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あなたが気づいていない、本当の「やらないこと」



「気づき」とは、特別な出来事の中
だけにあるものじゃない。


行動の中にも、惰性の中にも、
そして何気ない日常のすき間にも、
そっと潜んでいる。


たとえば、呼吸のように。


当たり前の奥行きに、ふと気づく瞬間


「吸う」「吐く」。

誰もが、毎日、無意識にやっていること。

だからこそ、
あえて呼吸に意識を向けてみると、

当たり前すぎて見えていなかった奥行きに、
ある瞬間ふっと気づくことがある。

逆に、
「やっていないこと」に気づくのは、
とても難しい。

なぜなら、
それは、そもそもが存在していない体験だから。

痛みもなく、違和感もなく、
記憶に引っかかることもない。

だから静かに、人生から抜け落ちていく。

いちばん怖いのは、
そのことに気づかないまま、
時間だけが過ぎていくこと。


「やってみて、わかる」の正体

「やってみて、はじめて見える景色がある」

そう言われることがある。

でも、正確にはこうかもしれない。

やってみてはじめて、
それを“わかる自分”が現れる。


行動には、必ずフィードバックがある。

• 思ったより難しかった
• 意外と楽しかった
• 想像とまったく違う方向に進んだ

どれも、動いたからこそ得られた「体験」。

そして体験は、
取り組み方次第で“質”が変わる。

感情、景色、匂い、温度。
何かがフックされて、記憶として残る。

一方で、考えているだけのことには、
フィードバックがない。

思考は回るけれど、現実は動かない。

その結果、
本当の限界ではないものを、
自分の限界だと勘違いしてしまう。


もうひとつの盲点

実は、もうひとつ落とし穴がある。

それは、
やっているからこそ、気づかなくなること。

最初はできなかったことが、できるようになり、
慣れて、日常になっていくと、

かつての自分を忘れてしまう。

本当はもう変わっているのに、
それを「普通」だと感じてしまう。

(過去に縛られない、という意味では悪くないけれど。)


一息つくという選択

だから、ときどき立ち止まってみる。

• なぜ、これは続いているんだろう
• どんな変化を感じてきたんだろう
• そういえば、最初はどうだったかな

気づかないままの努力も、
気づかないままの停滞も、

意識の外にある限り、見た目は同じに見える。

でも、ほんの少し意識の光を当てるだけで、

• まだ出会っていない自分
• すでに育っていた自分

その両方が、静かに浮かび上がってくる。


気づくということ

やらないから気づかないことも、
やっているから気づかないことも、

どちらも、生きている証拠。

ただひとつ確かなのは、

「気づく」という瞬間が訪れたとき、
人生は少しずつ、でも確実に、

違う方向へと動きはじめる。

呼吸のように、静かに。

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