための5つの問い
経験を次に使える形にしたいときは、次のように考えると整理しやすそうです。
具体的に、何が起きたか
結果を左右したものは何だったか
固有名詞を外すと、どんな構造が残るか
同じ構造を持つ別の場面はないか
次に使うなら、どんな行動にするか
たとえば、「旅行で予定を詰め込みすぎて、後半が崩れた」という経験なら、
旅行では予定を減らす
だけで終わらせず、
不確実性が高い計画では、最初から余白を資源として確保する
という型にできます。
そうすると、実験計画、プロジェクトの進行、会議の時間配分にも使えるかもしれません。
正しい型を一度で見つける必要はありません。使ってみて、合わなければ修正する。その繰り返しで、少しずつ使える形になっていきます。
おわりに
経験の価値は、数だけでは決まらないのだと思います。
一つの出来事を、「あのときは、こうだった」で終わらせず、
「あの経験から、別の場面でも使えるものは何だろう」と考える。
個別の事実から構造を抜き出し、型として持っておく。そして、似た構造に出会ったとき、別の具体へ戻して試してみる。
具体 → 抽象 → 構造化 → 別の具体。
この往復ができると、一つの経験を一つで終わらせずに済みます。
研究者だから特別にできることではありません。研究では、結果から仮説を立て、別の実験で確かめる作業を繰り返すので、この考え方に触れる回数が多いだけだと思います。
私自身も、経験した瞬間に構造を見抜けているわけではありません。失敗したときは、普通に目の前のことで精いっぱいです。
ただ、後から文章にしてみると、別々だと思っていた出来事がつながることがあります。
だから私にとってnoteを書くことは、経験をきれいに披露するためではなく、具体的な出来事から、次に使える型を探すための作業なのかもしれません。
創薬・ライフサイエンス系の研究者です。
AI時代に研究者がどう生き残るかを考えながら、ClaudeとNotionを使った効率化について書いています。
同じことで悩んでいる方に届けば嬉しいです。
