「義務」から「贈り物」へ —— 変わる結婚、変わらない私の自由。
ユニコーンを探して
実家の押し入れの奥に眠っていた、色褪せた結婚写真。白無垢姿の母と、硬い表情の父が並んでいる。昭和の終わり、彼らにとって結婚は、大人になれば自然に通過する、いわば「人生の前提」だった。当時は誰もが結婚するのが当たり前の「皆婚社会」で、そこに「しない」という選択肢はほとんど存在しなかったのだ。
けれど、令和の街を歩く私の目には、景色が違って映る。
今の私たちにとって、結婚はもはや義務ではない。それは、数あるライフスタイルの中から自分自身で選び取る「一つの選択肢」になった,。誰かと共に歩む道もあれば、ひとりの自由を謳歌する道もある。内閣府の調査が示すように、「行動や生き方が自由でいられること」は、独身でいることの大きな利点だ。
キャリアを築きたい、もっと学びたい、一人の時間を大切にしたい。そんな自己実現を優先する中で、私たちは「いつまでに」という社会のプレッシャーよりも、自分の人生の充実度を大切にするようになった,。
一方で、窓の外の物価高や不安定な雇用を見つめるとき、足元に冷たい風が吹くのを感じる。
「結婚したい気持ちはある。でも、自分たちの収入で、今の生活水準を維持できるの?」
そんな不安が、私たちの背中を躊躇させる,。かつては夫が稼ぎ、妻が家を守るという明確な役割分担があった。けれど今は、共働きが前提の時代だ。それなのに、もし結婚して、家事や育児をすべて一人で背負う「ワンオペ」になってしまったら? キャリアが中断されてしまったら?
だからこそ、私たちが相手に求めるものは、かつての「家柄」や「条件」から、もっと内面的なものへと変わった。
今の私たちが求めているのは、支配や依存の関係ではない。お互いの価値観が合い、精神的に支え合える「対等なパートナー」だ。そして、共に家庭というチームを運営していくための「生活力」 —— つまり、家事や育児を自分事として担えるスキルを、相手にも、そして自分にも求めるようになった。
家事を家電や外注に頼ることも、今では賢い選択の一つだ。それは「手抜き」ではなく、二人の対等な関係や、お互いの自由な時間を守るための「戦略」なのだから。
結婚は、社会から押し付けられる「型」ではなくなった。 だからこそ、私たちは慎重になる。
「この人と一緒なら、一人でいるよりももっと自由になれる。もっと自分らしくいられる」
そう確信できたとき、結婚は「義務」から、自分への最高の「贈り物」になるのかもしれない。
そんなことを考えながら、私は今日も、私らしい人生を歩んでいる。 いつか訪れるかもしれないその「選択」の日を、自分だけの基準で決めるために。

















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