『スープの冷めない距離で』
『スープの冷めない距離で』
夜の九時。リビングのカチコチという時計の音だけが、不自然なほど大きく響いていた。 聡美(さとみ)は、すっかり冷め切ったコンソメスープの鍋を前に、ぽつんと佇んでいた。
夫の拓也からの連絡はない。結婚して三年、この光景は日常茶飯事だった。「遅くなるなら、一言連絡してくれればいいのに」 鍵の開く音がして戻ってきた拓也に、聡美はついトゲのある声をぶつけてしまった。拓也は靴を脱ぎながら、面倒くさそうに溜め息をつく。
「こっちだって仕事で疲れてるんだよ。いちいちうるさいな」
それきり、拓也はスマホに目を落とし、聡美が温め直した夕食を無言で口に運ぶだけだった。
その背中を見つめながら、聡美の胸にはじわじわと惨めさと怒りが広がっていく。(どうしてこの人は私を大切にしてくれないんだろう。私の努力も、優しさも、全部無視されているみたい)
拓也の不機嫌な態度や、冷淡な一言に、聡美の感情は毎日激しく振り回されていた。彼が優しければ天国、彼が冷たければ地獄。自分の幸福のすべてが「夫の態度」という、自分ではコントロールできない環境に人質に取られているようだった。
翌日、片付けをしていた聡美は、本棚の隅に挟まっていた古いノートを見つけた。それは彼女が独身時代、心の支えにしていた言葉を書き留めたスクラップ帳だった。
めくったページに、かつて感銘を受けたウィリアム・ジョージ・ジョーダンの格言が太い文字で残されていた。
『人間には、神から与えられた生の素材を、自らの手で完成させる「第二の創造主」としてのパワーがある。環境のせいにせず、自らの心の王国の統治者になることこそが、本当の幸福への道である』
聡美は、冷水を浴びせられたような衝撃を受けた。(私は、拓也という環境の奴隷になっていたんだ……)「夫が冷たいから、私は不幸だ」と思い込んでいた。しかしそれは、自分の心の王国の鍵を、拓也にそっくり渡してしまっているのと同じことだった。
神から与えられた「聡美」という人生の素材を輝かせるかどうかは、夫の態度ではなく、自分自身の心の持ち方次第のはずなのに。
(彼を変えることはできない。でも、自分の心の天気は、自分で決められる) 統治者としての覚悟が、聡美の胸に静かに宿った。
その日の夜、拓也はまたしても無連絡で、深夜近くに帰宅した。いつもなら、聡美の顔には隠しきれない不満と恨みが滲み出ているはずだった。 しかし、リビングで本を読んでいた聡美は、穏やかな微笑みを浮かべて立ち上がった。
「おかえりなさい。お疲れ様。ご飯、温めるね」
拓也は一瞬、警戒するように聡美の顔を見た。いつもの「無言の抗議」がないことに戸惑っているようだった。
聡美は食事を出すと、
「先に休むね」
と言って自分の寝室へ向かった。無理に会話を求めず、かと言って無視するわけでもない。その態度は、嵐の海でも揺るがない、凜とした「穏やかさ」に満ちていた。
拓也が不機嫌でも、聡美は自分の心の平和を保ち続けた。日中は自分の好きな資格の勉強を始め、インテリアに大好きな生花を飾った。
「夫に愛されるための努力」ではなく、「自分自身を誠実に生きるための選択」を積み重ねていったのだ。 変化は、一週間後に訪れた。
その日も遅くなった拓也が、めずらしく「ただいま」と少し遠慮がちな声で帰ってきた。そして、食卓につくと、スマホを置いて静かに言った。
「……あのさ、最近、なんか怒ってない?」
聡美は小首を傾げた。
「ううん、怒ってないよ。どうして?」
「いや、なんか……前の君は、俺の顔色ばっかり窺って、イライラしてた気がするから。最近、すごく落ち着いてるっていうか、別の人みたいで」
聡美は小さく笑った。
「自分の機嫌は、自分で取ることにしたの。拓也がどうであれ、私は私の時間を心地よく過ごそうと思って」
拓也は意表を突かれたように目を見張り、それから気まずそうに頭を掻いた。
「……そうか。ごめん。俺、甘えてたな。君がいつも不機嫌そうだから、家に帰るのが億劫だったんだ。でも、俺の連絡不足のせいだったよな」
環境(夫)を変えようと躍起になっていた時は、何も変わらなかった。しかし、聡美が「自分の心の王国の統治者」となり、自立した静かな強さを持った瞬間、鏡のように周囲の環境が動き出したのだ。 食卓の上で、温かいスープから湯気が立ち上っている。
聡美は、自分の人生という不完全な素材を、自分の手で愛おしい作品へと変えていく手応えを、確かに感じていた。
(了)
「心の王国の統治者」として生きる
私たちはしばしば、自らの人生を「環境の奴隷」として過ごしてしまいます。不条理な社会、理不尽な人間関係、思い通りにいかない日々の出来事。それらに直面するたび、私たちは怒り、嘆き、あたかも自分が嵐の海に浮かぶ木の葉であるかのように錯覚します。「環境さえ良ければ、私はもっと幸せになれるのに」と、外の世界に答えを求めがちです。
しかし、100年以上前にウィリアム・ジョージ・ジョーダンが残した言葉は、私たちのこの甘えを静かに、しかし力強く打ち砕きます。
「人間には神から与えられた生の素材を自らの手で完成させる『第二の創造主』としてのパワーがある」
この言葉が意味するのは、私たちは生まれ持った境遇や、今置かれている環境という「生の素材(材料)」の犠牲者ではないということです。配られたカードがどのようなものであれ、それをどう組み合わせ、どんな人生という作品に仕上げるかは、完全に私たちの両手に委ねられています。私たちは自分の人生というキャンバスに向かう、唯一無二の画家なのです。
本当の幸福への道(The Royal Road to Happiness)は、外側の世界を都合よく作り変えることではありません。自分自身の内側、つまり「心の王国」の統治者になることです。
「心の王国の統治者」になるとは、感情の波に身を任せるのをやめ、自制心(Self-Control)という手綱を握ることを意味します。誰かに不快なことを言われたとき、怒りで返すのか、それとも一歩引いて「心の平穏」を保つのか。その選択権は常にあなた自身にあります。環境がどれほど混沌としていようとも、あなたの心の中の平和までをも奪う権利は、誰にもないのです。
ジョーダンが説いた「穏やかさ(Calmness)」とは、決して弱さではありません。それは、嵐の中でも微動だにしない巨大な岩のような、内に秘めた圧倒的な強さです。周囲のノイズや同調圧力に流されず、自分自身の誠実さと個性という王冠を戴き、凛として立つ。その姿勢こそが、環境の支配から抜け出し、「環境の創造主」へと脱皮する瞬間です。
今日から、外の天気にあなたの心の天気を左右されるのはやめにしましょう。
あなたは、あなたの人生の「第二の創造主」です。与えられた不完全な素材を愛し、自らの手で最高の傑作へと磨き上げていく。その一歩は、今日、あなたの「心の王国」を自らの意思で治めると決意することから始まります。

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