研究者が思う「異分野交流」とは。なぜ研究に関係ないものばかり作っているのか
創薬・ライフサイエンス系の研究者です。
私はこれまでに論文管理の仕組み、筋トレのAIコーチング、旅行プランの自動提案、家計シミュレーター、研究室Wiki。これらを作成してきたとお伝えしてきました。並べると、半分以上が研究と直接関係ありません。
なので、たまに聞かれます。
「なんでそんな、研究に関係ないものばかり作っているんですか」
今回はその答えを書きます。少し理屈っぽい話になりますが、私がこのアカウントで研究以外のことを書き続けている理由そのものなので、一度まとめておきたいと思いました。
先に結論を書きます。あれは全部、**「結局は回り回って自分の本職に返ってくる」**という信念でやっています。
「異分野交流だ!」の中身が、誰も言えていない
まず、少し意地の悪い話から始めます。
**「異分野交流が大事だ」**という言葉を、ここ数年よく聞くようになりました。異分野連携、越境学習、オープンイノベーション。呼び方はいろいろありますが、言っていることは近いと思います。
私も賛成です。賛成なのですが、ひとつ引っかかっていることがあります。
「で、具体的に何をすることなんですか」に答えられる人が、あまりいない。
異業種交流会に行く。他分野の講演を聞く。学際シンポジウムに参加する。どれも異分野交流ではあります。でも、行った後に何が変わったのかを聞くと、たいてい「刺激を受けました」で終わります。
かく言う私自身も、何度もそう答えてきました。私自身も異分野交流だ!と言って、専門のバイオ系の学会ではなくてケミカル系の学会に足を運ぶこともやってみました。でも単に刺激を受けただけで、何も持ち帰っていなかったからです。
言葉だけが立派で、中身が定義されていない。なんかかっこいいから言っている状態になっている気がします。(笑)
いつぞやの「グローバル化」や現在の「DX化」に似ている
この感じ、既視感があります。
**「これからはグローバル化だ」**と言われていた時期のことです。
グローバル人材、グローバル展開、グローバルスタンダード。とにかくグローバルと付ければ前向きに聞こえる、という時期がありました。
さらに言えば今の**「これからはDX化だ!」**というのも、似たような雰囲気を感じることがあります。
あのとき「グローバル化とは具体的に何をすることか」を説明できた人が、どれだけいたでしょうか。今、「DX化とは具体的に何をすることか!」を説明できる人がどれぐらいいるでしょうか。
グローバル化の例だと、多くの場合、実態は「英語をやる」くらいの意味で使われていたと思います。
言葉が先に流行って、中身の定義が後回しになった。 そして定義されないまま使われ続けた結果、だんだん誰も真に受けなくなりました。
「異分野交流」も、いま同じ位置にいると思っています。
これは批判ではありません。むしろ逆で、中身が定義されればちゃんと効くはずのものが、定義されないまま消費されているのがもったいない、という話です。
だから自分なりに定義してみました。
異分野交流の正体は、ベンチマーキングだと思う
私の定義はこうです。
異分野交流とは、他の業界・分野との「共通点」を見つけて、自分の分野に持ち帰ること。
つまり、ベンチマーキングです。
ここで大事なのは、目的が「違いを知ること」ではないという点です。
異分野の話を聞いて「面白いですね、うちとは全然違いますね」で終わるなら、それは観光です。楽しいけれど、何も変わりません。
変わるのは、共通点を見つけたときだけです。
課題の構造が同じだ
なら、向こうの解き方がこっちでも効くかもしれない
試してみる
この3段目まで行って、初めて交流が仕事になります。1段目と2段目だけで止まるから、「刺激を受けました」で終わるのだと思います。
そしてこの見方をすると、**必要なのは「交流」ではなく「他業界に目を向け続けること」**だと分かります。人と会うかどうかは本質ではありません。構造を借りてこられるかどうかが本質です。
AIは、その最たる例だと思っています
ここで本題に入ります。
いま、他業界から借りてこられる構造の中で、いちばん大きいのがAIだと思っています。
理由は単純で、AIはどの業界でも同じ問題を解いているからです。
情報が多すぎて処理しきれない。判断の回数が多すぎて疲れる。記録が続かない。属人化していて他の人が分からない。
これは研究の悩みですが、まったく同じ言葉で、経理でも、営業でも、家庭でも成立します。 業界が違っても、詰まっている場所が同じなのです。
構造が同じなら、解き方も借りられます。 これがベンチマーキングが成立する条件です。
