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寄り添ってほしかった。それだけだった。

「もういいや」と書いた5月


今年の5月、
わたしは「もういいや」というブログを書いた。
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家族に対して感じていたことは、
あの時点で、たぶんかなり整理がついていたんだと思う。

これ以上、期待しても苦しくなるだけだということも、
もう分かっていた。

そして2024年の12月、
実際に母と兄と向き合う出来事があった。

そこで感じたのは、
わかってもらえなかった悲しみだった。

寄り添ってもらえなかったこと。
味方になってもらえなかったこと。

でも、怒りよりも先に出てきたのは、
ため息だった。

ただ、疲れちゃったな、という感覚。

それ以上、説明する気力も、
分かってもらおうとする力も、
もう残っていなかった。


期待しないと決めたはずだった

5月に「もういいや」と書いてから、
わたしはひとつ決めたことがある。

もう、自分からは連絡しない。

意地でも、試しでもなくて、
たぶん、自分を守るためだった。

誘ってみようとか、助けてもらおうとか、
そういうことを、自然と考えなくなった。

また何かあったら責められる。
それが、とにかく嫌だった。

それが、わたしの大前提だった。

でも正直に言うと、「もう期待しない」と決めながら、
どこかで期待していた。

何かが変わるかもしれない、という期待。

それは、相手を信じてたと言うより、
期待している自分を、まだ手放しきれていなかっただけだった。

けれど、電話は来なかった。
10ヶ月くらい、何もなかった。


10月の電話と、本音

そして10月。久しぶりに母から電話があった。

その瞬間、わたしから出てきたのは、”怒り”だけだった。

冷静な大人のわたしではなく、
ずっと内側に溜め込んできた小さなわたしが、そのまま話していた。

「いつまでも被害者づらしてるんじゃないよ。」

子どもの頃、私たちの気持ちを考えてくれたことはあった?

毎晩毎晩、あなたの顔色を伺って生きてきた。

夫婦喧嘩を見るのが辛くて、
傷つくのが嫌で、わたしは子どもでいることをやめた。

感情を殺して、何も感じないふりをしてきた。
それを、全部ぶつけた。

止まらなかった。
ひたすら責めた。

完全に”小さい頃のわたしだった”


寄り添ってほしかった、それだけ

母は泣いて、
「ごめんね」
そう言ったあと、
「どうか、お幸せに」

そう言って、電話を切ろうとした。

そうじゃない!

そこで終わらせたくなかった。

許されたいわけでも、
きれいにまとめたいわけでもなかった。

本音は、ひとつだけだった。

寄り添ってほしかった。

それだけ。

アドバイスも要らなかった。
正解も要らなかった。

「大変だったね」その一言、たぶん十分だった。


扉は開けたまま

電話の最後に
わたしはこう伝えた。

「会いたいなら、いつでも来ていいし、
電話していい。孫に会いにだけでもいい。」

扉は、閉めていない。
いつでも開いている。

でも同時に、わたしは決めた。

もう自分からは連絡しない。
期待もしない。

ここから先をどうするのかは、家族次第。

「家族だから」「わたしが動かなきゃ」

そうやって関係を支え続ける役を、降りた。

扉を開けたまま、わたしはそこに立たない。


「おかえり」と言われた場所

その出来事のあとに、
10月のリトリートがあった。

「もう鎧を脱ぐ時が来たんだよ」
そんな感覚が、確かにあった。

この体験は、
フェイシャルハーモニーバランシングのリトリートで
チャクラ瞑想をガイドしてくれた講師たち、
そして、この場をつくってくれた講師の存在がなければ、
起きなかったと思っている。

実際に、
この出来事が起きたのは
チャクラ瞑想の最中だった。

だからこれは、偶然でも、
感情が高ぶった結果でもない。

身体と意識が、チャクラを通して
安全に開かれたからこそ、
起きた体験だった。

瞑想の中で、ハワイの光景が浮かんだ。

顔は分からないけれど、三人の存在がいた。
男性が二人、女性が一人。

ずっとわたしを見守ってくれていた人たちなのかもしれない、
そんな感覚があった。

暗い森の中を、わたしは歩いていた。

両手いっぱいに、鎧を抱えたまま。

その姿を見て、
彼らが、
「おかえり」
そう言ってくれた。気がした。

その瞬間、胸の奥が、ふっと緩んだ。

安心と同時に、
こんな思いが込み上げてきた。

よくここまで、
この鎧を身につけて、生きてきたね。

気づいたら、涙が自然に溢れていた。


そして、
一緒にその場にいてくれた仲間たちの存在も、
とても大きかった。

無理に話さなくても、
説明しなくても、
ただ同じ空間にいるだけで安心できる。

そんな空気の中にいられたからこそ、
わたしは鎧を抱えたままでも、
そこに立つことができた。

誰かと比べられることもなく、
急かされることもなく、
「このままでいていい」と
身体が感じられる時間だった。

あの場に一緒にいてくれた仲間たちにも、
心から感謝している。

この出来事をきっかけに、
わたしはチャクラについて、
もっと深く学んでいきたいと思っている。


鎧を脱ごうとしている今

だからといって、
すべての鎧が一気に脱げたわけじゃない。

今も、まだ身につけている感覚はある。

でも、もう一人で戦わなくていい。
そう思える場所に、やっと立った気がしている。

今年は、戦いを終えた年ではない。

でも、一人で戦い続けなくていいと、
自分に許可を出した年だった。

それが、今のわたしの統合である。


被害者にも加害者にもならないという選択

これは、
親を許した話でも、
癒しきった話でもない。

今年のわたしは、
被害者にも、加害者にもならない、
という選択を、ようやく心で理解し始めた。

誰かのせいにもしないし、
自分をかわいそうにも扱わない。

そのかわり、どう在るかを、自分で選ぶ。

どれだけ長い間、
鎧を着て生きてきたのか。

そして、脱ぐことがどれほど大事か。

それを、頭じゃなく、
身体と心で知った年だった。

今もまだ、
森の中でブランコに揺れている感覚はある。

でも、もう戻らない。


「もしかしたら、ここからが、わたし自身の旅なのかもしれない。」

と、綴りながら思いました。

Mahalo!! 
最後まで読んでくれさり、ありがとうございました!

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