スマホを閉じて、2500年前の「ならいごと」の話をしよう。
スマホを閉じて、2500年前の「ならいごと」の話をしよう。
はじめに
夜、ベッドの中でなんとなくスマホの画面をスクロールしているとき。
ふと、「自分は一体、何を目指してこんなに毎日スキルアップだのリスキリングだのに追われているんだろう」と思うことがあります。
マーケティング、データ分析、AIの使い方、デザイン思考、ロジカルシンキング。
現代を生きる私たちが「身につけるべき」と言われるスキルは、あまりにも多すぎて、息が詰まりそうになります。
そんなとき、ふと思い出した言葉があります。
古代中国のリーダーたちが、何よりも大切にしていたという教養。
それが、「六芸(りくげい)」です。
2500年前のリーダーが学んだこと
六芸とは、礼(マナー)・楽(音楽)・射(弓術)・御(馬車)・書(文学)・数(算術)の6つのこと。
一見すると、「歴史の教科書に出てくる昔の習い事」です。
でも、その中身をじっくり眺めていると、なんだか不思議な気持ちになってきます。
これ、私たちが今まさに、必死になって追い求めているものそのものじゃないか、と。
たとえば「礼」。
彼らは単に「お辞儀の角度」を学んでいたわけではありません。それは、異なる背景を持つ人々と、お互いを尊重しながら社会の秩序を保つための「倫理」でした。
現代の私たちが、コンプライアンスを学び、多様性(DEI)への理解を深めようとしている姿と、驚くほど重なります。
あるいは、馬車を操る技術である「御」。
暴れる馬を手なずけ、目的地へと導く。
これは現代で言えば、多様な個性を持つメンバーを引っ張る「リーダーシップ」であり、同時に、私たちの生活に怒涛の勢いで流れ込んできた「生成AIという名の暴れ馬」を乗りこなすコントロール力そのものです。
「数」と「楽」が並んでいる、という贅沢
個人的に一番好きなのは、六芸の中に「数(算術)」と「楽(音楽)」が並んで入っていることです。
ビジネスの世界では、どうしても数字が強い人が勝つように見えます。
データを分析し、ロジカルに語り、効率を求める。もちろん、それは現代を生き抜くために絶対に欠かせない「数」の力です。
でも、それだけでは人間は干からびてしまう。
だからこそ、同時に「楽」が必要だったのでしょう。
美しいものを美しいと感じる感性、アート、そして音楽を通して自分の心を調えるウェルビーイング。
ロジック(数)で行き詰まった世界を、クリエイティビティ(楽)で突破する。
そんな文理融合のバランス感覚を、2500年前の人々はすでに「必須科目のセット」としてデザインしていたのです。
変化の激しい時代だからこそ、真ん中に立つ
スマホの通知に追われ、次々と現れる新しいトレンドに焦る日々。
そんな現代だからこそ、一度立ち止まって、この「六芸」のバランスを自分に問いかけてみたくなります。
私は数字(数)ばかりを追って、感性(楽)を忘れていないか。
正しい正論(書)ばかりを並べて、相手へのリスペクト(礼)を欠いていないか。
便利な道具に使われるばかりで、主体的にコントロール(御)できているか。
あれもこれもとスキルを詰め込む必要はないのかもしれません。
ただ、古代の人々が目指した「人間としての美しいバランス」を、少しだけ自分の日常に取り戻してみる。
明日からの仕事の見え方が、ほんの少し、変わるような気がしています。
(最後まで読んでいただき、ありがとうございました。あなたの「新・六芸」で、今一番磨きたいものはどれですか? よければコメントで教えてください。)
「楽(音楽)」歌はいまいちだし楽器はなのもできない。
詞を書いてSUNOで曲作ってYoutube動画で聞くだけ
手軽に始められる楽器はないかと検索してたらこれが目についた。



いいなと思ったら応援しよう!
はぁ、はぁ……っ! お願い、です……!
『怪獣の腹の中で』を……どうしても、私の手で「紙の本」にしたいんです……っ!
あなたの、そのサポートが……本の、一ページに、なります……っ。
はぁ……応援、してくれませんか……っ?