そしてAIについては、正直に言って研究業界は先行している側ではありません。 個人開発やWeb業界のほうが、試している量も、失敗している量も多い。だったら、そちらから借りてくるのが早いという話になります。
だから私は、研究以外のシステムを作っています
ここが、この記事で一番書きたいところです。
私が研究に関係ないものを作っているのは、趣味だからではありません。
正確に言うと趣味でもあるのですが、続けている理由は別です。研究以外の題材で試したことが、そのまま本職に返ってくると信じているからです。
そしてこれは、信じているだけではなく、実際に起きました。
家計シミュレーターを作ったときの話です。あれは「貯金はあるが使っていいのか分からない」という私生活の問題を解くために作りました。研究とは何の関係もありません。
ところが作り終えてみたら、構造が研究費の配分とまったく同じでした。
予算の総額は決まっている
やりたいことは、それより多い
どこで足りなくなるかが見えていない
家計で作った「使った先を計算する」仕組みは、そのまま研究費に持っていけます。私生活で作ったものが、仕事に戻ってきました。
これは狙って起きたことではありません。作る前に「研究費に応用しよう」とは思っていませんでした。題材が違うのに構造が同じだったから、勝手に繋がっただけです。
AIに任せなかったこと:どの構造を借りるかの判断
毎回書いていることですが、今回も書いておきます。
私はAIに**「他業界ではどう解いているか」を集めさせます。** これは得意分野です。事例も、実装も、いくらでも出してきます。
ただし、「その構造をうちに持ち込むか」の判断は渡しません。
理由は、似ているかどうかを決められるのは、こちらの事情を知っている人間だけだからです。
AIは「似ています」と言ってくれます。頼めば共通点を10個並べてくれます。でも、そのうち本当に効くのはたいてい1つで、残り9つはこじつけです。この選別は、自分の分野の詰まっている場所を知らないとできません。
実際にやり始めていること
ここまで理屈の話ばかりだったので、いま研究室で始めていることも少しだけ書いておきます。
大したことはしていません。始められる形まで落とすと、こんなものです。
ジャーナルクラブで、まったく関係のない分野の論文を紹介する
自分の専門から遠いものをあえて選ぶ。「で、うちの何に効くか」まで話すチームMTGで、研究以外で学んだことをアウトプットする場を作る
読んだ本でも、使ったツールでも、他業界の話でもいい。持ち帰る前提で話す
どちらも、「刺激を受けました」で終わらせないための工夫です。他分野に触れる機会を作るだけでは足りなくて、持ち帰る出口を先に決めておく必要がある、というのが今のところの結論です。
まだ始めたばかりで、うまくいっているとは言えません。手応えが出たら、別の記事で書きます。
おわりに
「異分野交流が大事だ」は、たぶん正しいです。
ただ、言葉のままだと何も起きません。 グローバル化がそうだったように、中身を定義しないと、いつのまにか誰も真に受けなくなります。
私の定義は、共通点を見つけて持ち帰ることでした。交流そのものが目的ではなく、他業界に目を向け続けることが本体だと思っています。
そしてAIは、いまいちばん借りてきやすい構造です。どの業界も同じところで詰まっているからです。
だから私は、研究に関係のないシステムも作り続けます。遠回りに見えますが、本職に返ってくると思っているからです。 実際、家計で作ったものは研究費に返ってきました。
作るたびに、毎回同じ結論に着地します。
自動化の価値は、時間の短縮より「判断の回数を減らすこと」にある。
題材が家計でも、旅行でも、論文でも、結論が同じでした。題材が違うのに結論が同じなら、それは持ち帰っていい構造だということだと思います。
異分野交流の成果って、たぶんそういう形で出てきます。面白い話を聞くことではなく、別の場所で同じ答えに着いてしまうことです。
そういうわけで、これからも研究に直接関係しないものを作って、ここに書いていきます。全部つながっているつもりでやっています。
冒頭に書いた「実際に始めていること」の中身は、もう少し続けてから改めて書きます。
創薬・ライフサイエンス系の研究者です。
AI時代に研究者がどう生き残るかを考えながら、ClaudeとNotionを使った効率化について書いています。
同じことで悩んでいる方に届けば嬉しいです。
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